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ボーダーを越えて
109 「豊かさ」の中身
2007年6月26日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ ヘミングウェイの胸像の前でギターを奏でながら、この2人は歌い続けていた。
▲ サンチアゴ・デ・クーバのバカルディ博物館のロビーで開かれたリサイタル。少年が入り口に立ってデュェットに熱心に耳を傾けている。彼は声楽家を目指しているのだろうか。それともただ、心の栄養を吸収しているのだろうか。
「日本は経済大国だから、みんなどんなにお金持ちかと思っていたら、ちっちゃなアパートに住んでいるんでびっくりした」
そう言ったのは、歯医者さんであるメキシコ人女性。郵便配達員の夫と小学生の娘とともに横浜の郵便配達員家族を訪れたときの感想だ。

去る3月のラティノ映画祭で上映された「Mi Casa Es Su Casa」(私の家はあなたの家)という題(英語の題は「Welcome Mr. Postman」)のドキュメンタリーの中でのお話。4カ国(デンマーク、メキシコ、日本、ジンバブェ)の郵便配達員がそれぞれ家族と一緒に、外国の郵便配達員の家族と職場を訪れるのを、メキシコ人と結婚してメキシコシティに住んでいるデンマーク人女性が記録したものだ。

そのことを思い出したのは、5月に日本で10日間を過ごしたとき、社会と個人の豊かということについて考えさせられたからだ。

このドキュメンタリーでは、まずデンマークの郵便配達員とその家族がメキシコ・シティへ行き、郵便配達員家族を訪れ、メキシコでの郵便配達を体験する。次にメキシコ人郵便配達員が妻と小学生の1人娘を連れて、横浜に住む日本人一家を訪れる。郵便配達員の夫と専業主婦の妻に男の子3人の一家はいわゆる「マンション」に住んでいるのだが、マンションといっても、メキシコ中流家庭の家よりはるかに狭いことは容易に想像できる。それがまずメキシコ人夫婦には驚きだったらしい。

たしかに、日本の都市圏の住居は狭い。海外からの研修生の世話をする仕事をしていたことのある友人は、「日本は国は豊かだけど、個人はそうじゃないの」といつも説明していたという。でも、日本人の圧倒的多数はメキシコ人の圧倒的多数より、物質的にはかなり豊かな暮らし方をしているのも事実だ。住居の広さだけでは豊かさは測れない。

話をドキュメンタリーに戻そう。メキシコ人家族が日本を訪れた後は、日本の郵便配達員家族がジンバブェへ行く番だ。ジンバブェはどこをどう見ても貧しい。が、そこで日本人夫婦は「豊かさ」について考えさせられてしまう。遊び道具などほとんどない公園で、自分の子どもたちが地元の子どもたちといっしょに、日本では見たこともないくらい夢中になって思い切り遊ぶのだ。その子どもらしくのびのびした姿に、日本人夫婦は感動する。そして、子どもが子どもらしく遊べない日本の「豊かさ」って一体なんだろう?と思うと、日本に帰るのが惜しいような気がしたりする。

私も同じようなことをキューバで考えた。物質的には国も個人も窮乏しているのに、どこにでも音楽が溢れ、人々は屈託のない表情だ。観光客が行く所にはキューバ音楽を奏でる人々が必ず集まるが、音楽は観光客相手だけではない。自分たちで楽しむために音楽を生み出すキューバ人の姿に何度も出会った。週末には中央広場で大きなバンドが地元民のために演奏する。トリニダやサンチアゴ・デ・クーバの博物館では、ロビーで無料のリサイタルがこれまた地元民のために開かれていた。毎週そうなのだというから、文化の豊かさを感じさせる。

キューバでは医療が完備され、無料で国民全体に保障されている。だから平均寿命は「先進国」並みだし、新生児の死亡率はアメリカより低い。(ちなみに、アメリカの新生児死亡率は日本の3倍にも達する。)世界一豊かなはずのアメリカの問題は、医療費そのものや医療保険が高い上に、所得格差が第三世界並みに広がっていることだ。アメリカで貧乏なのは、本当に惨めだ。

日本でも所得格差が広がって来たそうだが、アメリカに比べるとまだまだそれを感じない。また、首都圏の完備された公共交通機関には改めて感心したのだが、それは移動の自由が平等に分配されているということでもある。国の豊かさが個人の生活に及んでいる証拠だ。また、日本の公団住宅も近年かなり住みやすくなったと思う。公共機関が個人が生活しやすいように配慮しているのが、とても心地よく感じられた。個人はお金持ちでなくてもいいのだ。

ジンバブェでは郵便配達というのは結構恵まれた職業だそうで、奥さんも銀行勤めという中流特有の職に就いており、子どもをお手伝いさんに預けて出勤する。家に電話はないのにお手伝いさんがいるということは、「先進国」である日本の主婦や、ジンバブウェの家族が最後に訪れるデンマークの女性たちを大いにうらやましがらせたが、裏返しに見れば、ジンバブウェでは中流職が限られており、また所得格差も大きいことを物語っている。(現在、ジンバブウェの経済は破産寸前だそうだが、郵便配達員家族の暮らしはどうなっているのだろう。)

キューバでは所得格差が階級差につながり、権力の集中につながっていくという考え方から、専門職の収入も極端に低く押さえられている。それが頭脳流出の要因になっているので、それを食い止めるために海外渡航を大きく制限している。それに対する不満はカストロが他界したら爆発するのではないかと思う。人は文化的豊かさだけでは満足しないのだ。逆に物質的豊かさだけでもだめだ。特に、物質的豊かさが社会の一部に偏っていたら、社会問題が増える一方だ。

すべての個人が物質的にも精神的にも豊かになれる社会とは、どういう仕組みなのだろう。そんなことを、ドキュメンタリーでの横浜の郵便配達員家族のことを思い出し、アメリカやキューバを振り返りながら日本で考えた。
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