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縁の下のバイオリン弾き
46 バンジョー
2012年4月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。

もう古典と言っていいかと思うが昔「俺たちに明日はない」というアメリカ映画があった。1967年公開。いわゆる「アメリカン・ニューシネマ」の最初の作品と目される映画だ。

テキサスの田舎町で退屈しているボニー(フェイ・ダナウェイ)の前に刑務所帰りのチンピラ、クライド(ウォーレン・ベイティ)があらわれる。勢いにまかせて銀行強盗をした二人はそのまま遁走し、各地で犯罪を重ねるようになる。

ボニーとクライドは1930年代に実在したギャングだ。映画は大恐慌の暗い世相、すさんだ人心の反映としての犯罪と暴力を斬新(ざんしん)な手法で描き、しかしその中に青春の無力と愛のはかなさをはめ込んで世界中で人気を博した。ボニーとクライドが銃弾で蜂の巣になるラストシーンは今でも映画史上のかたりぐさだ。

最初の銀行強盗を終え、車に飛び乗った二人が猛スピードで逃げる、その場面に二人の心の高揚をあらわすかのように爆発的な音楽が高鳴るのを覚えておいでだろうか。

この曲は「フォギー・マウンテン・ブレークダウン」(ブレークダウンは早弾きの意)といい、アール・スクラッグスというバンジョー弾きの作曲だ。

演奏しているのがアール本人で、バックを演奏するバンドがその名も「フォギー・マウンテン・ボーイズ」だ。滝がほとばしり落ちるような圧倒的なアールのバンジョーの音がいやが上にも興奮をかきたてる。

「フォギー・マウンテン・ブレークダウン」はアール・スクラッグスの代表作であるだけでなく、バンジョーを弾くものならだれでも弾きたがる名曲中の名曲だ。

そのアール・スクラッグスがつい最近なくなった。88歳だった。


バンジョーという楽器はアフリカ起源だ。アフリカからつれてこられた黒人奴隷が持ってきたものでひょうたんを二つ割りにして皮を張った胴に2本か3本の弦(糸)を張ったものがオリジナルだった。現在のものは皮あるいは合成樹脂を張った大型のタンバリンのような胴に長い棹(さお)がついている。見かけはちょっと三味線に似ている。そしてここが大事なところなんだけど、弦の一本がほかの弦より短い、という特徴がある。

弦楽器というものはバイオリンでもギターでも、または三味線でも琵琶でも、何本もある弦がみな同じ長さにつくられている。この弦を糸巻きを使ってゆるめたりしめたりして音程を調節するわけだ。そしてかんどころを指で押さえて望む音を出す。 

ハープ、あるいはそれに類する楽器、たとえばピアノなどは弦の長さがふぞろいだけれど、これはその弦をはじいたりたたいたりして一定の音を出すためにそうなっているので、バイオリンなんかとちがってその弦に指をつけて音程を変えることができない。だから音の数だけ弦が必要で、必然的に弦の数が多くなる。

バンジョーは棹に張った弦を指で押さえる、というギターのような奏法を用いるのに一本だけ短い弦がついている。こんな楽器はほかにない。

短い弦は指で押さえることをしない。弦が短い関係上その音はほかの弦よりも高い。この弦をほかの弦にまぜてはじくからバンジョーはポンポコポンポコと高い音と低い音がまざった独特の音色をもっている。

バンジョーの起源をたずねてアフリカまで行った音楽家が長短2本の弦を張ったひょうたん楽器をみつけたそうだ。

しかしアメリカに渡ってからバンジョーは改良をうけて、現在は4本の弦に短い弦1本がついている。こういう形になったのはアメリカでのことだから、バンジョーはアメリカで本格的に発展したただ一つの楽器だと考えられている。

それではバンジョーはどんな音楽に使われるのか。

バンジョーは黒人奴隷が大量につれてこられた南部でひろまったわけだがそのうちに白人にも使われるようになった。おもにバージニアからカロライナにかけてのアパラチア山脈に住む貧しい農民の音楽に使われた。彼らの音楽は先祖がアイルランドやスコットランドからもたらした音楽で、なにしろ孤立した山の中だからほとんど変化することなく伝わった。これをマウンテン・ミュージック、あるいはオールド・タイミー・ミュージックという。要するに民謡だ。

メロディーをフィドル(バイオリン)が受け持ち、リズムをバンジョーが受け持つ、という形が一般的になった。この頃、というのは19世紀から20世紀のはじめにかけてだけど、バンジョーの弾き方は右手の親指と人差し指で弦をはじく2本指奏法だった。これはわりと簡単な奏法でメロディーも弾けるけれど、もっぱらリズム楽器として使われた。

ところが1930年代にこの手の音楽に変化が起った。ビル・モンロー(1911-1996)という歌手兼マンドリン弾きがこの音楽をベースにしてまったく新しいミュージック・ジャンルをつくりあげたのだ。彼のバンドがブルーグラス・ボーイズという名前だったため、この新しい音楽はブルーグラス(青い草)と呼ばれるようになった。ブルーグラスというのはモンローの出身地ケンタッキー州の異名だ。

この人がこのジャンルの創始者だ、といえる音楽ジャンルはめったにあるものではない。モンローはしかし自他ともに認める「ブルーグラスの父」だ。カントリーミュージックの1部門ではあるが、ふつうのカントリーとはまったく違ったサウンドで、そのユニークな音を聴けばだれでもブルーグラスだ、とわかる。

どこがどうちがうか、というと、ブルーグラスはマウンテン・ミュージックをベースにしながらも、それを現代的にしたものだ、ということができる。基本的なバンドの構成はマンドリン、フィドル、バンジョー、ギター、ベースの5つの楽器で、これはジャズの影響を受けていると思われる。ジャズでは、ピアノ、ベース、ドラムにトランペットとサックスが加わるのがスタンダードだが、これをアコースティックの弦楽器に移したものだと思えばいい。むかしはたいていマイクが一本しかなかったから、ジャズと同じように歌の合間に順番にマイクの前に立ってアドリブで演奏する。

ビル・モンローはテナーの高い声で歌ったから、その後の歌手はいずれも頭のてっぺんから出すような声で歌うのがふつうになった。これを「ハイ・ロンサム・サウンド」と呼ぶ。

曲調はたいへんに早く、目にも留まらぬ早技で楽器をひく妙技が人をひきつける大きな要素になっている。

ブルーグラス・ボーイズは1938年に結成された。しかしそれが本当のブルーグラスになるのは1945年に弱冠21歳のアール・スクラッグスがバンジョー弾きとして参加してからだ。

アールは子どものときからバンジョーを弾いていたけれど,伝統的な二本指奏法を一歩すすめて三本指奏法を編み出し、今までとはまったくちがったエキサイティングな音を創造した。リズムだけでなくメロディーを弾く事もできたから歌の合間の演奏(これをブレークという)にもぴったりだった。

この三本指奏法のバンジョーがないとブルーグラスとはいえない。バンジョーなしでもブルーグラスを演奏することはできるけれど、それをやってもブルーグラスに聞こえないのだ。もうブルーグラスといえばバンジョー、バンジョーといえばブルーグラス、というぐらいのものだ。

だから、ビル・モンローが「ブルーグラスの父」ではあっても、その音楽に対するアール・スクラッグスの貢献はモンローにおとらぬ大きいものだったといえる。

1945年にブルーグラスの音が確立されたのだから、1930年代初頭が舞台のボニーとクライドの映画に「フォギー・マウンテン・ブレークダウン」が出てくるのは時代錯誤なんだけど、ブルーグラスは泥臭い、という印象があるからアメリカの田舎を象徴する音楽として映画によく使われる。

ブルーグラスはいったん好きになると熱狂的な愛着を呼び起こす。アメリカですらあまり人気があるとはいえない音楽だけど、いや、だからというべきか、これをやる人はたいてい過激で狂信的(?)なミュージシャンだ。

現在、ポピュラー音楽で電気楽器を使わないジャンルは民謡の類をのぞけばほとんどないといっていいかと思う。アメリカの演歌であるカントリーも楽器だけを問題にすればほとんどロックバンドとかわりはない。

その中でブルーグラスだけはがんこにアコースティックだ。その成立が比較的新しいにもかかわらず、彼らミュージシャンの心の中ではブルーグラスは伝統音楽だからだ。そしてその象徴がバンジョーであり、民謡以外でバンジョーを使う音楽はほかにない(20世紀になってから例の短い弦を取り除いた4弦のバンジョーが作られ、これは一時ジャズのリズム楽器として使われた)。

ブルーグラスがいかに熱狂的なファンを生むか、という見本として渡辺敏雄さんという方の事をあげたい。朝日新聞2011年の1月30日づけの「ひと」という欄に彼の事がとりあげられている。私とほぼ同年齢で学生時代からブルーグラスにのめり込み、バンド活動をしていた。卒業後大手製鉄会社に就職していたのに、たまたま彼のライブを聴いたアメリカのレコード会社の社長にすすめられて全米ツアーに出、帰国後会社をやめてブルーグラスのレコードのみを出す会社を作って今にいたっている、というのだ。

その人がなぜ新聞にのっているかというと、自演のブルーグラスのレコード、日本国内では千枚も売れず、もちろんアメリカでどれだけの人が聴いたかわからないレコードによってグラミー賞にノミネートされた、というのだ。惜しくも受賞はのがしたけれど、これがどんなに破天荒な事かこの道の人でなければわからないだろう。

そもそも大学を出たばかりの日本人バンジョー弾きがアメリカ人に認められて「全米ツアーに出る」ということがほとんどあり得ないことだ。私も同じ頃ブルーグラスを聴いていたからわかるのだが、当時バンジョーを弾こうと思ったって先生もいなければ教則本もない。調弦だってどうするかわからない。なにより問題の「三本指」をどう動かすのかもわからない。ないないづくしであの華麗なスクラッグス奏法を模倣するだけでも「よくやった!」というべきなのに、本場のアメリカ人に聴かせようとはいい度胸だ。

そしてそれからの全人生をブルーグラスに打ち込み、社員3人の会社でせっせと国内外のレコードを出すだけでなく、国内唯一の専門誌を発行する。いやはや感嘆のあまりことばもない。

いまや日本にもバンジョー奏者はめずらしくないけれど、60歳をこえて日本人としてブルーグラスでグラミー賞にノミネートされたなどということは前代未聞(ぜんだいみもん)だ。

ノーベル賞をとるような日本人にも感心はするけれど、ノーベル賞は世界が認める分野での最高峰だ。だれもがその分野でしのぎをけずって当然だろう。そうではなく、ほとんどの人が関心を持たない分野で全身全霊を傾けてその道につきすすむ人はえらいと思う。

生前のアール・スクラッグスは渡辺さんの事を知っていただろうか。去年のグラミーの話だから知っていた可能性は高い。ひょっとしたらもう友だちだったのかもしれない。渡辺さんにしてみればアールに知られたなんてバンジョー弾き冥利につきるというものだろう。アールの方だって渡辺さんのノミネーションには大満足だったんじゃないだろうか。



アール・スクラッグス「フォギー・マウンテン・ブレークダウン」の演奏はこちら。

http://www.youtube.com/watch?v=QIKdswTJ2vY
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