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やって来た山火事(3)第1日目の夜 |
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2007年11月14日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ 焼ける前の労働者用トレーラーハウス。 |
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「15分で荷物をまとめて避難だ!」 トレーラーハウスで待っていた労働者たちにトーマスが指示した。彼らはてきぱきと荷物をまとめ始める。隣のトレーラーハウスではアントニオもやっと帰って来ていたが、のんびりしていてまだ何もしていない。トーマスに促されてやっと動き始める始末で、こっちがハラハラする。
労働者たちは着る物や食べ物をトーマスのトラックの荷台に載せ、大きなものはもう1台のトラックに積んで隣の空き地に持って行った。風がさっきよりもっと強く吹く。と、電気が消えた。どこかで電線が燃えたのかもしれない。アントニオはトレーラーハウスの中で何本もロウソクに火を付けたようだ。彼の妻は子どもたちを車(SUV)に乗せ、小さい荷物を運んでいる。アントニオはスーツケースや箱を車に積んでいるが、どうも動作が鈍い。そんな彼を横目で見ながら、私はコンプレッサーを火事から守るために、パームや建物から離れた所に引っ張って行った。避難準備完了。が、アントニオはまだまだ。トーマスが彼に急ぐように促す。「急いでますよ」と返事をしたものの、彼はまだまだ荷を積み終えない。
火事はどの辺まで来ているのだろうか。背後の山の渓谷を見上げると、なんと、炎が立っているのが見えるではないか。すぐそこまで火事は迫っているのだ。
お隣のフランクとシェリーが駆けつけて来た。 「まだ避難していないの? 早くしないと危ないですよっ!」 いつもは陽気なフランクが真剣な顔で言う。 「アントニオを待っているんですよ。すぐ出ますから、大丈夫です」と、私は答えて、心配して見に来てくれたお隣さんに感謝した。 トーマスが「早くしろ!」ともう1度アントニオを促す。 「いま出ます」とアントニオが返事をするので、トーマスは労働者たちをトラックに乗せて農園を出た。私が犬を乗せたホンダで続く。
そうして表通りに出たものの、アントニオが後から来る気配がない。風はますます強く吹いている。炎はものすごいスピードで山の上に広がり、ついさっきより10倍以上も炎に包まれている。山火事をこんなに近くから見るのは初めてだ。
火事がすぐそこまで来ているのがアントニオにわからないのだろうか。何が何でも彼と家族を農園から出さなくては、と、トーマスと私はホンダで農園へ引き返した。アントニオはまだ車に荷を積んでいる。もう車は満杯でこれ以上何も積めないくらいなのに。 「一体彼はどういうつもりなの?」 思わず私はトーマスに問いつめてしまう。 「早くしろと言っても聞かないんだ」とトーマスは肩をすくめる。 そんな… 小さい3人の子どもの安全が第一なのに。私はいても立ってもいられなくなった。 「私が彼に言ってもいい?」 トーマスが頷いたので、私はすぐさま車から飛び出してアントニオの方へ走って行って彼に向かって思わず怒鳴ってしまった。 「早くしないと駄目じゃないの!」 「オーケーオーケー、もう行く」 そう言って、アントニオは車のドアを閉めた。
アントニオが家族を連れて農園を出るのを確認して、私たちも車のエンジンをかけた。アントニオは砂漠にいる兄の所へ行くと言っていた。私たちはラモナの町を東から西へ横断し、ラモナ湖に面した農園へ向かった。道路は避難する車でいっぱいだが、スムーズに流れている。消防署はラモナの町に火事が広がるのを必死になって防ぐだろうから、ラモナの西側に火が回るようなことがあっても時間が稼げる。その農園には作業長のトレーラーハウスの他に、労働者用のトレーラーが大小3台ある。作業長は自分のトレーラーハウスの周りに水を掛け続けて守る態勢を取っている。アボカド園全体にも水をやり続けるように、トーマスは作業長に指示した。
ラモナ湖周辺は静かだ。風もそれほど強くない。万が一火事が広がって来ても、ダムの上にいれば絶対安全だから、今夜はとにかくそこにいるのがいい。労働者たちは皆落ち着いていた。独自のネットワークを持っている彼らは、自分たちの判断で別の場所に避難するかもしれないが、彼らには携帯電話を2台渡してあるから連絡が取り合える。今回ほど携帯電話がありがたく感じられることはない。農園を出る前に、ホンダのヘッドライトでトーマスは大きなクレーンを操り、平地の真ん中に移した。火事対策でこれ以上できることはもうない。私たちが農園を出たのは9時半近くだった。帰り道の車の中で、ラモナ全体に緊急避難命令が出たというニュースをラジオで聞いた。
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