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ボーダーを越えて
103 キューバ:2つの通貨
2007年2月27日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ サンタクララ市のパン工場。辺り一面にパンの匂いをまき散らしていなければ、この建物は何なのかちょっとわからない。入り口の脇に半ば剥げたペンキで「人民パン製産所」と書いてあった。
▲ 棚の半分以上が空っぽな国営食料品店。ハバナで。
▲ ハバナ旧市街にある外国人観光客向けの中華料理店。これも国営。
メキシコのカンクンから1時間ちょっと飛んで、ハバナに着いた。
「日本人ですか? キューバは初めてですか?」
なかなかハンサムで若い男性入国管理官が、ニコニコしながら英語で聞く。親しみやすい感じがわざとらしくなく、清々しい。それまで緊張していた私もつられて、答えながら思わずニコニコした。

細長い1遍の紙がキューバへの入国ビザで、入国管理官はその半分を切り取って残りをパスポートにはさみ、「キューバにようこそ」と言ってまたニッコリし、パスポートを返してくれた。パスポートには入国スタンプも押さない。出国の際もそうだった。聞いていた通り、パスポートにキューバへ行った形跡は残らない。無許可でキューバに入国するアメリカ市民旅行者に対するキューバ政府の配慮だろう。キューバへの入国ビザは、カンクンですぐ買えるという。だから、不法だろうが何だろうが構わないという気になれば、キューバへ行くのもそうむずかしくはない。(ただし、キューバからメキシコに入国する際に入国スタンプをパスポートに押されるので、メキシコ入国前はどこに行っていたのかと聞かれる可能性はある。)

スーツケースが出て来るのを待っている間、米ドルを少しCUCというキューバの通貨に替えた。出発前に旅行社の説明で、そうするよう指示されていたのだ。CUCというのは俗にツーリスト・ペソと呼ばれる外貨換金可能通貨で、国内用ペソ(CUP)と区別され、外国人旅行者は原則として皆CUCを使わなければならい。どちらも普通にはペソと呼ばれるけれど、旅行者に向かってペソといえば、CUCのことで、そのことをはっきりさせるときにはそのままC-U-Cと呼ぶ。(「クーク」とも呼ぶキューバ人もいた。)中国は外国人旅行者に門戸を開いた当初、現地中国人用価格と外国人観光客用価格の二重価格制度をしばらく設けていたと記憶している。2つの通貨が流通しているキューバはそれと似ている。 CUCとCUPの価値は大きく違って、1CUCは24CUPに相当する。

CUCとは何の略かと思ったら、CUCもCUPも、日本円のことをJPY、米ドルはUSDと表す国際通貨基準の3文字コードだった。ソ連崩壊後、ソ連経済圏内に入っていたキューバは経済が壊滅状態に陥ってペソの価格が暴落し、国際通貨との交換が不可能になって米ドルを流通させていた。アメリカの経済封鎖政策が続く中で貿易を大幅に限られているキューバは、1990年代から観光開発に積極的に乗り出し、10年ほど前には観光が砂糖輸出を抜いて1番の外貨獲得産業になった。が、ブッシュ政権が経済封鎖政策をより一層強められたことに反発して、キューバ政府は2004年11月に米ドルを国内から一掃してCUCを導入した。

1CUCは1米ドルの両替レートで発行されたのだが、キューバ経済の向上と、ブッシュ政権の反キューバ政策への対抗を反映して、最近の交換レートは1.08米ドルになっている。おまけに、米ドルからCUCに両替するたびに20%の手数料を差し引かれるので、手元には1米ドルは0.80CUC以下しか入って来ない。(20%のうち、10%はキューバ政府が、10%はメキシコとの取引を基本的に禁止しているアメリカ政府が取るという。カナダ・ドルやユーロからの両替には手数料は取られないそうだ。)

そういうこともあり、またCUCで指定された品目の価格はアメリカと同じくらいで、キューバ旅行は決して安くはない。キューバは外国人旅行者でも独自に自由に動き回れるけれど、公式ルートで決められたグループ旅行は特にかなり高額になる。(11泊の私たちの旅の費用は、正味2週間半滞在したチベット高原の旅の2倍もした。)でも、キューバ滞在中に、アメリカ政府の経済封鎖政策の結果としての極端な物資不足やキューバ経済の疲弊を目の当たりにしているうちに、せめてキューバに外貨が入るようにできるだけキューバ国内でお金を使おうというな気になる。

CUCはツーリスト・ペソという別称がついているから、外国人旅行者だけが使うのかと思っていたら、そうではなかった。キューバ国民が使う物資でも、贅沢品とか高級品とかみなされている品目はCUCでしか買えないのだそうだ。たとえば?とキューバ人ガイドに聞いたら、香水や化粧品や葉巻という「贅沢品」として納得いく物から、衣料や靴やタバコのようないわば必需品、さらに練り歯磨きやシャンプーも国内用ペソでは買えないのだと言う。また、バッグや石鹸なども質のいい物はCUCでなければ買えないのだそうだ。

練り歯磨きやシャンプーのような物まで贅沢品とされているのは、ありとあらゆる生活物資が圧倒的に不足しているからだ。外国人旅行者向けのホテルに泊まっていると、物資不足などまるで感じない。どの国のホテルと同じように、シャンプーや石鹸やローションがいつでも部屋に置いてあるし、使えばすぐ補給してもらえる。が、それは一般キューバ国民にはとても手の届かないような値段をCUCで払っているからだ。

レストランや空港のトイレの入り口には必ず誰かしらいて、トイレットペーパーを1回分だけ渡してくれる。脇に小皿が置いてある。チップ用だ。私たちのグループのある人が、小銭がなかったので代わりにホテルのシャンプーと石鹸をあげたら大喜びされたと言うので、私たちは毎日ホテルのシャンプーと石鹸をバッグに入れて歩くようになった。確かに小銭より、そういう物の方が喜ばれた。普通のお店にはシャンプーなど売っていないのだから。南東部の町では若者にボールペンをねだられた。

薬も医療設備も不足している。そう聞いていたので、私は出発前にアスピリンやバンドエイドをいっぱい買い込み、キューバで教会などに寄付した。一見は百聞にしかずで、ハバナの中心にある大きな薬局を覗いてみたら、棚の半分以上が空だったのを見て、物資不足を膚で感じたような気がしたものだ。それほど窮乏しているキューバだけれど、不思議と悲惨な感じはしなかった。医療水準が高いのを知っていたからだろうか。医療費は完全に無料で、医師は質が高くて数も多く、キューバの新生児死亡率はアメリカより低いくらいだ。

住居は与えられるから、ホームレスの姿はどこにも見かけなかったし、教育費も無料で、クラスの人数は最高20人と決められていて教育レベルも高い。食料品(お米、豆、パン、食用油、砂糖、塩、ポテト、トマトなど)は配給制だそうで、国民全部に行き渡っている。たしかに、国民の基本的な生活は守られているのだ。

とはいえ、飢えなければいいというものではない。特に教育水準の高いキューバでは、人々は生活や人生の向上を目指すのも当然だ。それがいまの状況ではできず、行き詰まりを感じている人々が増えているのだ。観光バスの運転手の給料は月に250ペソだという。10CUCちょっと、つまり10ドルちょっとという信じられないほど低い額だ。子どもにきちんと教育を受けさせられても、シャンプーには手が届かない。レストランで食事、などとは考えもしないだろう。地元民の商店街にはよく「24時間オープン」という看板がかかっているお店があった。お店といっても、何を売っているのかよくわからない。好奇心からそういう1軒に足を入れてみたら、国営食料品店だとわかった。といっても、棚はほとんど空。ハバナの町の真ん中のお店も似たようなものだった。

ハバナで乗った(外国人旅行者用)タクシーは6CUCで、ほぼ東京並みの料金だった。観光バス運転手の給料半月分以上の値段だ。タクシーの運転手は大変に雄弁で、私たちがキューバの経済や観光産業の影響などを聞くと、早口に理路整然と説明してくれた。感心していたら、なんともともとは弁護士だという。父親は判事だったそうな。弁護士でも、国が決めた低い給料しかもらえない。職を2つ持つのは禁止されているので、この弁護士さんは本業を辞めて、外国人向けタクシーの運転手になったのだそうだ。給料は低いが、チップがCUCで入って来る。それが大きな違いになるという。といっても、観光客のほとんどは観光バスで移動するので、タクシーを運転してどんどん儲かるということではないとも言った。ちなみに、タクシー業も国営だ。

他の国なら、こんな経済状態が何年も続いたら、大暴動が起こることだろう。特に外国から観光客が大勢やって来て豊かな経済力を見せつけられるのだから、不満はますます膨れ上がるに違いない。キューバでも不満は大きくなっているようではある。が、それが反政府運動へとは飛び火していかない。直接間接にいくつか聞いた説明はこうだった:

「キューバ人の大部分は共産主義者でもなければ社会主義者でもなく、キューバを愛するフィデリスタ(フィデル・カストロ支持者)なのだ。カストロは大部分のキューバ人のために社会を変え、彼自身がそれで私欲をふくらませるなどということはしていない。いまの状況にみんな不満を持っているけど、カストロへの尊敬を変えようとは思わない。」

ということは、だれもがカストロ後に何らかの変革があることを待ち望んでいるようなのだ。
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