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68 草上の昼食 (Le dejeuner sur l’herbe)
2007年5月9日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
草上の昼食 (Le dejeuner sur l’herbe)


上段の絵は、エドゥアール・マネ (Edouard Manet) が1863年に発表した「草上の昼食(Le dejeuner sur l’herbe)」という絵です。この記事は私の直前の書き込み、「オランピア (Olympia)」(下段の絵です)の続編として書いております。ただし、絵画としての公開は、順序が逆でして、「草上の昼食」は1863年発表で、「オランピア」は、その2年後の1865年に公開されました。

これら2枚の絵は、絵画史的に見てもたいへん重要な作品だと言えますが、同時に発表当時ひき起こしたスキャンダルの大きさでも有名な絵なのです。現在は、フランスの至宝として、2枚ともパリのオルセー美術館に展示されています。

1863年という年は、アメリカではリンカーン大統領が奴隷解放を宣言し、日本では幕末、攘夷派の薩摩藩とイギリスが交戦した薩英戦争があった年でした。フランスではナポレオン3世の第2帝政がその後半に入っておりました。

この年の官展(ル・サロン)は、審査がたいへん厳しくて、大幅に入選者が減った結果、落選した作品が2800点にものぼりました。画家達から不満の声が大きく上がってきたのを見たナポレオン3世は、落ちた作品だけを集めて、「落選展」を開いたのですが、マネの「草上の昼食」もその中のひとつだったのです。

ただ他の作品とちがって、マネのこの絵は、当初からたいへんな物議をかもしました。「裸婦の描き方が風紀上、けしからん」というのがその理由でした。 でもマネはその2年後に、「オランピア」で前述のように、また同質の大騒動を引き起こしたわけです。ですからマネには、「オランピア」騒動の前に「前科」 があったのです。この草上の昼食が、いわば 「初犯」 に当たるものだったのです。

この絵の構図は、明らかにルネッサンス期のラファエッロ、ジョルジョーネ達の神話にもとづく絵画からとられているのですが、マネは古代の神やニンフの代わりに、当時のパリで普通に見られた男女を描いてしまったのです。さらにご丁寧なことに、この裸婦がニンフなどではなく、現実の女性が実際に服を脱いでいるのだということを強調するかのように、彼女が脱いだ服を左下に書き加えているのです。このあたりが、絵画の革命児、モネの挑発的とも言える意気込みをよくあらわしているように思えます。

現実から離れた古代の神話だとか、遠い異国の世界といったワンクッションおいた裸婦なら、どのように描いてもよい、という当時の社会の暗黙の了解を挑発的に破ったわけですから、もちろん猛烈な非難を浴びました。

でも、私がとりわけ感心しているのは、この大騒動の2年後に、またまた、「オランピア」という作品で、同様な騒動を引き起こしたこの画家の精神のタフネスぶりです。この作品で、たいへんな非難と罵声を浴びたのですから、「オランピア」を発表すれば、どういうことになるのか、当然本人はよく知っていたはずです。にもかかわらず、2年後に彼を2度目の騒動へと突き動かしたものはいったい何だったのか、と思ってしまうのです。革命家とは、そうしたものなのかな、とある種の感動さえ覚えてしまいます。

もっとも、彼も決してスーパーマンであったわけではなく、やはり悪評に落胆して、ひとときスペインへ気分転換の旅行に出かけたこともあったようですから、凡人の私としては、ちょっとほっとします。

余談ですが、実は、「草上の昼食」と「オランピア」で描かれた女性モデルは、同じ人物でした。ヴィクトリーヌ・ムーランというモデルさんです。ですから、いろいろな意味で、この2枚は連作と言うか、双子と言ってもよいのだと思います。そんなことを知ってもう一度2枚を見比べてみませんか?

この時代のフランス社会は、ずいぶんと大きな問題が、大変化しつつある社会の中で鬱積されていました。ちなみに、あの労働者の利益を正面切って掲げた、第1インターナショナルがロンドンで成立したのは、この落選展の翌年の1864年のことでした。日本では、明治維新まであと3〜4年、世情騒然たる幕末の時代でした。

それから、最後にもうひとつ。実は絵画技法上も当時のアカデミーの権威者達には許せない点が、これら2枚の絵にはありました。裸婦の体においてとりわけ顕著なのですが、たいへん明るくて目立つように描かれていますが、陰影が極端に少ないのです。背中やふくらはぎなどに、もっと陰影をつけて丸みや立体感をつけるのが、ルネッサンス以降の伝統的な絵画技法であったわけですが、マネはそれをほとんど省略してしまっているのです。ですから、これは当時の絵画の権威者達にとっては、デッサンがきちんとできていない、絵の具の使い方を知らずにただ色を並べているだけではないかと思われ、許し難いことだったのです。技法的にも、マネはまさに反逆児、革命児であったわけです。

今にして思えば、こうした何人かの美の革命家達のおかげで、新しい美の追究が可能になったわけで、もしもマネや印象派の絵画が存在しなかったとしたら、人類の絵画史は、はるかにみすぼらしく、さびしくなってしまったことでしょうね。

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