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僕の偏見紀行
139 韓のくに迷走記(2)ソウル町歩き
2012年9月29日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ソウルの宿で、朝食に出された「ハッピーウエディングヌードル」、薄味でやさしい味わいの朝ごはん。
▲ 昌徳宮、宮殿前の広場。現代サラリーマンに通じる哀感漂う光景。
▲ 明洞から仁寺洞へ向かう途中で迷い込んだ路地。
「これはハッピーウエディングヌードルといいます。」
翌朝、僕にそういいながら、宿の奥さんが湯気の立つ旨そうな麺を朝食のテーブルに出した。やや薄味のさっぱりとしたスープと細い麺が、目覚めて間もない僕の胃にやさしく暖かい。「韓国では末永い幸せを願って結婚式によく出ます。」と奥さんは続けた。

料理と骨董が趣味という奥さんの朝食は流石だった。この朝の副菜は数種のキムチ、干しタケノコとニンニクの煮付、デザートは、ピーナツ・松の実・クルミ・小豆(?)などの暖かくほのかに甘い飲み物、それにバナナだった。何という飲み物か名前は忘れたが、それは朝晩涼しくなった9月中頃のソウルにふさわしい飲み物だった。

この宿に滞在中、3度の朝食はいずれも主菜・副菜・デザートが揃い、一度も同じものは出なかった。たとえば翌朝はキムチチャーハンとニラのスープ、そしてデザートはノリを巻いた棒モチと桃だった。生まれて初めての韓国式朝ごはんを僕は毎日楽しみにした。

朝食後町歩きへ出かけた。昨日の経験でバスに乗る要領が分かってきた。車内のアナウンスも、聞き損ねると迷子になりかねない、そう思って必死になって聞けば分かるものだ。

「景望宮」前で下車する。朝鮮王朝の創始者李成桂が建設し、李氏朝鮮王朝の正殿として、激動の歴史を生き抜いた、あまりにも高名な宮殿。韓ドラ時代劇の愛好者としてはここは見逃せない。

入口の光化門には色鮮やかな装束の衛兵が立ち並び、まわりを観光客が取り囲んでいる。衛兵はそれらしい髭の偉丈夫揃いで、皆とてもかっこいい。中国や日本のオバチャン達がうっとりとそれを見つめている。

門をくぐると広大な石畳の広場のはるか向こうに宮殿が見えている。中天に差し掛かった太陽の強い日差しがまぶしく暑いが、日陰は涼し心地よい。そこで一休みしながら僕は、かつてこの場所で繰り広げられたであろう華やかな宴を想像した。

宮殿を見学し広場へ戻った頃衛兵の交代式が始まった。観光客がどっと集まりたちまち人垣が出来る。

タイコの響きにあわせて旗幟を掲げた衛兵が行進し、色鮮やかな兵士の装束、そして風にはためく華麗な旗幟が、強い日差しの下で交錯する。その色彩の饗宴に、僕はアジアというより、シルクロード、さらには遠いヨーロッパを感じた。

そういえば、韓ドラの王妃の花嫁衣裳は、いつかシルクロードの空港で見かけた花嫁のそれとよく似ている。韓国の人々は、かつて大陸を縦横無人に駆け巡った勇壮な騎馬民族の末裔かもしれない、と僕は想像をたくましくする。

次に訪れた「昌徳宮」は華麗な宮殿が緑に囲まれ、静かなたたずまいだった。李朝3代の王、太宗によって建てられたこの宮殿は離宮として使用され、今では世界遺産に登録されている。宮殿の裏山には広大な庭園が広がり、静かな緑の中の散策を楽しむことが出来る。

骨肉相食む血みどろの権力闘争の末、政権を奪取した太宗は、王となった後も政権安定のため、親族も含めた血の粛清を繰り返す。その王が、どんな思いでこのように緑豊かな穏やかな宮殿を建てたのだろうか。朝鮮王朝の礎を確固たるものにした王は、自らの心にどんな葛藤を抱えていたのだろう。

この宮殿前の広場には、高さ40〜50センチくらいの文字が刻まれた小さな石柱がならんでいた。一番手前を見ると「正九品」とある。さらに宮殿に向かって同じように位階が刻まれた石柱が続いている。

これは広場に参集する官僚達に、その位階による席次を指定したものだろう。王様の顔など直接拝めない場所に座らされた下っ端はどんな思いだったのか。かつて勤め人として同じような世界を生きた僕は、末席に座った彼らの心情がよく分かる気がした。

タクシーで南大門市場へ向かった。運転手もこの市場はすぐに分かってくれた。南大門は夥しい人と物で溢れていた。ここに来れば衣食住あらゆるものがまかなえそうだ。様々な品揃えの店が軒を連ね、正体不明の食い物屋が延々と続く。中途半端な気持ちではこの市場の巨大なエネルギーに圧倒されてしまう。

道端でイチジクを積み上げて声を張り上げていたオバチャンを、何の気なしにカメラに収めた途端、すごい剣幕で怒鳴られた。
「見世物じゃないよ、買わないならアッチ行け!」
僕にはそう聞こえた。

南大門から炎天下を歩き、ほうほうの体でたどり着いた明洞で昼飯を食った。付近の勤め人風の男女で一杯の小さな食堂を見つけそこに入った。

周りを見ると暑いさなか、汗をふきふき熱くたぎる麺を男達がすすり、出汁に氷が浮いた冷麺を女が涼しげに食っている。どれも旨そうだ。

僕は写真入りのメニューから、氷の浮いた冷麺とのり巻を頼んだ。運ばれてきた冷麺を、女の店員がいきなりハサミでザクザクと切ってくれた。氷入りの出汁はよく見ると、後から氷を浮かせたのではなく、出汁を凍らせたものだった。

冷麺とのり巻そして付け合せのキムチもテーブルに並んだが、スプーンとお箸が来ない。困った僕は店内の様子をそっと伺った。するとテーブルの下面に引き出しが付いているのが分かった。引き出しを開けると金属製のお箸とスプーンが並んでいた。なるほど無駄のない合理的なシステムだ。

炎天下を歩き回って空いてしまったお腹に、しみわたる冷たさの冷麺とのり巻は心地よくおさまり僕は満足した。バスや地下鉄にも慣れ、食堂で飯の食い方もどうやら分かってきたぞ。食堂を後にしながら僕はそう思いこの一人旅に自信を持った。

明洞から歩いて仁寺洞へ行った。地図ではそうでもないと思ったが、歩いてみると遠かった。ビルの谷間を抜け、路地に迷い込みながら、幾度も人に尋ねた挙句やっとたどり着いた。

仁寺洞通りは観光客でごった返し、外国語対応のボランティアガイドが立っている。通りは美術工芸品、骨董品、雑貨などの土産物屋が軒を連ね、その合間に食堂やカフェが並んでいる。

わき道に入ると、奥まった路地裏の意外な場所に食堂や土産物の小店がひっそりとたたずみ、歩き回って退屈しない。もとより観光客目当ての商店街だが、ここ仁寺洞を歩いていると、何故か僕のミーハーの血が騒ぐのだ。僕はこの町が好きになった。

路地裏に韓国家屋を模した観光案内所があったので入った。係りの女性に仁寺洞に手ごろなホテルはないか訊いてみた。するとすぐそこに小さなホテルがあるという。早速行ってみると4階建てくらいのこじんまりしたホテルがあった。

フロントの女性に頼んで部屋を見せてもらった。部屋は狭いが、一応ベッドに冷蔵庫・机にイス・テレビ・エアコン完備し、独立したバスルームには珍しくバスタブまである。少々設備は古いがベッドのシーツは新しくて清潔だ。これで5万W(約3500円)は、仁寺洞という場所柄を考えれば安い。

ここが気に入った僕は、現在の宿に4泊する予定を変更し、ソウル最終日はこのホテルに泊ろうと決め、その場でこの小さなホテルを予約した。

宿に戻り、主人に予定変更を伝え、ついでにソウルの次に行く予定の、全州や慶州の宿や交通手段について相談した。しかしあまり有意義な情報は得られず、結局自分で探すしかないことになった。

とりあえずソウル4泊は決まっているが、次の全州の初日くらい寝場所を確保しておきたい。そこで出発前にネットで調べた全州の宿のひとつに直接電話してみた。幸いに電話に出た男性は少し英語が話せた。

お互い不慣れな外国語でのやりとりは大変だったが、何とか全州の初日の宿は確保できた。この宿は、全州市の韓屋村と呼ばれる、韓国式住居の保存地区にある。

そこでは昔ながらの韓国式の家が今も多数現存している。今も人々が住んでいる家もあるが、レストランやゲストハウスに改造されたものも多いという。僕が予約を入れたのはそんなゲストハウスの一軒だった。

これで全州に着いてもあわてずに済む、しかもドラマでしか見たことのない韓国式の家に泊れるのだ。しかしゲストハウスの男性が気になることをいっていたが、一体何があるのだろう。

2連泊を希望した僕に、彼はこう言った。
「1泊しか取れません。その頃は年に一度の特別なフェスティバルが開催されるため、市内のホテルはどこも混んでいるのです。」

フェスティバル?一体なんだろう。2日目の宿はどうしよう、全州で毎週行なわれているという、パンソリ公演はどうなるのだろう、僕は少し不安になった。(続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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