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僕の偏見紀行
134 ベトナムの風の中で(6)フエのアヤしいふたり連れ
2012年4月18日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ フエ王宮入り口の大門。
▲ フエ王宮裏手にある門。磁器の装飾が美しい。
▲ フエ郊外の霊廟前を守る武将や官僚達の石像。小柄だった。
フエの朝は寒い。ホーチミンとはずい分違って戸惑った。高層ホテルから見る早朝の街並みはもやがかかり、路面はぬれたように黒い。南北に細長いベトナムの中ほどにフエがあるからだろうか。乾期なのになんとなく朝晩の空気はしっとり冷たく、いかにも古都にふさわしい。

新市街のホテルからフォーン川の長い橋を渡ると旧市街だ。橋のたもとを左折して暫く歩くと広大な芝生の広場の向こうに大きな王宮の門が見えてくる。朝から観光バスやタクシーが行き交い、門のあたりは様々な顔つきの観光客が群れている。

お堀の橋を渡り石造りの王宮門をくぐると正面に王宮殿が見えてくる。くすんだ赤い瓦屋根と丹塗りの柱の王宮は、苔むした城壁と回廊に囲まれ、ひんやりとした空気の中に静かに建っていた。建物の細部は鮮やかな磁器のタイルや花の装飾が施され、ベトナム最後のグエン王朝の栄華を偲ばせた。中国の影響が強いのだろう、北京の紫禁城を彷彿させた。

王宮殿の背後はベトナム戦争で破壊され、雑草茂る空き地がそのまま残されている。僕は人影もまばらな草地に残る礎石に座り、ぼんやりと風に吹かれた。かつてここは華やかな王朝絵巻の舞台であり、そして外国との過酷な戦場でもあった。どれほどの人が華やかに生き、そして無残に死んだことだろう。

裏門から出て城壁に沿ってお堀端を歩いた。観光客の溢れる正面と異なり殆ど人影が無い。雑草の中に名も知らぬ花が咲き、夕方の光の中でひっそりと揺れている。

暫く歩くと古びた門があった。大きくはないが全体に磁器のタイルや花の装飾に覆われて見事だ。それは訪れる人もない城壁の一角で静かに輝いていた。いい物を見た、それもたった一人で、僕は得した気分になった。

王宮見学の後、明日の予定をどうしようかと地元旅行社に寄ってみた。お勧めは郊外に点在する歴代皇帝の霊廟巡りツアーらしい。始皇帝の兵馬俑もどきの石像群もあるという。専用バス・ガイド・ランチ付きでホイアンより少し高く7ドルだった。

翌日迎えのバスに乗ると僕が一番乗りだった。このバスで予約客を拾ってまわり、そのまま観光に出かけるらしい。僕は一番乗りの特権を生かして眺めのいい最前列に陣取った。車内はゆとりがあるようだ。僕はシートを独り占めすべく、あたりに強力な「近寄るなオーラを」発信した。

それなのにあろうことか、次の安ホテルで怪しげなオヤジが、この世で一番そばに来て欲しくないむさくるしいオヤジが、僕のほうに寄って来たのだ。モジャモジャ頭によれよれのもんぺにゴムぞうり、得たいの知れぬ頭陀袋を提げている。一昔前のヒッピー崩れのような雰囲気の中年男だ。しかもそれが二人もつながってやって来た。

僕の強力な「近寄るなオーラ」もあえなくついえたか、そばに来たオヤジが尋ねる。隣りは空いているのか。後部席には空席があるのに、と思いつつも僕がしぶしぶ頷くと、途端に恵比寿顔になったオヤジは僕の隣りに座りこんでしまった。この風体でオーデコロンでも振り掛けてきたのかコイツは、安っぽい香りを振りまいている。

もう一人は少し後ろの席に座った。彼は隣りは空いているのに1人がけだ。なんでこいつらは一緒に座らないのか。もしかして隣りのコイツは、小柄な日本人男性は狙われやすいという、アッチの方の趣味でも持っているのか。幸いにして僕は今までそんな危険に遭遇したことはないが、あまり相手にしないほうが無難だろう。

そんな僕の様子にお構いなく、意外にもオヤジは礼儀正しく自己紹介を始めた。彼らはイスラエルから観光に来た兄弟らしい。よく喋る僕の隣人が兄貴、後ろの無口なほうが弟だった。落ち着いた雰囲気の弟は兄貴に似た風貌ながら、澄んだ静かな眼差しをしている。

何者だろう、この兄弟は。僕が無視するのもかまわず兄貴は隣りからうるさく話しかけてくる。バスは郊外に出て緑豊かな里山に入った。緑の中を黄土色の川がゆったりと流れ、小船で漁師が網を打っている。どこかで見たような、僕の故郷九州の田舎を思わせる懐かしい風景だ。

「美しい自然!完璧な調和。」兄貴が突然叫んだ。つられた僕は思わず、これは日本にもある風景だ、と言ってしまった。この一言に彼は敏感に反応した。日本から来たのか、こういうと彼はいかに自分が日本と縁が深いか、一段と熱をこめて話し始め、そしてそれはバスに乗っている間続いた。

ツアーはフエ郊外に点在するいくつかの霊廟を巡った。いずれも19世紀頃の建造で比較的新しい。どれも霊廟、つまりお墓だから華やかさは無い。重々しい石造りの墓をいくつも見てまわるのはそう楽しいものでもなかった。

中には日本の神社に似て、入り口から池を巡る道がお墓に続く霊廟もある。ある廟は一番奥まった林の中の小山となっており、古墳を思わせる形をしていた。

主に9世紀頃の建造であるため、形や装飾に中国をはじめ、欧米そして日本など諸外国の影響が色濃く感じられる。残された公文書は中国や日本と同じく漢字で書かれ朱印が押されている。

ある廟の前庭に墓を守る武将の石像が立ち並んでいた。一見始皇帝の兵馬俑にもにているがなんとなく小ぶりだ。僕がそばに立っても遜色ない。ガイドに聞くと小柄な皇帝が自らより大きいのを嫌ったらしい。人間らしくて面白い皇帝だ。

イスラエル兄弟は仲が良かった。見学中はいつもふたり一緒に歩き、兄貴がガイドブックを見ながら弟にあれこれ説明している。バスに戻り見せてもらうと見たこともない文字がビッシリならんでいる。尋ねると兄貴が重々しくヘブライ語だ、世界最古の言語だぞ、と威張った。これがそうなのか、僕は感心して眺めた。(続く)
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62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
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49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
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24 知床の青いそら、光と風
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22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
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8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
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6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
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