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71 遠近法とパオロ・ウッチェルロ
2007年5月29日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
遠近法とパオロ・ウッチェルロ


標題と直接の関係はないのですが、絵画に関するユニークな評論をしているシスター・ウェンディ・ベケット (Sister Wendy Beckett) という方の名前を聞いたことがありますか?

この方は修道女としてキリスト教の布教活動に携わる傍ら、たいへんユニークな絵画批評を長年続け、いわゆる正統派の美術評論家からは総スカンを食っても、いっこうに気にもせず、独創的で自由な美術鑑賞をしてイギリスで大人気となり、本もたくさん出版しているとのことでした。この方のことは、畏友の雨宮さんから教えていただきました。

1930年に南アフリカの Johannesburg に生まれ、その後何度か南アとイギリスを行き来し、現在はイギリスで修道女として暮らしている、というこの方、なかなかおもしろい人です。教会から選抜されて送られた、オックスフォード大学 (St. Anne’s College) を優秀な成績で卒業した才女なのです。

ところで上の画像は、15世紀フィレンツェで活躍した画家、Paolo Uccello (パオロ・ウッチェルロ 1397 - 1475) の作品で 「The Hunt in the Forest」 (森の狩り 73cm × 177cm)です。

シスター・ウェンディによると、15世紀の絵画の中で、もっとも有名な作品のひとつなのだそうですが、この絵の特徴は、なんと言っても遠近法に徹したその作風です。ウッチェルロは、とにかく遠近法が好きだったのです。

16世紀の画家、建築家でもあり、またルネッサンスの芸術家の人生を記録した、「芸術家列伝」の著者でもある、ジョルジョ・ヴァザーリ (Giorgio Vasari, 1511 〜 1574) によれば、ウッチェルロは、遠近法の技法の開発に没頭していた時期、幾何学に凝り、数学者と議論を重ね、奇怪な作図器を買い込み、理論書を読みふけり、およそ画家とは思えない生活をしていたようです。

上の絵をご覧ください。あらゆるものや人の向きが、画面中央の獲物である鹿(ほとんど見えませんが)が逃げ込んでいった森の奥の一点に集中しています。森の中にころがっている倒木も、無意味に置いてあるのではありません。すべて、この一点に向かって整然ところがっていることにお気づきでしょうか?

シスター・ウェンディの表現によると次の通りです。

The whole picture was geared to what ? To the vanishing point: that is the unseen centre that unifies everything. It is a picture of the most intense concentration on something that is not literally there.

「この絵画全体が何かに向けられています。それは、消えていく一点です。それはまた、この絵の中のすべてをまとめる見えない中心なのです。この絵は、実際には存在しない何かに集中している気持を表現している絵の最たるものです。」

遠近法は、15世紀には、開発間もない新しい絵画技法でした。そして当時のフィレンツェは、この技法の発達を促す環境が整っていました。ルネッサンスの中心地、フィレンツェは、当時、世界の商業の中心地で、人々はお金の勘定、商品の量や寸法を測定する必要性から、初級数学の素養を身につけていましたし、またそれを研究し、教える数学者達もいたわけです。ですから、遠近法を理解する一定の素養が、街全体にあったわけです。

しかし、遠近法を中心とした絵画表現は、手法としては制約が多く、芸術的な可能性・発展性には乏しいものでした。当時の多くの画家達は、表現方法のひとつとして、自分の身につけて利用することはしましたが、遠近法に執着せずに、しだいに他の表現方法へと転身していきました、ウッチェルロを除いては。

この画家、ウッチェルロは終生、遠近法だけに集中しました。遠近法に集中するあまり、対象物の色にはあまりこだわらず、しばしば好きなように彩色し、野原が空色で、町が赤く塗られた絵などを描いて人々を驚かせたと、これも「芸術家列伝」にあるのだそうです。でもそうした表現法が実は、20世紀のシュールレアリスムに影響を与えた、という説もあるくらいで、歴史は何がどこに影響するのか、分からないものですね。

ところでこのウッチェルロ (Uccello) という名前、イタリア語で鳥を意味するのです。そう言えば、彼の遠近法絵画は、地面近くを飛ぶ鳥の目から見た俯瞰図 (bird’s-eye view) と言えなくもないですね。フィレンツェの全盛時代には、こういう毛色の変わったアーティストもいたのです。

雨宮さんに教えてもらった、シスター・ウェンディは実に面白い人物です。今後も折にふれてご紹介させていただきます。


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