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ボーダーを越えて
108 イタリアの修道僧
2007年6月14日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 絵はがきに写されたアッシジの全景。左端の大きな建物が聖フランシスコ聖堂。赤い矢印の地点に私は立ったのです。
齋藤恵さんの「破戒僧と尼僧」を読んで、思い出したことがあります。

数えてみたら、28年前。若いけれど、もはや小娘ではない30そこそこの頃、世界一周の旅に出て1人でイタリアへ行ったときのことです。

ジュネーブから列車でローマに入ったのですが、「イタリアの男はとにかくしつこいからなぁ」と、スイスの友人がうんと心配してくれた通り、いやはや、男たちには本当にうんざりさせられました。

とにかく、ちょっとでも目が合おうものなら、ようやく髭が生え始めたばかりのような青年から70歳をとっくに越しているようなおじいさんまで、ありとあらゆる男どもが次から次へと、「チャオ!」と声をかけて来るのです。それに返事はしなくても、こちらが一瞬でも注目したとわかると、すかさず、「あなたの名前は?」と聞いてきます。

聞かれても知らんふりするということには馴れていませんから、思わず自分の名前を言ってしまう。すると今度は、「1人? それともグループといっしょ?」
1人とわかると、「今夜の予定は?」と叩き込むように聞いて来る。

いまはどうか知りませんが、28年前は、そういうマニュアルがあるのかと思うほど,聞くことも順序も一様のパターンでした。
 1.チャオ!
 2.あなたの名前は?
 3.1人? それともグループといっしょ?
 4.今夜の予定は?
それ以上の英語は知らないのかもしれない、なんて思ったほどです。

最初は丁寧に返事をして最後の部分で断っていたのですが、そんなことにかかわっていると、ローマでの私の限られた時間がどんどん奪われていってしまう!と、だんだん腹が立ってきました。しまいには、「チャオ!」と言われだけでムッとして、相手を睨みつけるようになってしまいました。それでも男たちはちょっと肩をすくめるようなふうをするだけで、別に失礼な応対をされたとは思っていないよう。特に私に興味があったわけではないのです。「数撃ちゃ当たる」方式で、外国人女性観光客を対象に狙い撃ちゲームをしているだけなのですから。

そうとはわかっても、ちょっと油断すると声をかけられてしまうと思うと、落ち着いて遺跡を鑑賞することもできません。おまけに防御態勢を保ちながら歩いたの、すっかりクタクタになってしまい、4−5日滞在する予定だったのを急遽変更して、3日目の朝早く、ローマを離れて、アッシジへと逃げ出しました。

アッシジの駅に降り立った途端、思わず呆然としてしまいました。前方の丘の上に、まるで中世そのままのような町が、威厳に満ちた姿で広がっているのです。あたりは信じられないほど静かでした。駅前には客待ちのタクシーがいましたが、運転手はこちらをチラッと見ただけで、「チャオ!」と言うこともなく、黙って客を待ち続けています。

来てよかった…。本当にそう思いました。

タクシーで町まで行って宿を取り、早速アッシジの名所を散策することにしました。まず聖フランシスコ聖堂に向かって石畳の道を歩き始めると、フランシスコ会修道士に率いられた少年たち数人のグループと出会いました。当時は日本人はアッシジでは珍しかったようで、少年たちは何かクチャクチャ話していましたが、そのうちの1人が勇気を出して、
「ボンジョルノ、ジャポネーザ!」
と、私に挨拶をしました。
「ボンジョルノ!」
私も挨拶を返すと、少年たちは皆ニコッと笑って私に手を振ります。私も思わず手を振ったのですが、なんだか昔の映画の美しい場面のようで、その中に自分もいるのが不思議な感じでした。

しあわせ気分に浸りながら聖フランシスコ聖堂に辿り着くと、上部聖堂は大勢の観光客で混み合っていましたので、まず下部聖堂へ行くことにしました。下部聖堂は人も少なく、ひっそりしています。さて、どこから見ようかな、と思っていると、茶色の聖衣を着た修道士が近づいてきました。さっき少年たちを率いていたすらりとした修道士と違って、背の高さは私と同じくらいなのにがっしりしてずんぐりした体格の修道士は、私の目の前で立ち止まると、「チャオ!」と言ったのです。

チャオ?! 修道士がそんなことを? 私はもうびっくりして、立ちすくんでしまいました。そんな私におかまいなく、修道士は続けて聞きました。
「あなたの名前は?」
こんなことは全く予想していなかった私は、ドキドキしながらボソボソと名前を言ってしまいました。すると修道士は、今度は「1人? それともグループといっしょ?」と言うではありませんか。

ああ、どうしよう… この人は修道士なんかじゃない。ただのフツーのイタリア男が修道士に成り済ましているだけなんだ… 私は本当にそう疑ったのです。懐疑心と防御態勢で身体がコチコチになるのが自分でもわかりました。でも、ここでことを荒立ててはいけないし… どうしたらいいだろう…

この「修道士」は「今夜の予定は?」とは聞きませんでした。がその代わりに、「日本人か」と聞き、日本に派遣されていた同僚がいると言い、そばにいたその同僚を紹介したのです。神戸に数年派遣されていたというその修道士は、「ずんぐり修道士」より英語が上手で、たしかに神戸に派遣されたフランシスコ会修道士のようです。落ち着きを取り戻してあたりを見回すと、幾人もの修道士がそれぞれ、観光客に静かにフレスコの説明をしています。どうやら下部聖堂では修道士が観光客の案内役のようです。

するとこの「ずんぐり修道士」も正真正銘の修道士なのだ、と納得がいき、この聖なる場所で疑ったりして本当に申し訳なかったと思いました。そんなことを知るはずもないずんぐり修道士は、低い声でフレスコの1つ1つを、イタリア語で説明し始めました。もちろん私には全然わかりません。でも、ヘンな疑いを持ったお詫びも兼ねて、私はしおらしくしていました。フレスコの説明が終わると、修道士は、もっと美しいものを見せてあげる、とたどたどしい英語で言いました。私がきょとんとしていると、「モア・ビューティフル」と言って、奥を指差します。なんのことだろう?と思いながら、私はおそるおそる導かれるままに修道士に付いていきました。

だぁれもいない長い外廊下を進んで聖堂の一番端まで来ると、アッシジの田園が目の下に広がりました。
「わあぁ、きれい〜!」
それは高校の世界史の教科書の図にあった中世農地の跡がそのまま残っていて、この辺りは時間が全く進まなかったような感じなのです。私はすっかり感心しきって見とれていました。

修道士は田園の遠くを指差して、あそこで生まれたというようなことを言った、と思います。(なにしろ彼の限られた英語力と私の皆無のイタリア語力では確かなことはわかりません。)それから私のカメラを指差し、その場で私の写真を撮る仕草をするので、彼にカメラを渡して、この特別な場所に立った自分の姿を写してもらいました。そうしてカメラを受け取ろうとしたとき…

突然、修道士が私を抱きしめ、口を私の顔に寄せようとするではありませんか!
「なにするの! 止めて!」
私は仰天して彼の腕から離れようとしたのですが、ずんぐり修道士は大変な力持ち。私の言うことなど全く無視して、彼の腕にはますます力が入っていく…
「止めてよ! 止めないと大声で叫ぶわよ!」
語気を強めてそう言っても、全く効き目がありません。

そのとき咄嗟に私の頭によぎったのは、こんな場面を誰かに見られたら、この修道士のキャリアはだめになってしまうだろう、ということでした。私はもはや小娘でもなく、通りがかりの旅行者ですから、修道士に抱きしめられようが、キスされようが、社会的にどうこうということはないでしょうが、宗教の道を一途に歩んで来たに違いない田舎出の修道士のこれまでの精進の努力は台無しになってしまうかもしれない。そんなことを心配したのです。

いま考えると、私の意に反して抱きついて来た男のキャリアを心配してやるなんて、自分の馬鹿さ加減に呆れてしまうのですが、そもそも相手のことをまず心配してやるというのは女性によくあることらしいのです。ほんとにばかばかしい。

とにかくこの場を脱出しなければ。それにはやはり大声を出すしかありません。
「止めないと、本当に大声で叫ぶわよ!」
私はそう繰り返し、だんだん声を高くしていきました。それでもずんぐり修道士はなんとか私にキスしようと夢中。

「止めなさいっ!!!」
自分でもびっくりするくらい、大きな声が私から出ました。
修道士もはっとして、手を緩めました。私はすぐさま彼から身をもぎ取って歩き出しました。修道士は私を追いかけるように付いて来て、「もっと美しい所がある」なんて言います。冗談じゃない!

出口に着くと、ずんぐり修道士はケロッとした顔で「チャオ」と言って私を送り出しました。

私はそのまま上部聖堂へ行きました。さっきよりもっと大勢の人でごった返しています。それがむしろ私に安心感を与えてくれ、私はベンチに腰を下ろしました。すると急に心臓が高鳴りして、身震いがしてきました。そのまま1時間近くいたでしょうか。ショックが治まるには大分時間がかかったのです。

帰国してから、知人のイタリア人にアッシジでの出来事を話しました。そして、思わず修道士のキャリアを心配してしまったことも話したのですが、それに対して彼は何と言ったと思います?
「イタリアではそんな心配は無用だよ」

私には返す言葉がありませんでした。
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