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ボーダーを越えて
104 キューバ:甘い歴史の苦い思い出
2007年3月13日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 砂糖生産の富で築かれたバイェ殿。
▲ トリニダの中央広場。
▲ トリニダの郊外のサトウキビ畑の真ん中に建てられた管理人の家。
ハバナを出発して島を縦断し、ケネディ政権がキューバ侵略を試みて失敗したピッグ湾に抜け、そこからカリブ海に面した海岸線に沿って東に向かってシエンフエゴス(Cienfuegos)という町に寄った。

シエンフエゴスは20世紀初頭まで砂糖生産と出荷で大変に栄えた港町だ。中央広場はユネスコ世界遺産に指定されているというほど、当時の繁栄を忍ばせる県庁や劇場などの19世紀特有の優雅な建物に囲まれている。街の中心から離れた水際には、砂糖生産と出荷で富を築いた億万長者が建てたバイェ殿(Palacio de Valle)という豪邸が、いまだに華やかな姿で、いまは外国人観光客をもてなしている。砂糖の国際価格暴落でこの私邸は売りに出され、バティスタ独裁政権時代はカジノと変貌したというから、マフィアの手に渡ったのかもしれないなどと想像したりした。革命後は国に没収されたが、内部はちょっと頽廃したムードが漂っていると感じたのは、気のせいだろうか。

その屋上から目の前に広がる大きな湾を眺めながら、私たちはモヒート(Mojito)というキューバ特有のカクテルを飲んだ。ラムとサトウキビジュースとクラブソーダを混ぜ、ライムジュースを垂らして、ミントの葉を入れたもので、アルコール分の強いラムと聞いて私はおっかなびっくりだったが、すっきりした軽い味でおいしかった。ラムもほんのちょっとしか入っていないようで、アルコールに弱い私でも安心して飲める。余談になるが、ラムの原料はサトウキビだ。

シエンフエゴスからさらに東に進んでトリニダ(Trinidad)まで行った。もともとはスペイン人の南米やメキシコ進出の足がかりとなった古い港町だ。メキシコのアステカ帝国を征服したエルナン・コルテスの家が中央広場をはさんで教会の向かい側にある。が、トリニダに富をもたらしたのはサトウキビだった。

カリブ海諸島はヨーロッパの需要に応えてサトウキビ栽培が盛んになったが、キューバでは農業生産一般が遅れていた。サトウキビ栽培には多勢の労働力が必要だ。カリブ海諸島の先住民人口はもともとそう多くはなかった上に、スペインの残虐ともいえる征服で全滅状態に追い込まれ、労働力確保のため、アフリカから多くの奴隷が持ち込まれたのだ。そうして18世紀にはカリブ海諸島は世界第一の砂糖生産地域になったのだが、サトウキビ栽培で最も豊かになったのは、皮肉なことに現在西半球で最も貧しいハイチだった。フランスの植民地だったハイチで1791年に大きな奴隷の反乱が起こり、それが引き金となってハイチは1804年にラテンアメリカで最初に独立を獲得したのだった。

19世紀前半はハイチの勢いがイスパニョーラ島の東3分の2を占めるサント・ドミンゴ(現在のドミニカ共和国)にも押し寄せ、そこでサトウキビ栽培をしていたスペイン系人はキューバに押し寄せるようになる。そうしてキューバで大々的なサトウキビ栽培が始まったのだ。それはアフリカから大量の奴隷の導入の始まりでもあり、19世紀には60万人の奴隷がアフリカからキューバに連れて来られたという。1770年代のキューバでの奴隷人口は4万人弱だったから、大変な勢いで奴隷が増えたのだ。

トリニダ周辺は辺り一面サトウキビ畑だった。郊外のサトウキビのプランテーション跡に行くと、管理人の家と木造の高い監視塔が観光のために保存されている。1CUCの入場料を払って塔を上ると、数キロ先まで360度見渡せた。ここから奴隷の働きぶりを見張っていたのだ。管理人の家の裏側の壁には、「怠けた」とされた奴隷を押し込めて罰するための小さな凹みがいくつかあった。一番小さな凹みは、子どもがやっと座れるくらいの大きさだ。大人の奴隷をどうやってそこに押し込めたのだろう。キューバの奴隷解放はどの国よりも遅く、1886年だったというから、奴隷の存在が余計に生々しく感じられた。

奴隷という身分から解放されても、アフリカ系の住民たちは社会のどん底に置かれ続けた。キューバを階級も人種差別もない社会に改革しようとしたカストロを、アフリカ系キューバ人が最も強く支持し続けている理由が容易に頷ける。

トリニダ旧市街にはサトウキビ栽培経営者たちの家々が並び、いまは博物館となっている。大経営者の私邸の家具博物館、建築様式の博物館、歴史博物館、反革命分子との闘争を伝える博物館、等々、博物館がいっぱいで、現在のトリニダには観光以外に町を盛り上げる産業がないでもあった。街には過去の栄華にしがみついてやっと生き延びているような雰囲気が漂っている。が、歴史博物館は奴隷の歴史をきちんと扱っており、観光客にキューバの厳しい歴史を伝えている。同時に、先生に引率された学童たちが博物館を訪れているのを見ると、国民に歴史を忘れさせない場ともなっているのだろう。

石油に代わるエネルギーとして話題になっているエスノールの原料としてサトウキビ価格が上昇しているけれど、キューバのサトウキビ栽培はそれからも取り残されている。栽培収穫が機械化されておらず、効率が極端に悪いのだ。経済封鎖で有機栽培を強いられているキューバだが、それを逆手に取って、有機農業を売り物にできないものだろうか。キューバ滞在中に何度もそんなことを考えた。
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