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ガルテン〜私の庭物語
4 トイレいろいろ、そして絶景トイレ
2017年5月23日
原田 美佳 原田 美佳 [はらだ みか]

東京都出身。学生時代から長年関わった韓国文化院を2015年末に退職。現在は、日本ガルテン協会の広報部長の仕事をしながら、これまで関わってきた韓国文化を日本に紹介するための著作、交流活動を中心に自分のライフワークを模索中である。共著書に『コンパクト韓国』(李御寧監修)、『読んで旅する韓国』(金両基監修)、「朝鮮の王朝の美」、『朝鮮王朝の衣装と装身具』などがある。
▲ 木曽の女性用「絶景トイレ」
見通しの良さはバツグン、でもなんだか落ちつかない?
「どこかに行ったら、まず非常口とトイレの位置を確認するように!」
そう小さい頃からよく父にいわれた。地震などの震災の時は、まずは小さな空間に支えの柱が多いトイレに逃げ込めば命は助かるとよくいわれるからだろう。

厠、雪隠、はばかり、手水、便所、手洗い、化粧室…と、トイレにはさまざまな呼び名がある。

30年ほど前、サンシャシンシティで働いていたとき、知り合いが東京のトイレ事情の本を出した。サンシャインシティのトイレは当時、きれいで空いていることで知られていたし、旅先でいろんなトイレを見てきてトイレについては一家言持っていると自負している私は、トイレの本を出すならなぜ私に声をかけてくれなかったのかと思った。

中国の「ニーハオ・トイレ」は、それぞれのトイレの入り口に扉がなく、仕切りがあっても壁がたいていは低く頭が仕切りの上に出る。隣の人の顔が見えるためニーハオと挨拶することからそう呼ばれる。私が中国で行ったあるトイレではその仕切りすらなかった。清潔できれいだったが、ただ整然と溝と便器が見えるのみ、もちろん紙もなかった。

韓国は、昔の日本と同じようなトイレで、汲み取り式のところもあれば、韓半島南端の済州島ではトイレは若干高いところにあり、糞尿は下の豚小屋で餌になるという家の作りになっていた。

以前は日本の田舎でも見られたように、トイレがたいてい母屋より少し離れたところにあったため、夜はヨガン(溺缸)といわれる蓋付の金属器などのオマルを使っている人も大勢いたようだ。韓国人が、外国に行ってホームパーティーに招かれたら、ヨガンにお料理が盛られて出てきて当惑したというエピソードがある。

一方で、両班家(貴族階級だった家柄)といわれるある家で、外見は伝統韓屋でもキッチンやバスをリモデルしていて、トイレのなかも見たことがないほど最新式のウォシュレットが備えられていたと、そこに泊めてもらったというある作家の話を聞き、トイレ談義で盛り上がったことがあった。

韓国の公共施設では、洋式トイレが主流だが、ひと昔前は便座が割れていることもしばしばだった。(韓国だけでなく他のアジアや中東などでも、洋式トイレの便座は座るものではなく、上に土足のまま乗っかって用を足すようで、そのため便座が壊れやすいのではないだろうか)

日本でも私が子供の頃は祖母の家など汲み取り式のトイレが結構あり、紙もロール式のトイレットペーパーではなく、四角くカットされたちり紙が積んであった。それ以前は新聞紙を切って置いてあったこともあったようだ。

最近は日本と同じように使用済みの紙を流せるようになってきているものの、水洗になっても、紙質のせいか、中国や韓国では紙を流して排水管を詰まらせてしまうので、紙は流さず、便器のそばに置かれているかごに捨てるようになっている。

現代の日本ではそんなことはないが、新宿のある高層ビルのオーナーが、なにかの嫌がらせや腹いせに新聞紙をトイレに流されると、その紙がだんだん奥に行ったときに詰まり、どうにもならなくなり、全館の配管を手当てせねばならず困ると心配していたことがあった。

先日、木曽の浦島太郎伝説で知られる「寝覚めの床」を訪れた際に話題になったのが、女性用の「絶景トイレ」である。
四方をガラスに囲まれたトイレからは木曽の巨岩を眼下に眺められるというもので(写真)、見通しがいいと反対に外からも見られるのではないかと心配だが、外からは見られない仕組みになっている。

いまや給料もたいていは振込みになり、ウォシュレットのおかげで食事もできるほど匂いはなく、ばい菌も住めないようなきれいな便器のある個室をCMで見かけたりする。羽田空港のトイレなどは、ピカピカに手入れされ磨かれていて一日いても快適なためなかなか出てこない人もいると話題になるほどだ。

トイレ…日本人にとっては用を足すだけのものではなかった。初任給をもらった時に封筒の中身を見たり、ひとり悔し泣きする場所でもあった。喜怒哀楽や人生の折々と深く関わっていたのがトイレであろう。



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