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67 オランピア (Olympia)
2007年4月15日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
オランピア (Olympia)


上に2枚の裸体画があります。絵画史の長い歴史の中では、裸体画、とりわけ女性の裸体画が絵画の極めて重要なモチーフのひとつであったことは、どなたにも異論のないところだと思います。

さて、上の裸体画2枚は、同時期に描かれた、いずれも絵画史に残る名のあるものなのです。タイトルと制作年、作者は上から順に次の通りです。

1)オランピア (Olympia 1863)  エドワール・マネ

2)ヴィーナスの誕生 (Naissance de Venus 1863)  アレクサンドル・カバネル

このエッセイの目的は、1番のオランピア(マネ作)という絵が、当時パリで巻き起こした、一大スキャンダルを通して当時のフランス社会を見てみよう、というものです。

この絵が発表されたのは、1865年、あのうさんくさい第2帝政、つまりナポレオン3世の統治が終わる数年前のことです。しだいに成熟しつつあった市民社会の実像を、感度のよいパリジャンの目からとらえた名画として、現在オルセー美術館に展示されているこの絵は、実はたいへんな騒ぎを当時のフランス社会で引き起こしました。

まずお好みは別として、1)、2) のふたつの裸体画の中で、あなたはどちらがより官能的だと感じますか? いろいろとご意見はあると思いますが、まあ客観的には、2番というのがおおかたのご意見なのでは?と思いますが、いかがでしょうか?

ところが当時は正反対だったのです。1番がわいせつで、醜悪だとごうごうたる非難を受け、2番は大好評を博して、作家はアカデミー会員に選ばれ、絵はその時の最高権力者、ナポレオン3世に買い上げられたのです。またまた、ついでですが、このカバネルの絵も現在は、オルセー美術館に展示されております。歴史の皮肉ですね。

では、なぜマネの絵が非難をうけたのでしょうか? 以下に理由を簡単に整理してみます。

1) それまでの裸体画は、必ず神話、宗教などから素材をとり、ヴィーナス、イヴ、妖精などの姿で理想化されて描かれてきました。ところがマネは、初めて現実的な姿としてヌードを描き、しかも裸婦が明らかにその時代の娼婦だとわかる形で描いたのです。

2) 明らかに娼婦と売春宿だとわかる理由として、

a)恥じらいのない裸婦の表情と姿態。とりわけ挑発的とも思える見る者の心まで見透かすようなその目つき。

b)オランピアという名前そのものが、同時代の作家アレクサンドル・デュマの作品で、オペラ化された「椿姫」にも娼婦の名前として登場するくらい典型的な娼婦の源氏名であった。

c)黒人のメイドが客の贈り物らしい花束をささげているという部屋の雰囲気。

d)足元の黒猫は、性的なものの象徴と考えられていた。

というようなことが挙げられます。

3) ルネッサンス以来の伝統的な技法である遠近法や肉付け法を覆して、平らな画面に奥行きや陰影といった虚構の立体化を持ち込むことをやめて、明確な輪郭線と中間色を排した強い色彩だけで立体感を表現した。絵画技法としては、明らかに革命と言ってよいものでした。

でも今考えれば、なんでこんなことでと思うようなことなのですが、ともかくこれは当時の第2帝政時代の偽善を暴くという意味で、時代のタブーのひとつにふれてしまったのでした。

この時代は新興のブルジョア階級が急速に富と力をつけつつあり、活気と華やかさがあふれ始めていました。しかし、同時に土地から切り離されて、産業労働者として都市に流入してきた多くの人々は、都市生活の退廃の波にさらされてもいたわけです。旧時代からの伝統的なモラルは表面的には厳しく存在しながらも、内実は貧富の格差の増大、ドロップアウト組の増大、絶望的に悪い労働条件等により、本当に表面的なものになってしまっていました。

と言うよりは、ひどい現実を覆いかくすために、人々、とりわけ社会の支配的階層は、よりいっそう表向きの厳しさを要求したのだと思います。第2帝政時代の絵画には、一般的に高貴な様式が求められましたが、それはこんな考えにもとづいていたのだと思います。

当時パリ警視庁に登録してある娼婦が5千人、非登録組が3万人いたと言われています。この空前の売春時代を支えたのは、やはり新興のブルジョア階級と新たな都市生活者でした。まさに空前の退廃時代だったのです。

「オランピア」は、実はこの時代の仮面を剥ぐことになってしまい、支配層の憤激をかったわけです。そう言えば、カール・マルクスが資本論第1巻を書き上げたのも、ほぼ同時期の1867年です。見事に符合していますよね。マルクスの怒りの原動力は、やはりブルジョア階級発達過程の社会的諸矛盾でした。

この革命的画家マネは、おもしろいことに、私生活では決して革命的な人物ではありませんでした。司法省の高級官吏を父に持ち、外交官の娘を母に持つという、上流ブルジョア階級の出身で、自身の夢は、将来自分の絵がルーブルに飾られることだったのだそうです。生家は、パリ6区、ボザール(国立高等美術学校)の近くのボナパルト通り。画廊や骨董品、書店などが建ち並んでいます。私もパリでもっとも好きな地域です。

生粋のパリジャンとして生きたこの画家の絵 <オランピア> は、画家の死後約4半世紀後に、念願のルーブル入りをしました。その後オルセーに移っているわけですが、マネは多分満足していることでしょう。

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