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僕の偏見紀行
132 ベトナムの風の中で(4)ミーサンの強面黒眼鏡男
2012年3月23日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 緑の森にひっそりとたたずむミーサン遺跡。清らかな空気と日の光が心地よかった。
▲ 首のないシヴァ神像。見ていると切なくなる。
▲ 黒眼鏡男 参上! ミーサン遺跡入り口で電気自動車への乗換えを案内するガイド。外見に似ず愛嬌のあるオッチャンだった。
迎えの車に乗って集合場所へ行くといろんな国の老若男女が集まっていた。そこへ年季の入ったバスがひび割れた排気音を響かせて到着する。ゾロゾロとみんなが乗り込むと車内はほぼ満席になった。よれよれの窓のカーテン、壊れたリクライニング、冷房の効きもよくない。なにせ500円のツアーだ、こんなもんだろう。文句をいう客もいない。

周りの相客はドイツから来たご夫婦、ご主人のリタイアを機にバイクの旅に出たとか、若いカップルはイスラエルから来たという。オバサン一人旅はオーストラリアらしい。

バスが郊外に出た頃、通路前方で帽子を小粋にかぶった黒眼鏡男が立ち上がり挨拶を始めた。小柄だががっしりした身体つきの男はドスの効いた声で、自分が今日のガイドであると名乗り、これから向かう「ミーサン遺跡」について説明を始めた。

ミーサン遺跡はホイアンから40kくらい離れた山中にある。そこはかつて栄えたチャンパ王朝歴代の王がシヴァ神を祀った聖地であり、現在も森の中にいくつもの当時を偲ばせる建造物が残り、世界遺産に指定されている。

ガイドは話が佳境に入ると、一段と声を張り上げ巻き舌でまくし立てた。まるで英語で語る講談のようで面白い。この男、強面の外見とは異なり、真面目で仕事熱心なガイドのようだ。

それにしても、と僕は思った。このバスに60人くらいは乗っているが、売り上げはどうみても3万円前後なのだ。ガイドの他に運転手、迎えの若者と3人の人手がかかっている。その人件費、バスのガソリン代、代理店への手数料を考えると利益が出るのだろうか。さらに帰途はボートの川下りもあるというし、ランチまで付いているのだ。一体どんな仕組みなのだろう、バスに揺られながら僕は余計なお世話の計算をした。

遺跡の山のふもとで電気自動車に乗り換える。車が登っていく山道の周りは緑の濃い森が広がり空気が美味しい。山上の遺跡入り口で車を降りた。ガイドの後をついて歩いていくと森の奥に苔むした赤レンガの建物が見えてきた。

近づくにつれ半壊した赤レンガの神殿や塔がいくつも姿を現わした。殆どが苔むして倒壊しかけているが、森の緑にレンガのくすんだ赤が浮かびあがり美しい。

ガイドによると、いずれもチャンパ歴代の王がそれぞれ競うように建造したヒンドゥー様式の宗教建築群だという。13世紀末に王朝が衰退すると共にこの聖地も森に埋もれ、近年になって再び発見されるまでは人知れずジャングルの奥にひっそりと眠っていた。

風化しつつある赤レンガに触れ、過ぎ去った膨大な時間の流れを感じた。接着材なしで積まれたレンガはピッタリ密着し堅固な構造物をなしている。これは現在も再現できない技術らしく、現在行なわれている破損補修はコンクリートを使用しているものの、オリジナル建築よりもろいのだ。

遺跡のあちこちには大小いくつかのクレーターが口をあけ、中には直径10メートルを超えるものもある。あるものは雑草が生い茂り、あるいは水たまりとなっている。

穴の縁に立ってガイドは声を張り上げる。これはアメリカ軍の爆撃によるものである。解放戦線がこの地を基地にしたためアメリカ軍が激しい爆撃を繰り返したのだ。そう言われると建造物の破壊が時の経過以上にひどいのも良く分かる。

さらにあちこちに首を落とされたシヴァ神像が立っているのが見受けられた。ガイドはまたまた声を張り上げた。この神様の首はフランスが切り落とし持ち去った。今はルーブル美術館にあるらしい。

他国に押し入り、人々が敬う神の首を切り落とし、自国に持ち帰り美術館に並べて恥じない、この粗野な神経が僕には理解できない。そんな国が文化や芸術について語る資格は無い。欧米人を前に強面黒眼鏡はアメリカ・フランスの蛮行について大いに熱弁をふるった。みんなそれを黙って聞いていた。

ある建物の入り口付近に砲弾型をした彫刻が立っていた。石造りで高さは1mくらいある。そのかたわらでガイドが、若い女性は触るがいい、幸運がくる、といってニヤリとした。

リンガと呼ばれるこの石の彫刻は男性のシンボルを表し、触れると子宝にめぐまれるらしい。なるほど、こればかりは万国共通なのだ。日本にも沢山ある。若いカップルは触った後、リンガと並んで記念撮影をしていた。それを見て僕は嬉しくなった、人間万歳。

ミーサン遺跡はまさしく緑の聖地、そんな印象のところだった。清らかな大気に満ちた緑の中に静かに広がる遺跡群、日差しは強いものの日陰はひんやりとして心地よかった。王たちがここに神を祀り祈りをささげたのが良くわかる気がする。

遺跡の案内板に「MySon」と表示されていたのでこれで「ミーサン」と読むのか、とガイドに尋ねるとそうらしい。ガイドブックには「メーソン」と表記していたが、僕にはミーサンと聞こえた。意味を尋ねるとベトナム語で「美しい山」という。勿論「わが息子」ではなかった。

それにしても現在のベトナム語はローマ字表記だがなぜそうなのだろう。日頃から疑問に思っていたことをついでにガイドに尋ねた。彼はいい質問だ、とでもいう風に熱をこめて話してくれた。

ベトナムはかつて中国の支配下にあったため、公文書などは漢字で書かれていた。ただ漢字はベトナム語の発音になじまないため、17世紀にカトリックの宣教師によって現在のローマ字表記が提案され、それが広まったという。

なるほど、訊いて見なきゃ分からないものだ。街を歩けばいたるところにローマ字の看板が目に付くのもそういうことなのだ。しかもその文字には独特の補助記号がくっついており僕にはフランス語のように見える。

ツアーの帰途はバスから小船に乗り換え、広い中州の職人村などをめぐった。木彫や漆工芸の職人村、木造船を造る職人村などが点在し、観光客に工房を公開している。

面白かったのは船造りだった。河口に近い巨大な中州では毎年雨季になると川が増水し洪水が起こる。そのため各家には必ずボートが備えられている。それをこの職人村で造っているのだが、マホガニーの船体にアルミ板を内張りしたボートを3日間で1艘造り、価格は3万円弱という。

ホイアンに向かう船中で遅めのランチが出た。薄っぺらなアルミ皿のご飯に野菜炒めがのったぶっかけ飯だ。べこべこのスプーンで食ってみるとこれが実に旨い。酸味と辛味が入り混じり、ご飯にしみたヌクマムベースと思われるソースがなんともいえない。ミーサンを歩き回って空腹だったせいもあるが、夢中になって平らげてしまった。

まわりの雑多な国から来た老若男女、みんな旨そうに食っている。美味しいものを食べると機嫌がよくなるのは万国共通のようだ。紙コップのお茶を飲みながら周りの人と話が弾んだ。

バイク旅のドイツ人夫婦はこれからラオスへに向かう予定だという。大柄でたくましいご主人と対照的に小柄で可愛い奥さんは、それぞれのバイクで走るのだという。リタイアしたとは思えない元気さだ。僕が去年ラオスへ行った話をすると熱心に聞いてくれた。

僕が持参したミルクキャンデーを周りの人に勧めていたら、突然隣りのオーストラリアおばさんが、その箱の「特濃ミルク」という文字を読んで見せた。それまでは共通語としてみんな英語で喋っていたのだが、突然日本語を聞いた僕は驚いた。

彼女は僕の下手な英語よりよほど流暢に日本語を喋った。知らん顔して僕の七転八倒イングリッシュに付き合うとは、このおばさんも人が悪い。聞けば日本滞在の経験があり、東京の小岩に住んでいたのだ。その下町の風情がいたく気に入ったようで、ソバ・スシ・ウナギが今も懐かしいという。

わが祖国をほめられて悪い気はしない。嬉しくなった僕は、日本のかば焼きは世界一のウナギ料理だ、とぶちあげ、香ばしく焼き上げたウナギを熱いご飯に乗せ、それをタレのしみたご飯と一緒に食う旨さを、ドイツのご夫婦にも力説した。さらに調子に乗った僕は、ベルギーのアントワープのレストランでのウナギにまつわる失敗談をみんなに話した。

出張中だった僕は久しぶりの魚料理をメニューに見つけ、大いに期待してウナギを注文した。しかし出てきたのはぶつ切りウナギのクリームシチュー風煮込みにパセリの粉がかかったものだった。

背骨をはじめ固い骨だらけのウナギは、なれないナイフとフォークでは手に負えなかった。またウナギ・クリーム・パセリの取り合わせも理解しがたい味わいで、実にテリブルな一皿だった、と僕が言うのを聞いて周りは大爆笑だった。

すると寡黙だったドイツのご主人が、おもむろに語りだした。そういえばドイツでもウナギを食べるがやはりぶつ切りだ、あいつは食べるとき気をつけないとデンジャラスである。それを聞いて一同またもや大爆笑。オーストラリアおばさんは笑いすぎて苦しがっていた。

いつも思うのだが、どこの国の人も年齢性別信条肩書き関係なく、ただの人間として向き合えばみんな一緒、楽しく語り合うのに何の違和感も無い。そういえばその昔、小田実がいっていたなー、人間みんなチョボチョボだ、と。

こんな出会いがあるから旅が好きだ。 (続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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39 50年の時を超えて
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37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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