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ボーダーを越えて
100 ホンジュラス(19)シエンプレ・ウニードス
2007年1月17日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ シエンプレ・ウニードスが主催した行進。エイズ患者やその家族が堂々と表に出て行くこと自体、重要な意味がある。
▲ シエンプレ・ウニードスが経営する縫製場。
▲ 製品はサンフランシスコの病院が買い付けて、新生児に配布するのだという。
(写真提供はすべてSiempre Unidos)
リアリティツアーのホンジュラス最後の地点はサンペドロ・スーラだった。夫と私がツアーの始まる前に到着したホンジュラス最初の地点でもある。

風光明媚なカリブ海沿岸のガリフナ地域を離れ、再びサンペドロスーラへ向かう。その郊外に入ると、道路の両側にまだ新しそうな大きな工場が次々に並ぶ。サンペドロスーラは首都のテグシガルパに次ぐ都市だが、製造業の点ではホンジュラス第1で、その工場の多くがマキラドーラ(maquiladora)だ。

マキラドーラというのは、安い労働力を利用した外国資本による輸出専門の加工工場のことで、工場の機械設備から部品や原材料までいっさい免税で輸入という仕組みでアメリカとメキシコの国境地帯に広がった。サンディエゴと国境を接するティファナは、そのマキラドーラで急速に発展した都市だ。もっとも最近では、外国資本が労働力がもっと安い中国に移って閉鎖された工場も少なくない。また、マキラドーラ制度はメキシコでは国境沿いからメキシコ全土に適用されるようになり、同時に免税の恩典は原則としてはずされることになった。(実際には業種や輸出先によって免税とされるものがまだまだある。)

ホンジュラスではいまだに関税免除のマキラドーラ制度が全国土に適用されている。とはいえ、マキラドーラはホンジュラス第2の都市サンペドロスーラの周辺に集中している。メキシコのティファナではマキラドーラの多くが電子・電気製品加工なのに対して、ホンジュラスのマキラドーラの主流は縫製で、従業員のほとんどは田舎から出て来た若い女性だ。低賃金で長時間労働を強いられ、労働組合が禁じられているため、例外的にストライキに成功した所や、アメリカの消費者が劣悪な就労条件を問題にしてボイコット運動を巻き起こしたこともある。(その例は、http://www.monitor.net/monitor/sweatshop/ss-solomon.html をごらんください。)が、ほとんどの場合、泣き寝入りのまま就業していることが多い。

それだけでも問題は大きいのに、マキラドーラでもっと大変なことが起きている。エイズの広がりだ。

田舎の家族から離れて若い未婚者が集中すれば、そこに性交渉が起きるのはいわば当然。そこにHIVが入り込むと、たちまち広がるのも、これまた当然だ。HIVがどこから入って来たかについては証明されていないが、ホンジュラスでエイズが起きているのは、米軍基地の近くの町とマキラドーラのある都市であることを考えると、ホンジュラス人がエイズはアメリカからやって来たと思っているのも無理はない。ホンジュラスは中米人口の17%しかないが、エイズ発生数では半分を占めており、中米のエイズ蔓延の中心点と言われても仕方がない。

エイズに対する治療も知識も不十分で、偏見も強くて、貧しいホンジュラス人にとってはエイズは身体的にも社会的にも死につながってしまう。そんな状況をなんとか変えようとしている組織がいくつかあるが、サンペドロスーラではその1つ、シエンプレ・ウニードズ(Siempre Unidos)を訪れた。エイズにかかったからと言って、決して孤立しないようみんなで力を合わせようという意図で、という「いつも団結して」という意味の名前だ。

シエンプレ・ウニードスはエイズ患者の治療や家族のカウンセリングをするクリニック、就労条件の整った縫製場、食料分配兼会議場の3カ所から成る。まずクリニックへ行くと、設立統率者のパスクァル・トレス(Pascual Torres)さんという陽気で元気のいいエピスコパル教会の牧師さんが、案内してくれた。広い待合室で順番を待っている人たちを全部知っているようで、みんなに朗らかに声をかけ、患者や家族も同じように朗らかに応じている。エイズの暗い影などどこにもない。シエンプレ・ウニードスはまず、1998年にHIV感染者が安心できる場所を提供することから始められたそうだが、3年前に医療活動が始められてからもだれでも安心できる場所というのは変わっていない。医療活動を始めるまでは、毎週5〜6人が死亡していったが、医療を始めてからの過去3年間の死亡者は5人だというから、医療の力がすぐわかる。

女性ドクターの部屋では、30歳ぐらいの女性のカウンセリングが進行中だった。プライバシーのことが心配になったが、2人とも実にオープンで、進んで事情を話してくれた。女性自身がHIVに感染していて、2人目の子どもも出産時に感染し、それ以来治療に専念したおかげで、3人目の子どもは感染せず無事生まれたという。毎月2番目の子どものようすを報告に来るそうだ。

大分前のことだが、ライトハウス(Light House)というロンドンにあるエイズ患者のための集会所を訪れたことがある。重苦しい感じのロンドンの空の下で、その場所は明るく、中にいる人たちは皆明るくオープンで親しみやすかったのを、シエンプレ・ウニードスに来て思い出した。ここには希望がある。そう思った。

次に、カリフォルニアからボランティできているというアメリカ人青年が、縫製場を案内してくれた。マキラドーラで得た技術を生かして、HIV感染者に職を与えよるのが縫製場の目的だ。工場と呼ぶほど大きくないが、設備は整っており、冷房が効いていて、しかも布埃を吸わないようにとマスクが支給されて(私たちも渡された)健康安全が配慮され、ここでの求職者は順番を待っているという。マキラドーラとはすべて逆に、就労環境も条件もまた生産物も品質第一をつねに心がけていて、安物は作らないと目指しているそうだ。目下新生児の服をサンフランシスコの病院に出荷している。

最後に、シエンプレ・ウニードスに助けられた人たちの話を会議場で聞かせてもらった。20歳そこそこの女性、20代後半の男性、30代の女性の3人が、率直に話してくれた。一番若い女性は口を開いた途端に大きな涙が目からこぼれ落ちた。マキラドーラで働いていたときに妊娠し、出産したら、自分も子どももHIVに感染していることがわかったのだそうだ。すると、親兄弟にも見捨てられ、行く場がなくなり、死にたいと思ったという。そのとき、友だちに半ば無理矢理にシエンプレ・ウニードスに引っ張って来られ、トレス牧師と話をした。

「死にたい、って言ったら、トレス牧師に、死にたいんならここに来てもだめだなぁって言われました」そう言ってニッコリしながらも、彼女の目からはまだ涙がこぼれ落ちて来る。トレス牧師はニコニコしてそんな彼女を見守っている。「だれでもいつかは死ぬんだから、そんなにあせることないじゃないかとも言われて、うんと励まされたんです」
そうして、住む場所を与えられ、健康管理の仕方を教えてもらい、シエンプレ・ウニードスのサポートグループにも参加して、いまでは仕事もしているという。

次に話してくれたゲイの青年は、ゲイでありHIV感染者であるために受ける二重の偏見について語った。ゲイの人権運動にも参加しているそうだ。最初は彼を見放した家族だが、いまでは少しずつ理解を示してくれるようになったという。
「彼は人間的にもここ数年間に素晴らしく成長しましたよ」と、トレス牧師は彼を褒めた。

最後に話してくれた女性は、幸運にも理解ある母親にシエンプレ・ウニードスにつれて来られたそうだ。そのときはほとんど歩けなかったというが、いまでは外見からは病気とは思えないほど元気な様子だ。治療のおかげであることはもちろんだが、HIV感染として登録されている2万2千人のうち治療を受けているのは3千人しかいないそうだ。ホンジュラスのHIV感染は、女性や子どもの間に急速に増えているというから、シエンプレ・ウニードスのような活動がどんどん広がっていってほしいものだ。

シエンプレ・ウニードスの活動については以下のサイトをごらんください。
www.siempreunidos.org

シエンプレ・ウニードスの成功は、医療活動が人々の心の繋がりに基づいているからだろう。訪問を終えて真っ青な熱帯の空の下に立つと、シエンプレ・ウニードスの人々の力があちこちに溢れ出ているような気がした。貧困と暴力にむさぼられているようなホンジュラスだけれど、希望はあるのだ。私たちは明るい空と同じように心の隅々まで明るくなったのを感じた。


= = = = = = = = =

全く余計なことですが…
「ボーダーを越えて」はこれで65回目を迎えました。35回続いた「アボカド物語」と合わせると、私の連載エッセイはこれでちょうど100回目となります。200回目がもうちょっと早く来るよう努力しますので、注文、批判、コメント、なんでも聞かせてください。そして、これからもよろしくお願い申し上げます。
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