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縁の下のバイオリン弾き
169 千駄木のこれやん
2020年1月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 檻に入れられた聖家族

去年の暮れ、クリスマスが近づく頃、テレビで「グリーンブック」という映画を見た。これは去年のアカデミー作品賞をとった映画だ。映画の内容がちょうどクリスマスの時期を扱っているので放映されたものだろう。

1962年、人種差別の激しいアメリカ南部を演奏ツアーで回る黒人のピアニストとその運転手に雇われたイタリア系白人の話で実話だそうだ。

主人公のトニーは普段はナイトクラブの用心棒をしているのだが、たまたま失業して金に困っていたのでこの仕事を請け負う。本来ならクリスマス前の8週間を旅行で過ごしたくなんかないのだ。

ピアニストのドック(博士号を持っているのでドクターを略してこう呼ばれる)は天才的な音楽家で、何ヶ国語もしゃべるインテリだ。しかし浮世離れした生活をしていて世情にうとく、特に自分の属する黒人文化についてはほとんど何も知らない。

黒人に対して人種差別的な感覚を持っていたトニーが、肌の合わないドックと南部を回るうち、彼に対する差別待遇に腹を立て、ことごとに冷たい世間と衝突する。その戦いを通じて真の友情に目覚めるという筋で、いわゆる「心暖まる」物語だ。

映画の中で「メリークリスマス!」という声が飛び交う。それを聞いていると、時代が変わったことに気づかされる。宗教色の濃いクリスマス(キリストのミサ、という意味)一辺倒が反省され、今では正月を含めて「ハッピー・ホリデーズ!」というのが普通になった。たまに「メリークリスマス!」と聞くとなんだか新鮮に感じられる。それを懐かしんでこの映画が作られたんじゃないかと勘ぐりたくなるほどだ。

「メリークリスマス!」が古風になってしまったのと同じように、この映画も定石通りの古風な作りになっている。人種差別に対する戦いという体裁をとりながら、結局はそれに身を捧げる高貴な白人を讃えるという矛盾した図式になっているからだ。でもハリウッドで人種差別を扱った映画の大半はそういう構造だ。なぜかというとアメリカで多数派の白人に受けるためには白人の目線で物語を語る、ということになってしまいがちだからだ。

例えばこの映画では、金にもならず、危険も大きい南部ツアーを企画したのはドックであって、それは音楽を通じて人種間の緊張を和らげたいという彼の願いに発したものだった。でもそのことは映画の中であまり重点を置かれていない。むしろわからずやの大衆に、よく訳がわからないながら単純な正義感から戦いを挑む同じくわからずやの主人公、という設定が共感を生む。それは差別される側の少数派にとっては我慢ならないことだ。


何年も前にテレビのトークショーで見た光景が頭に浮かぶ。ゴマ塩頭の白人が「世間にはブラックパワー、アジアンパワー、レッドパワー(アメリカ先住民のこと)などパワーがいっぱいだ。でもちょっとでもホワイトパワーなんて言おうものならすぐにとことん叩かれる。不公平だ」と訴えていた。冗談じゃない。差別はそれを感じる少数派からのみ主張できるのだ。この男は何もわかっていない、と思った。

しかし差別の問題は多数派がそれに気がついて自分自身の問題として捉えた時初めて解決の糸口が見つかる。その多数派の意識を変えるということについては、その中のメンバーの努力が効果的だ。少数派としては多数派の世話にはなりたくないだろうし、少数派の努力が報われないからこそ差別がなくならないのだ、というのも本当だけれど。


私はアメリカにいる限りは少数派だ。でも日本に帰れば多数派ということになる。差別したこともされたこともないけれども、そういう立場の変化は海外に住んでみなければ経験できないことだろう。


日本語を教えていた時にはクラスに韓国系の学生が多かった。韓国から留学しているものも、コリアン・アメリカンとしてアメリカで生まれ育った学生もいた。ある時どういう風の吹き回しであったか、クラスで読んだ新聞記事の中に北朝鮮に関するものがあった。中に出てくる「朝鮮人」という言葉について、韓国人の学生から激しい抗議を受けた。

「朝鮮人という言葉は日本では蔑称じゃないですか」とその女子学生は頬を紅潮させてくってかかった。「新聞は天下の公器と言われるのに、なんだってこんな言葉を使うんですか」

「いやしかし」と私はちょっと気圧されながら言った。「北朝鮮という国家がある限りはその国の正式呼称としての朝鮮人を使わないわけにはいかないよ」。

しかし学生は納得せず、話しても無駄と言わんばかりにその場を離れた。

私はその昔田中角栄が中国と国交を樹立した時のことを思い出した。当時香港にいたが、台湾びいきの商店主から「日本はなんだって台湾を捨てて中共をとるんだ」と詰め寄られた。私は「二つに分かれて喧嘩してるのはお前さんたちじゃないか。どっちの国がいいか、自分たちで決めてくれればいいのに、はた迷惑だ」とサラリと受け流してしまったが、それは方便で、実際にはどっちを応援するのか、あるいはどちらも認めないのか、決めかねて苦悩していた。

韓国人学生の抗議以後コリアンの呼称については以前にも増して慎重になった。彼女の言ったことは正しい。だから本当は「朝鮮人」という呼び方を使いたくない。


私は名古屋で育った。家の近くに朝鮮人部落があったことは知っていたから、学校でも級友にコリアンがいたはずだと思うけれど、その時はそんなことはわからなかった。両親は大阪と九州の生まれで、偏見と無縁だったとは思わないけれど、私が育つ間に、片寄った見方も差別を匂わせるようなことも絶えて口にすることはなかった。

幼少期、それに関連があることといえば、ただ一つ、変な歌を覚えたことぐらいだ。それは、「朝鮮人はツーラーイ、メガネはハーリガネ、ガラスはありゃせん」という歌詞で、本当はもっと長いものであるはずだけれど、私はそれ以上知らない。それをいかにもばかにしきった、軽蔑的な口調で歌うのである。学校で友達が歌っていたのを覚えたのだったろう。

こういう歌があったことを話題にすること自体が差別だ、と言う見方もあるだろう。心ない仕打ちとして傷つく方がいるかもしれない。もしそうなら許してほしい。具体的な例をあげなければいじめの実態には迫れないと思うのだ。

そんな歌を歌うのはよくないことだと私は知っていた。だから自分で歌ったことはない。

教育にあたる学校はしかし、そのような風潮をよしとしているわけではなかった。その頃頻繁に見せらせた「教育映画」の中に「オモニと少年」(1958年、私は10歳)というのがあった。オモニは朝鮮語・韓国語で母のことだ。

孤児になった日本人の少年が朝鮮人のおばさんに引き取られて一緒に生活する、という話だった。少年はそのために学校でいじめられる。私がこの映画のことを覚えているのは「ニンニク」や「キムチ」のことを全く理解できなかったからだ。

私は食い意地のはった子供で、幼い頃から食べ物に関心があった。だから私の覚えている映画や文章のきれっぱしはたいがい食べることに関係している。この映画ではおばさんが少年に「もっと食べえ」とキムチを彼のご飯に乗せる、という場面があるのだが、私には何を食べているのかさえ全然わからなかった。少年が嫌がって食べないのを見てどうしてだろうと思った。その匂いの元凶であるニンニクを私は見たことも食べたこともなかった。

この映画はその製作者の善意にもかかわらず、外国人に対する当時の日本人の典型的な反応を示していると思う。なぜと言って、映画の最後にはおばさんも、それから彼女をオモニとして愛するようになった少年も、朝鮮に(韓国にではない)「帰国」することになって、いじめっこを含む級友たちや先生の見送りを受けながら汽車に乗り込むからだ。つまりよそ者には出て行ってもらいたいのだ。それがこの映画の「ハッピーエンド」だった。


ここで話は急に金嬉老事件(1068年、私は20歳)に飛ぶ。今では覚えている人も少なくなったと推測するが、金嬉老(きん・きろう)は在日韓国人で殺人事件の犯人だった。テレビを通じて日本の人種問題を訴えた。事件直後私が作った「金嬉老のバラード」という歌を紹介したい。

金嬉老のバラード  (作詞作曲:西村万里)

駿河の清水の港から
雪の深い寸又峡(すまたきょう)
俺は人を撃ち殺し
追われ追われて逃げて来た

車にはダイナマイト
手にはライフル
青酸カリの袋を持って
寸又峡のふじみ屋旅館を
死に場所に決めた

(コーラス)
まわりを囲む 警官隊も
取材に群がる 新聞記者も
誰にもわからぬ 俺の悲しみ

ふじみ屋旅館の泊まり客
十人余りを人質に
近づくものは皆殺し
ライフルの腕の見せ所

祖国の誇りを 胸に秘め
誓った月日の 十五年(刑務所に入っていた年月)
今に見ていろ 刑事のやつら
その時が来た

(コーラス)

これが金嬉老の物語
恐怖の五日の主人公
事件の時に人々は
金の意見に同情し
事件が終われば
ただの人殺し呼ばわり

けれども金の名前は
忘れ去られることはない
人種の差別にメスを入れた
一人の男の物語

(コーラス)

けれども金の名前は
忘れ去られることはない
人種の差別にメスを入れた
一人の男の物語
一人の男の物語

シンガ―ソングライター気取りで、弟の弾くエレクトーンを伴奏に私は得意になってギターで弾き語ったが、人前で歌ったことはない。正直言って結構軽い気持ちでこの歌を作った。

でもこの事件が人種間の偏見ということについて私に深く考えさせたことは疑えない。

逮捕された金嬉老は20年以上服役した後、仮釈放になって韓国に送られ、2010年にその地でなくなった。韓国語があまりできなかった彼がどのような気持ちで「祖国」と言う名の異国で暮らしたのか、私には今でも興味がある。


むかし千田是也(せんだ・これや)という演出家がいた。この人は関東大震災の時に東京の千駄木で朝鮮人と疑われ、すんでのことに自警団に殺されるところだった。

関東大震災ではデマのため朝鮮人虐殺があったことは有名だ。井戸に毒を入れた、放火した、などと流言が飛んだ。

それを忘れないようにするために「千駄木のこれやん(コリアン)」と言う意味でステージ・ネームを千田是也としたのだという。少年時代そのことを読んで、えらいものだと感心した。


アメリカのキリスト教会ではクリスマスになるとキリストの誕生物語を人形によって教会の内外に展示するところが多い。ところが今年、聖家族を鉄条網の檻(おり)に閉じ込めて展示する教会があった。

聖書によると、ユダヤのヘロデ王は「ベツレヘムでユダヤ人の新しい王が生まれた」という噂を聞き、自分の地位を脅かすものと思い、ベツレヘム周辺の2歳以下の幼児をすべて殺すよう命じた。キリストの父母ヨセフとマリアは神のお告げによってこれを知り、エジプトに向けて脱出する。

つまりヨセフもマリアも難民だった。もし現在に生きていたら、アメリカ国境にたどり着いた中米からの難民と同じく、トランプ大統領の命令によって鉄条網で囲まれた収容所に入れられたことだろう、救世主は難民キャンプで生まれただろう、というのがこの展示の意味するところだ。

ハッピー・ホリデーズ!



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