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僕の偏見紀行
135 ベトナムの風の中で(7)フエのアヤしいふたり連れ
2012年4月25日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 橋を渡って奥の霊廟へ向かう。
▲ 霊廟を守る石段手すりの竜。かわいい瞳をしていた。
▲ ベトナム王朝に伝わる古武術。韓流ドラマ顔負けの激しいアクションだった。
我々は福井県を拠点に日本で活動している、と隣りの兄貴が言い出した。何!福井県?僕はつい尋ねてしまった。すると兄貴は待ってましたとばかりに話し始めた。

彼の話だと後ろにいる弟はアーティストという。弟は福井の和紙や漆を素材にした作品の制作しているらしい。そういえば弟のモジャモジャ髪の下からのぞく静かな眼差しはいかにもそれらしい。福井で作品展を開催したこともあるという。芸術方面にうとい僕は感心してうなずくしかなかった。

かくいう自分はセラピストなんだ、といいつつ兄貴は名刺をくれた。ヘブライ語と英語で書かれた名刺を苦労して判読すると、彼の職業は芸術表現による療法士というようなことらしいが、一体どんなことをしているのか見当もつかない。

名前の前にDrのついた名刺には、彼のクリニックのアドレスが書いてあった。どうもエライ先生のようだ。彼は京都の病院にセラピストとして勤務した経験もあるという。ふたりはどうやらそんなに変な人たちではないようだ。僕の第一印象もあてにならないものだ。

僕は過去の仕事の経験から、イスラエルは乾いた大地が広がる厳しい気候の国であるため、貴重な水資源の管理技術に優れている、という知識はあった。農園の灌漑用設備など日本にも多く輸入されている。

僕がそのことを話すと彼は大いに喜んだ。そして今年はとりわけ寒さが厳しく大変なんだ、と嘆いた。僕が北日本も記録的な寒さと数メートルもの大雪だ、というと彼は驚き、すぐ振り向いて弟にそれを伝えた。

面白いことに、兄貴は僕との会話の節目ごとに、それを自国語に翻訳しては後部の弟に伝えて一緒に笑ったりするのだった。弟も英語を話すはずなのに、かなりやさしい世話焼きの兄貴のようだ。

隣りで彼が時々咳き込むので、僕が持参したのど飴をあげようとしたら、自分はベジタリアンだから、もっぱらショウガ・ニンニク・緑茶・ハーブを愛用し、化学的な薬は飲まない、という。そして100%天然素材という西独製の錠剤を取り出してみせ、僕にも勧めた。

なぜベジタリアンなのか、僕が聞くと、彼はむやみに動物を殺すのは良くない、とりわけ楽しみやスポーツと称して殺すのは許せないという。僕も遊びで動物の生命を弄ぶのは論外だと思うが、生きるためにやむを得ずに動物を殺して食べるのは仕方ないと思っている。

むしろ動物は駄目だが植物なら食べていいとか、動物の中でも、あれはいいがこれは駄目などと、区別するのもおかしい。人間にそのような区別をする権利は無く、身勝手な区別をする人間は傲慢だと思う。人間は常に他者の生命を奪うこと無しには生きていけない。僕はこの人間の業をはっきりと自覚して生きるべきだと考えている。

僕は、ベジタリアンという彼に、生きること、食べることについて日頃考えていることを話した。こんな分かりにくい話が僕のつたない英語でどれほど通じたか甚だ心許ないが、僕の話を聞いた彼はおしゃべりをやめて考え込んでしまった。

次の霊廟前には数軒の売店が並び、店員の女が声を張り上げていた。通りかかるとしつこくコーラを売りつけてくる。それに辟易した兄貴はつい、帰りに寄るから、とその場をしのいだ、つもりだった。しかしベトナムの働く女性はたくましかった。戻ってきた彼は強引にコーラを押し付けられついに断りきれなかった。

バスに戻った僕は彼にたずねた。ベジタリアンがコーラを飲むのか、すると彼は一瞬困った顔になったが、コーラには身体にいい特殊なミネラルが含まれている、だから旅行中は毎日1本飲むようにしている、という。本当にそんなことがあるのか、いささか眉唾ものだったが、彼がくどくどと言い訳めいたことを言うのが面白かった。

親しく話してみるとイスラエルのふたりはごく真面目な紳士たちだった。見た目で人を判断してはいけない、僕はそう反省した。いつしか僕は彼らとのとりとめのない会話を楽しんでいた。

霊廟巡りの後、バスはとある道場に立ち寄った。若い男女20人ほどが太極拳風の道着を来て激しいトレーニングに励んでいる。王宮の護衛兵が王を守るために継承してきた「キバナ、KINH VAN−AN」という古武術だ。

とにかくその動きは激しく目にも留まらぬ早さだった。単独での型の演武、2人の対決、3人で入り乱れての立ち回り、いずれも物凄い迫力だ。見学者の前には演武者が飛び出さないよう若者たちが人垣を造った。それでも模擬刀を振り回す戦いには思わず身を引いてしまった。

ツアーの終わりにバスはとある村の小さなホテルに寄った。そこには郷土料理のビュッフェランチが用意してあった。歩き回った末の遅めのランチはとても旨かった。いつも思うのだが、その国の料理は地方に行くほど旨い、今回もそうだった。(続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
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52 風に吹かれて八丈島(2)
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25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
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22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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13 海があまりに碧いのです
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