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157 アンビグラム (Ambigram)
2015年6月7日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。









































英語の「ambi」という接頭語は、両側を意味するようですから、Ambigram(アンビグラム)とは、何やら両サイドという意味がからむ言葉らしいのですが、ご存じでしたか? かくいうこの私はある本を読むまでは知りませんでした。

2003年に出版された「ダ・ヴィンチ・コード (The Da Vinci Code)」」という世界的ベストセラーを書いたアメリカ人の作家、ダン・ブラウン氏は、同じくヴァチカンを題材にした小説、「天使と悪魔 (Angels & Demons)」も書いています。出版は「天使と悪魔」の方が先でした。

私見では、両方ともいささかドタバタ活劇が多過ぎる気はするのですが、ダ・ヴィンチ・コードに続いて、しばらく前にこの本も読んでしまいました。トム・ハンクス主演で、映画にもなっていますので、ご存じの方も多いかと思います。

いずれの作品も、宗教とそれに不可避的にまつわる狂信性が主な題材なのですが、「天使と悪魔」では、アンビグラムが重要なモチーフとして登場します。

アンビグラムとは、異なる方向からも読み取れるようにしたグラフィカルな文字のことなのだそうです。文字を180度回転させたり、鏡に写したりしてできるデザインのことで、その多くは左右対称で、ひっくり返しても同じ語に読めます。上の3枚の画像をご覧ください。

まず上段は、180度回転させても、どちらからでも「ambigram」と読めます。

中央と下段は双方とも「天使と悪魔」に登場するのですが、それぞれ「ILLUMINATI」(イルミナティ)と、「EARTH AIR FIRE WATER」(土・空気・火・水)と書いてあります。これは作品中では、イルミナティ・ダイヤモンドと呼ばれています。お読みいただけますか?

これらのデザイン文字は、このまま読んでも、また180度回転させて読んでも同じ文字となるところから、アンビグラムと呼ばれるのだそうです。

「天使と悪魔」という小説におけるキーワードは、アンビグラム、イルミナティ、カメルレンゴ、それにコンクラーヴェといったところでしょうか。

アンビグラムは、ちょっぴりですが以上にご説明しましたので、少しはおわかりになったかもしれませんが、他の3つは何のことでしょうか? この小説をお読みになった方は別として、たいていの方は、何のことやらまったくわからないと思われたのではないでしょうか? ご安心ください。それが普通なのですから。

イルミナティ (ILLUMINATI) とは、本来は、啓蒙や開化を意味するラテン語です。この小説の中では、宗教が科学を迫害してきた中世・近世ヨーロッパの歴史の中で、一部の、しかし極めて優れた科学者達が16世紀に教会に反旗を翻した時に結成した組織のことを意味しています。教会の教理による真理の独占が、世界全体の発展や啓蒙を阻害しているという科学者達の不満がその根底にありました。そこで彼らは、世界最古の科学のシンクタンクを創設し、自らを「啓示を受けた者達」=「イルミナティ」と称しました。

そして彼らは、ヴァチカンのお膝元のローマに、「啓示の教会」=「チャーチ・オブ・イルミネーション」=「Church of Illumination」と名づけた極秘の集会所を構え、定期的に会合を持ちました。

イルミナティの中には、暴力をもってしてでも教会の専制と戦うことを望む者も多かったのですが、最も尊敬を集めていた会員がそれに反対しました。その会員は歴史上、最も有名な科学者であると同時に、平和主義者でもありました。彼の名前は、ガリレオ・ガリレイ・・・。

という具合に、歴史的な事実とフィクションを交えたストーリーが展開される次第です。

それでは「カメルレンゴ」とは? ネット上の辞書によれば、こんなふうになっています。

「カメルレンゴ (Camerlengo)」とは、ローマ教皇庁の役職で、ローマ教皇の秘書長のこと。枢機卿の中からローマ教皇によって指名される。使徒座空位の際(つまり、教皇が亡くなったり、退位して次の教皇が決まるまでの間)の使徒座空位期間事務局の長官で、教皇代理となる。

また、枢機卿団の事務長として、ヴァチカンにおいて使徒座空位の間のみ有効な切手や貨幣を発行する権限がある。この場合は、教皇の肖像や教皇紋章に代えてカメルレンゴの紋章を用いる。 使徒座空位になっても首席枢機卿とカメルレンゴは解任されることなく職務を行える。」

ということで、カトリックの総本山、ヴァチカンの官房長官みたいな存在なのです。この小説中では、カメルレンゴのカルロ・ヴェントレスカが準主役のような存在なのですが、内容は見てのお楽しみということに。

最後の「コンクラーヴェ」のことですが、これは他の2つよりは少し知られているように思いますが、教皇選挙のことです。またまた辞書によりますと、

「コンクラーヴェ(ラテン語: Conclave)とは「教皇選挙」を意味する言葉で、カトリック教会においてローマ教皇を選出する選挙システムのこと。Conclave とはラテン語で ”cum clavi” (「鍵がかかった」)の意である。

このシステムは、カトリック教会の歴史の中で何世紀もかけて、他国の干渉を防止し秘密を保持するため練り上げられてきたものである。」

歴代の教皇たちは、選挙の方法を変更することや、望むなら枢機卿団を総入れ替えすることも認められていたのですが、後継者を指名することだけは許されなかったのだそうです。

その結果、教皇は全世界から集まった枢機卿達の中から互選されるのですが、ごく最近までは選挙中は、該当者全員が選挙会場であるシスティーナ礼拝堂にカギをかけて閉じ込められた中で、結論が出るまで選挙が行われたのだそうです。

さすがに2005年のコンクラーヴェでは、選挙者たちがシスティーナ礼拝堂内に閉じ込められるという慣例は廃止されました。枢機卿団はかつてのように缶詰にされることはなく、ヨハネ・パウロ2世によってヴァチカンに新築された宿舎、ドムス・サンクテ・マルテ(聖マルタ館)という宿舎で生活しながら、システィーナ礼拝堂に投票に赴くことに改められたのだそうです。

彼らは庭を散策することもできるようになったのですが、テレビ局などのマスコミと連絡を取ることや電話を使うことは厳しく禁じられるのだそうで、2005年のコンクラーヴェで枢機卿団の宿舎となった聖マルタ館の電話やインターネット回線は切断され、聖マルタ館とシスティーナ礼拝堂には、携帯電話使用や盗聴を防止するためのジャミングが流されるなど、電子的にも厳戒態勢がしかれたと言われますから、なにやら仰々しいですねえ!

ストーリーは、コンクラーヴェさなかのヴァチカン、およびその周辺で繰り広げられる活劇が中心となっているのですが、私にはカトリックという宗教の在り方や、外部との接触の仕方が面白く感じられました。

すべてを、「グラーツィエ・ディーオ」(Grazie Dio !) = 神に感謝します! に帰する、ある種の狂信性は、あらゆる宗教に不可避なのかもしれませんが、やはり怖いものに思えました。

「天使と悪魔」は、ドタバタ活劇はあまり好きでない私にも、筋立てや歴史的背景がしっかりしているだけに、とても楽しめる小説でした。冒頭の著者注記が、こんなふうに書かれていました。

「ローマの美術品、墓所、地下道、建築物に関する記述は、その位置関係の詳細も含めて、すべて事実に基づくものである。これらは、今日でも目にすることができる。イルミナティに関する記述もまた、事実に基づいている。」

いかがですか? こんなふうに書かれたら、ローマに行って、「天使と悪魔ツアー」に参加したくなってきませんか? ダン・ブラウン氏はなかなかの策略家のようですね。


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