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僕の偏見紀行
137 ベトナムの風の中で(9)旅の終わりのホーチミン
2012年6月21日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ バックパッカーが集まるデタム通りのシン・ツーリスト前でツアーバスを待つ客達。狭い通りに次々と大型バスが出入りする。
▲ クチの地下基地の模型の一部。こんな場所で20年も暮らし戦った。これを見てツアー客は言葉を失った。
▲ 地下トンネル入り口。人がやっと通り抜ける広さで普段は落ち葉で巧妙にカモフラージュされていた。希望者が体験入坑しているところ。
1週間ぶりにホーチミンへ戻った。国内線ターミナルの外は、隣りの国際線と違ってタクシーをめぐる喧騒もなく静かだった。強い日差しの中をタクシーはホテルへ向かった。

今回のホーチミンのホテルは老舗の5つ星、かつてベトナム戦争取材に訪れた開高健も滞在したことで有名だ。2年前僕は近くの安ホテルに泊り、夕食後にこのホテルに来ては屋上のバーでビールを飲みながら黄昏のサイゴン川を行き交う船を眺めた。

チェックインの際に僕は出来るだけ静かな部屋をリクエストした。ホーチミンは通りを行き交う車やバイクの騒音が夜遅くまでうるさい。フロントの黒服は、しばらく考えて僕にキーをくれた。

フロントの前には案内の女たちが数名たっていたが、若い一人は日本語が話せた。凝った刺繍のアオザイを着込んだ年かさの女は自在にフランス語を喋った。女番頭みたいなこの女、顔つきがなんとなく卑しく、一瞥して不快だった。その訳は後日判明する。

部屋は旧式のエレベーターで上がった旧館の一角、入り組んだ薄暗い廊下の先にあった。広い室内は掃除が行き届き浴室の金具類も美しく輝いていた。卓上の青いリンゴまでピカピカに磨かれている。しかしこのリンゴは不味かった。地元産の旨くて安い果物が沢山あるのにわざわざ高価なリンゴなどを置くのか。

これで高級ホテルといいたいのだろうか。それともこれは食べるためではなく、飾りまたは香りを楽しむものだろうか。いずれにせよ無駄なことだ。

これから3日間、特別の予定は何もない。帰国までのんびりするだけだ。そう考えつつベッドに入る。心地よい眠気にウトウトしかけると、何か窓の外から物音が響いてくる。そんなに強くはないが、低いうなりのような、機械の運転音のような、気になる音だ。しかたないので耳栓をして眠った。

翌朝レストランへ向かう途中に音のした方角を確かめて驚いた。中庭をはさんだ向こう側の建物の外壁一面に沢山のエアコンの室外機が付いている。これが物音の正体か。旧式の建物の部屋ごとに、後付でエアコンを取り付けているのだ。室外機のファンのまわる音が建物の谷間にこだまして響いていたのだろう。老舗ホテルもいろいろ苦労している。

ホーチミンに来たらまずチョロンの市場の雑踏を歩かねばならない。暑い太陽の下をベンタイン広場のバス乗り場へ歩いた。1番乗場のチョロン行きバスを探して乗り込む。料金は4000ドン(20円足らず)、5000ドン札を出すとお釣りがないとのことでもらえず。

車内は結構混んでいたが入り口脇に座ることが出来た。終点まで約30分、賑やかな街中を走るだけだがこれが楽しい。途中からいろんな人が乗り込んでくる。白髪頭の老婆がよろめきつつ乗ってきたのであわてて席を譲る。暫くすると後部席から若者が僕を呼びに来た。ついて行くと席を譲ってくれた。有難いことだ。

席に着くといきなり隣のオバチャンが日本語で話しかけてきた。見ると二人連れの日本人観光客のようだ。大阪からパック旅行で来たのだ。いろいろと情報交換で話が弾む。有名なアメリカ系の高級ホテルに滞在中らしいが、部屋がかび臭くて困っているという。神経質そうなオバチャンはその匂いで涙やクシャミが止まらず往生していると嘆いた。

そんな高級ホテルで、しかも添乗員付きのパック旅行なのに、どうしてクレームをつけないのか、僕はそんな時の交渉のコツをまくし立てた。運がよければスイートルームに部屋替えしてくれるかもしれないのに。こんな場合申し出ればすぐに部屋を換えてくれのは当たり前の話だ。しかし日本有数の大手旅行社のパック旅行というのに、添乗員は何をしているのだ。

久しぶりのチョロンは一段と人が溢れ、熱気に満ちていた。建物の中も外も、通路も様々な商品で溢れかえり、店頭では店番のオバチャンが喋くり、オッチャンが野菜炒めをつつきながらビールを飲んでいる。衣食住にかかわるあらゆる雑貨が圧倒的な物量で僕に迫る。その中をあてもなくさ迷い歩けば限りないアジアのパワーが僕を元気にしてくれる。

歩きつかれた僕はバックパッカーの聖地、デタム通りへ回ってカフェで一休みした。缶入りペプシを前にぼんやりと通りを眺める。相変わらずおびただしい人や車が行き交っている。様々な国の様々な人々、性別、年齢も様々だ。東洋系の顔立ちで元気がいいのは韓国の若者のようだ。のっぺりした蒼白い若者はどうも日本人のようだ。なんとなく覇気がないように見えるのは僕の偏見だろうか。

ひときわ人だかりの多いのはシン・ツーリストだ。かつてここはシン・カフェといって喫茶店だった。そこに集まる貧乏旅行の若者達が旅情報を交換したのが始まりらしい。やがて観光旅行の情報提供から斡旋までやるようになって今は堂々たる旅行社となった。今では各都市に支店を構え、直営のゲストハウスも持っている。

明日一日暇なので日帰りツアーを探し、クチトンネルツアーを予約する。クチはベトナム戦争当時、北べトナム軍の地下トンネル基地があった事で知られている。日帰りツアーなんかで気軽に行ってもいいものか、と今までは敬遠していた。

ホテルに戻り帰国便の予約再確認のためツアーデスクへ行くと例の女番頭が忙しげにパソコンを叩いていた。僕が用件を伝えると、作業の手は止めないまま、自分はその係りではない、急ぐのでここで作業しているだけ、すぐに係りのものが来るからそちらに頼んでくれと、ろくにこちらも見ないでいう。

コイツは僕がチェックインした日にフロント周りをウロウロしながら、フランス人らしい家族客にヘイコラして愛想を振りまいていた。そのくせ僕のような東洋系のさえないオヤジがチェックインを待っているのを見向きもしなかった。ラオスのホテルでも同じ経験をしたが、旧宗主国には今でも本能的に卑屈になる悲しい習性が未だ残っているのだろうか。

いろいろと腹に据えかねることがあったので僕は女に言ってやった。伝統ある5ツ星ホテルだと期待していたが、お粗末なサービスでそれを裏切られた。もうこのホテルのいうことは信用しない。すると女は、大いに驚き顔色を変えてうろたえた。日本の年寄りがこんなことを言うとは思っていなかったようだ。

クチのトンネルは凄まじかった。戦場なんだから当たり前の話だが、僕は大きな衝撃を受けた。北ベトナム軍はジャングルの地下にアリの巣のようにトンネルを張り巡らし、そこを基地にして強国アメリカと戦った。この地下基地の規模は僕の想像をはるかに超えていた。

トンネルといいながら実際は地下要塞だった。そこには寝室や台所など生活の場から病院、学校まであった。驚いたのは各部屋をつなぐトンネルの狭さだった。大柄なアメリカ兵が入れないようにわざと細くしたらしいが、小柄な僕が膝をつき身体を小さく丸めてやっと通れた。

ツアーの希望者は体験として地下にもぐりトンネルを這った。わずか10mほどだが、大柄な欧米人が途中で動きがとれなくなった。その後ろの暗闇で動き出すのを出すのをじっと待つのは言いようのない怖さだった。長引けばパニックに陥りかねない恐怖を感じた。

ベトナムの人々はこんな場所にこもり、生活を営みながら圧倒的な物量で勝る大国アメリカと戦って勝利した。その精神の強さには驚嘆する。そしてそのような戦いを、自らもジャングルにこもって指導したホーおじさんの偉大さをあらためて思う。

当たり前のことだがクチはまさしく戦場だ。この上ない陰惨な戦場だ。頭上のジャングルにはあちこちに落とし穴が掘られ、その底には鋭い鋼鉄製の牙を仕込んだ罠が仕掛けてある。こんな戦場に、国家に引き出され戦ったアメリ兵の、絶望の深さはいかばかりだったか。平和ボケの僕には想像がつかない。

ホテルからブラブラ歩いたところに地元の人で溢れる食堂があった。通りに面したショウケースには、パンやサンドイッチ、ハム・ソーセージから肉まんまで並んでいる。ここ一体食堂なのか、あるいはパン屋なのか肉屋なのかよく分からない。さらに店の奥はテーブルが並び食事をする人で一杯だ。

席についてメニューを見て驚いた。フォーを始めとする各種麺類、パンや肉まん・サンドイッチ、魚のフライ、ヤキメシ、ご飯に野菜炒めのぶっ掛け飯など驚くほどの品数だ。

ヌードルスープに魚のフライ定食、それにヤシの実ひとつをオーダーしたが、凄いボリュームで旨かった。ヤシの実にストローをさして飲むジュースはよく冷え、夜になっても汗ばむ蒸し暑い空気の中でひときわ旨かった。この食堂に滞在中3日間通った。

食堂からホテルまでブラブラ歩きながら、旅の終わりの淋しさと満足感を感じた。10日間ではやはり短い、そう思った。

名所旧跡よりローカルバスの窓から眺める町の雑踏、市場の喧騒が楽しい。そして何よりも、様々な人々と出会い、その人が過ごしてきた人生の一端を感じることが出来れば、それが一番面白い。僕には人間が一番面白い。
      (終わり)
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83 シルクロードの旅(6)国境越え
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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