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縁の下のバイオリン弾き
51 それにつけても
2012年7月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ピーテル・ファン・スリンへラント「シターンを持つ女」1677年
▲ ヨハネス・フェルメール「恋文」(部分。1669年か1670年ごろ)

「ぼくが中学生のころだったと思う。ある日ラジオを聴いているとぼくが好きだった曲がポップ・チャートの1位になった。うれしくなって階下にかけおりて、『お母さん、あの曲が1位になったよ!』と母に報告した」とリー・チューは話した。まだボストンにいた頃のずいぶん昔の話だ。

リー・チューは私の友だちだ。母親のベティは白人なのだが第二次世界大戦中に中国から来たチャールス・チューと恋仲になり、周囲の反対を押し切って結婚した。彼女の父親は怒って散弾銃を持ち出したと聞いたことがある。もともとカリフォルニア出身だが、結婚後は人種偏見の少ない東部に移住した。もうなくなったが私はすばらしい人だと思っていた。

「『それはどういうこと?』と母は聞いた。『ってことはぼくは趣味がいいってことになるよね』とぼくは鼻高々で言った。母は『ふうん、そうなの』と言っただけだった」

「もちろんぼくはまちがっていた。母にはそれがわかっていたんだと思う。その曲がポップチャートで1位になったからといってぼくの趣味がいいってことにはならない。ぼくの趣味は単に『平均的』だったにすぎないんだから」

なるほど、と私は思った。たしかにそうにちがいない。たくさんの人に愛されるものが趣味がいいとはかぎらない。それは大多数の人の「平均的」な見方を表しているだけなんだ。

考えてみればあたり前のことなんだけど、私もリーと同じように好きな曲がヒットチャートに登れば自分の趣味が肯定されるように感じていたからリーの言った事はショックだった。

でも多数決が価値を保証しないのなら、我々はいったい何を基準にすればいいんだろう。

レコードが何百万枚売れたとか、小説がベストセラーになって何万冊売れたとか、映画がヒットして何百万人の観客を動員したとか、そういうことは何の保証にもならない。その数字は「平均的」な好みをあらわしているだけだからだ。

でも、とあなたは考えるかもしれない。それだけ売れたのであればその売り上げは莫大なものになるはずだ。お金はそれ自体が価値だから、そんなに売れたのならばやっぱり価値があるにちがいない、と。

つまり、レコードや小説や映画の本来の価値そのものはわからないながら、金に換算した場合にはその金額だけの価値はある、と考えるわけだ。

そこで「何でも鑑定団」の出番となる。この壷が何百万円だとか、この絵にはあなたの買った値段の何十倍の価値があるとかいわれて喜ぶのは、つまり持ち主にはその価値が今までわかっていなかったということだ。彼にわかるのは金額だけだ。

でもその壷や絵にはもともとの価値があったから、金額があとを追いかけているわけでしょう。そういう数字がないと価値があるようには思えないというのは本末転倒もはなはだしい。でもたいていの人はお墨付きがなければその壷だの絵だのをeBayでたたき売ったり、捨ててしまったりするのだ。

オスカー・ワイルドは「冷笑家とはどんな人のことですか」ときかれて「値段のことはすべて知っているが価値が全然わかっていない人のことです」と答えている。つまり、ある物にはこれこれの値段がついているということは知っているが、それに対して何の情熱ももたない、ということだ。人生に情熱をもたず、わきからあれこれ口をはさむだけの人間が冷笑家なのだ。

骨董屋というのはその代表みたいな職業だ。かれは自分のあつかっている物が別に好きなわけでもなんでもない。金になるから売っているのだ。本当に好きだったら売れるわけがないのだから。

その反対がコレクター、つまり収集家だ。かれは自分の持っている物の(自分に対しての)価値を知っている。たとえほかの人には何の役にもたたないがらくたであろうと、少なくとも自分はそれが好きなのだ、という事を知っている。だから身銭を切ってそれを買うわけだ。

でも自分で買って自分でよろこんでいるだけではつまらない。金のことはどうでもいいとして、自分の発見した価値を認めてくれる人がいないとおさまらないのが収集家のつねだ。そこで「同好の士」といわれる人たちが必要になる。

収集家はいつもこういうグループに属している。そのグループのメンバーは「選ばれた者」であって、愛着する品物やことがらの価値がわからない俗人を軽蔑(けいべつ)して生きている。そして仲間内でその価値について話し合い、その価値がわかる人が少ない事をなげきながら一生を送る。

もっとも誰もがその価値を分かち合うようになったらとたんにその収集をやめるだろう。「同好の士」が少ない事が自尊心をいやが上にもあおるのだ。

そのシステムは十分わかっているつもりなのだけれど、ときどきどうにもわからない収集家の趣味に出くわす。

私が今までの生涯でこれほどばかばかしいコレクションはないとあきれたのが、 ビージーズのモーリス・ギブの車のコレクションだった。モーリスのふたごの兄、ロビン・ギブはつい最近亡くなったが、モーリスはもう10年も前に若死にしている。

彼は百万長者になったので、1ダースからのロールス・ロイスを買ったというのだ。

私が車にまったく興味がないせいかもしれないが、1ダースのロールス・ロイスを買って何になるのだろうと思う。毎日違う車に乗っていたんだろうか。

たぶんそれらの車は製造年月日も違えば、モデルも違っていたのだろう。さらにはエンジンがどうの、排気量がどうのとか言い出せば好きな人にはよだれの垂れそうなディテールがあるのかもしれない。でもたとえロールスのような最高級のものにせよ、機械にすぎないものに血道をあげる、しかも1台ではなく12台も、というのが私にはわからない。

ローリングストーンズの結成メンバーでギタリストのブライアン・ジョーンズの伝記映画を見たら、彼の家の壁にはシターンが飾ってあった。シターンというのはルネサンス頃からある楽器で16世紀から18世紀にかけてはやった。ちょうど今のギターのようにだれでも少しは弾いてみる、という感じの人気楽器だった。17、8世紀のオランダやイギリスの絵を見るとこのシターンがよくあらわれる。

「縁の下のバイオリン弾き18:マイ・バレンタイン」に出したゲインズボロの「アン・フォード嬢の肖像」でアンがかかえている大型のマンドリンのような楽器がシターンだ。

ロック・ギタリストと古楽器の取り合わせはちょっと思いがけないけれど、考えてみるとギターを弾く者が壁に飾るのにこれ以上ふさわしいものはない。

コレクションというのはこうでなくちゃならないと思う。つまり、ある程度歴史があって、手作りで、美しいもの。

金というものはあたり前ながら額面以上の価値はない。そこが「コレクション」とちがうところだ。ある品物にはそれを所有する本人にとって金には換えられない価値がある。かりに売ったとして、それ相応の金額をうけとっても、それはいずれ使い果たし、なくなってしまう現金にすぎない。その品物をなめるように愛玩し、そこから喜びを得ていた至福の時をふたたび味わうことはできない。

そう考えれば、自分の愛したものにつりあう金額はない、というのが本当のところではないだろうか。だから「何でも鑑定団」式の評価はまやかしなのだ。

19世紀の終わりから20世紀の初頭にかけてイギリスにジョン・ゴールズワージーという小説家がいた(1867-1933)。この人が生涯をかけて書いたものに「フォーサイト年代記」という大部の連作がある。これは当時のイギリスのアッパーミドルクラスを描いたものでそれを読むとイギリス人がどういう人たちであるかがよくわかる。この本でゴールズワージーはノーベル文学賞をもらっている。

アッパーミドルというと「中流の上」という意味だから「じゃ、うちと同じだな」などと考えてはいけません。イギリスでアッパークラスというのは「貴族階級」をさすからどんなに金満家でも平民はアッパーミドルにしかなれないのである。逆に言うとアッパーミドルというのは産業革命で財をなした富豪とその子孫、金がすべての日本やアメリカだったらいわゆる「上流階級」と目される人々だ。

いまではゴールズワージーなんか読む人はあまりいないと思うけれど、イギリス人にとっては古き良き時代を思い起こさせるのだろう、何度も映画やテレビのミニシリーズになっている。

私は若い頃香港で貧乏していたからその反動で金持ちのイギリス人がどういうものか知りたいと思い、長い事かけて全巻読んだ。一種の逃避で、これを読んでいるときだけは現実からのがれられた。

イギリスのふるい小説を読むと「金」がかれらにとっていかに大切か、ということに気がつく。年収がいくらで株の配当がいくらでその財産をどうやってふやすかとか、遺産をどう分配するかとか、娘をだれと結婚させてどうやって社会的な上昇を果たすかとか、そんなことばかり書いてある。私には考えられもしなかった社会だ。

私はそのころ大学紛争まっただ中の大学を卒業したばかり、しかも専攻した中国文学の本家本元の中国では文化大革命が吹き荒れていてその影響を受けないわけにはいかなかった。共産主義者にこそならなかったけれど、金という物を軽蔑し、悪の根源だと思っていた。

それが香港で極貧生活を余儀なくされたため、いやでも金のことを考えざるを得なかった。

「それにつけても金のほしさよ」という文句を知っていますか。どんなものでもいい、俳句をもってきてこれをくっつけると真情あふれる(?)短歌になる、というまあ冗談だ。

たとえば、「梅が香や根岸の里のわびずまい」という俳句がある。これを上の句にして下の句を「それにつけても金の欲しさよ」で受けるとナンセンスながらなんとなく身につまされる感じがしないだろうか。

あるいは「柿食へば鐘が鳴るなり法隆寺」という子規の句に「それにつけても金の欲しさよ」とつける。カネをきいてカネを思うのでは法隆寺が急に俗っぽくなることうけあいだ。

でもその頃の私には冗談ではなく、まさに「それにつけても金のほしさよ」という毎日だった。

だからゴールズワージーの小説で読むイギリスのブルジョワジーの生活は火星の年代記を読むのとかわりがなかった。

そのゴールズワージーに「ストイック」という中編がある。私はこれも20代で香港で読んだ。この中に、ある老人の言葉として 「人生で大切なことはたったひとつしかない。それは一身の独立だ。だから金に価値があるのだ」というせりふがある。

それを読んでかみなりに打たれたように感じた。「この言葉こそは私が必要としていた言葉だ」と思った。

金の使い道は「独立をまっとうすること」以外にない。その目的さえ達せられたらそれ以上の金は必要ない。しかしまた、独立を得るために金をかせぐことを軽蔑したり、恥じたりしてはならない。

以来この言葉を金科玉条(きんかぎょくじょう)として生きてきた。そんな心配をしないでもどうせ金には縁のない生活をずっと続けてきたが、独立だけはどうやらこうやら守ることができた。先のことはわからないながら、まずはあの「ストイック」の老人の教えにそむかずに生きてこられた、という気がしている。
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