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僕の偏見紀行
140 韓のくに迷走記(3)水原で迷子になる
2012年10月5日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 華城行宮に遊びきた幼稚園の子供達。この子達の愛らしさは万国共通だった。
▲ 母親の還暦を祝う正祖王の姿。左側に母親が座っている。
▲ 水原駅地下食堂で食べた「タマゴ抜き親子丼キムチ風味」
壁のメニューが読めず正式名称は不明。
水原駅を出たバスは水原郊外の住宅団地を通り、再び混雑する町中の商店街へ戻ってきた。駅を出てから、もう30分以上経つのに、一向に案内所で降車するよういわれたバス停も「水原華城」本体も見えてこない。

朝鮮王、正祖が、遷都を考えて建設した「水原華城」目指しやってきた。ソウルから地下鉄で1時間、水原駅に無事到着した僕は駅前の案内所で城への行きかたを尋ねた。案内の女性は、すぐにバスの番号と降車するバス停を教えてくれた。

その案内に従って、僕は駅前のバス停から指定されたバスで水原城に向かった、はずだった。しかし結局、僕の乗ったバスは、あろうことか元の駅前に戻ってしまった。

なんということだ、頭にきた僕は、文句いってやろう、と再び案内所へ行った。ところが先ほどの女は席にいなかった。かわりに座っている男に事情を話すと、、彼はこともなげにこう言い放った。
「同じ路線でもバス停は、上り下り帰り2ヶ所あるんです。水原華城方面はこっちです。」
そして男は僕が乗ったバス停とは異なる方角を指した。

案内所からその方向へ歩くと確かに道路脇にもう1ヶ所バス停があって人が群れている。説明によると、水原駅を出たバスは、水原華城を通り市内を周った後、一旦水原駅の、出発時と別のバス停に戻る。そこから下りとなって郊外方面を周るらしい。僕はこの循環コースの下りに乗ってしまったのだ。

それにしてもそんな話は何も聞かなかった。バス停が2ヶ所あるなら、最初に言うべきではないか。始めに案内した女は、ただ、何番のバスに乗れしか言わなかった。頭にきたが今更どうしようもない。水原に来ていきなり出鼻をくじかれ、僕はどっと疲れるのを感じた。空からは9月中旬とは思えない強い日差しが容赦なく照りつける。

しかしソウルから苦労してここまで来て簡単に諦めるわけにはかない。気を取り直して僕は再びバスの乗り込んだ。するとバスは呆気ないほど簡単に城入り口の「八達門」に到着した。しかし残念ながら門は補修工事中で足場と囲いに覆われ、あたりに観光案内図も見当たらない。

仕方なく炎天下を、簡単な地図を片手に歩き始めた。八達門のロータリーから道路が4方に延び、道路に沿って賑やかな商店が並んでいいる。大門があるのだから、城郭が見えてもよさそうなものだが、ありふれた駅前商店街のような雑然とした町並みだ。

建物の向こうに城壁のような建造物のごく一部が見え隠れしているが、はっきりしない。写真で見たことのある、ゆるやかなにカーブする壮大な城壁とは思えない。

地図を見直すと、城の中央には「華城行宮」という宮殿がある。王がここを訪れた際に滞在したという宮殿のようだ。とりあえずそこへ行くことにした。といっても、四方は普通の商店街が続くのみで、一体どっちへ行けばいいのだろう。僕は途方にくれてしまった。後で思えば、ここで僕は重大な勘違いをしていたのだ。

元来僕はかなりの方向オンチで、知らない町を地図を頼りに歩くのは苦手なのだ。さらに僕は水原華城を、日本のお城と同じようなものだと思い込んでいた。だから大門があればすぐ近くにお城が見えるはずだ、と考えたのだ。

この国の歴史に明るい人には当たり前のことだろうが、水原華城は、中国やシルクロードと同様に城塞都市なのだ。だから城郭の内部にひとつの町があるのが当然の話だ。もとより、日本のような天守閣を持つお城など存在しない。少し歩いただけで全容が分かるはずがない。

無知というのは哀しいことだ。一体お城はどこにあるのだ、と勘違いのまま、僕はそのお城の中を半分ヤケになって歩いていた。

何度か通りがかりの人に道を尋ねた末、ようやく宮殿にたどり着いた。「華城行宮」は背後に緑の丘を控え、静かに建っていた。訪れる人も多くなかった。地元らしい幼稚園の子供達が先生と遊びに来ていた。本殿前の広場には子供達の歓声だけが響いていた。

本殿内には、親孝行だった正祖が母の還暦祝いを行なっている様子が、等身大の人物像で再現されている。彼はまた、不遇だった父の霊を慰めるため、その墓を水原華山に築いた。

さらに水原への遷都も考えていたというが、城の完成と前後して王が亡くなったため、遷都は立ち消えとなった。この正祖は、民のための仁政をしいた聖君としても知られている。

後で訪れた全州の博物館に、太祖李成桂とならんで正祖の肖像画が展示されていた。少し神経質そうだが、高い知性とやさしい人柄を思わせる顔立ちだった。

宮殿出口の案内所の女性から、城郭内を巡る華城列車という遊覧自動車を勧められた。それに乗れば城郭内を楽に一周できるという。

しかし、出だしで躓いたので、もう午後も遅い時間になった。昼飯抜きのまま炎天下を歩き周った僕にはこれ以上歩くのは無理だ。そう考えた僕は駅に戻り遅い昼飯をとることにした。

後で分かったことだが、この時僕はこの日2つ目の勘違いをしてしまった。歩きつかれた僕は説明をろくに聞かないまま、この遊覧自動乗場はずっと遠くだと勝手に思い込んでしまった。地図をよく見れば、行宮の裏手のそう遠くない場所にも乗場があったのだ。

あまりいいことの無かった水原だったが、最後の水原駅地下の食堂はよかった。何の変哲も無い食堂だが、壁の写真付メニューを見て、あてずっぽうに頼んだ「タマゴ抜き親子丼キムチ風味、ヌードルスープ付」(正式名称不明)、これが良かった。

要するに、ご飯にキムチと炒めた鶏肉が乗り、刻んだ青菜とノリが振りかけてある一。キムチと鶏肉の相性もよく、ピリリと辛い鶏肉と白いご飯を一緒にかきこむと、いくらでも入る。

歩き周って空腹だったせいもあるが、とても旨かった。言葉は通じないものの、きびきびした店員の動きも心地よかった。

帰り際に店のオバチャンが、笑顔とともに僕にかけてくれた別れの言葉。
「あんにょひかせよー」
そのしり上がりの語尾のあたたかい響きに、僕はほっと一息つく思いがした。それは僕にはこういってくれたように聞こえた。
「さようなら、お元気で。いつかまたいいこともあるよ!」

ついてない一日だった。まあ、こんな日もあるさ。
(続く)
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