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僕の偏見紀行
142 韓のくに迷走記(5)李成桂(イ・ソンゲ)の本貫、全州(チョンジュ)へ
2012年11月2日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 全州の宿。韓屋村の韓国式伝統家屋を改修したゲストハウス。1泊食事なし、5万W(3500円)。一番手前が僕の部屋。入り口は障子の扉、脇の木箱は靴入れ。
▲ 韓屋村の通り。大通りから脇に入った道。両側には伝統家屋を改修したレストラン・カフェ・ゲストハウスが続く。
▲ お昼に食べた本場のビビンバ。言葉が通じずタマゴの黄身無しとなったがとても旨かった。
目覚めると雨だった。昨日から続く小雨が静かに降っている。7時頃身支度してフロントへ行ったが誰もいない。ベルを鳴らすと奥から寝ぼけ眼の若者が目をこすりながら出てきた。気の毒にに起こしてしまったようだ。1週間後に戻ることを告げ、その部屋を予約してチェックアウトした。

これから朝鮮王朝の始祖・李成桂の本貫(李氏一族のルーツ)である全州へ向かう。ソウルから直行の高速バスで2時間45分、そこはマッコリの本場であり、ビビンバ発祥の地でもあるという。そして僕の目的であるパンソリの本場でもある。

仁寺洞から地下鉄で高速バスターミナルへ到着すると、そこは巨大なショッピングモールだった。リュックを背負いスーツケースを引きずりながら、地下の入り組んだ通路を四苦八苦しながらバス乗場へ急いだ。ここも案内標示が少なく苦労する。

ようやくたどり着いたキップ売り場で確認すると、全州まではノンストップバスが10分おきに出ている。途中でトイレ休憩があるか分からないので、トイレを済ましておこうとウロウロしていたら、メガネの若者が近づいてきた。

流暢な英語で、何かお困りですか、と訊く。一瞬怪しい奴か、と身構える。別に困ってはいないがトイレを探している、というとすぐ教えてくれた。言葉が通じにくい国だが親切な人も多く、、いろいろと助けられる。今朝の地下鉄の安国駅では、中学生くらいの子供に乗場を教えてもらった。僕がお礼をいうと、どういたしまして、と達者な英語でいわれてしまった。

バスに乗り込むと、ゆったりとした車内は横に3列、2人用と1人用のシートが並んでいる。新幹線なみの豪華なリクライニングシートは空席が目立った。僕は1人用のシートにゆったりとくつろいで座った。

これから向かう未知の土地への期待を胸に、バスに揺られながら過ぎ去る風景を一人眺める、これぞ旅の醍醐味だ。景色を楽しんでいるうちに、バスは定刻通り全州のバスターミナルに到着、乗り込んであっという間のことのようで、2時間45分もかかった気がしない。これで1750W、約1200円は安い。

全州も小雨模様だった。タクシーで予約した宿へ向かう。韓国式伝統家屋が多く残る「韓屋村」(ハノクマウル)のゲストハウスだ。伝統家屋をそのまま宿にしているというので泊るのが楽しみだ。

ターミナルからごくありふれた地方都市の街並みを抜け、韓屋村へ入ると、風景が一変した。塀をめぐらし大きな門構えの屋敷が軒を連ねている。ゆったりとした大通りには街路樹が立ち並び、石畳の歩道が続いている。歩きまわるのが楽しそうだ

宿は古い門構えの屋敷にあった。門を入ると中庭があり、その周囲を建物が囲んでいる。建物には庭に面して広縁が続き、部屋はそこから直接障子の扉を開けて入る。日本風の玄関などはない。門を入ればそこはもう家の中ということだろうか。

声をかけてが誰も出てこない。仕方ないので電話をかけた。すると隣の建物からオバサンが現れた。チェックインには少し早い昼前、突然現れた日本のオヤジに驚いた様子だ。

僕が予約していることを告げると、事情が飲み込めたようで、正確な英語で宿の説明を始めた。部屋の用意は出来ている、シャワーのお湯は午後9時から11時まで、朝食は用意できない、チェックアウトは午前11時、言い終わると部屋の鍵を渡してくれた。これでチェックイン完了、中庭の立ち話で済んでしまった。

部屋に入るとかなり狭い。古い屋敷を改修し、部屋にトイレ・シャワーを設けたので狭くなったようだ。1坪くらいの小部屋の奥がシャワールームになっている。オンドルらしい小部屋の床はすべすべして、座ると心地いい。壁や天井には、和紙に似た白い紙が隙間なく貼られている。

部屋の中には何もない。電話・テレビは勿論、時計や家具類も一切ない。あるのは畳まれた一組のせんべい布団だけ、簡素の極みである。布団のかたわらに荷物を広げ、ポツネンと一人座わる。することがなく、次第に身の置き所のない、遣る瀬無い思いがつのって来る。

入り口が障子では寒くないか、と心配したが、よく見ると2重構造になっている。内側に引き戸の障子、その外に観音開きの障子があり、そこには一昔前の頑丈な錠前がぶら下がっている。錠前は頑丈だが、障子の扉などその気になればひとたまりもないだろう。塀に囲まれた屋敷とはいえ、入り口の扉が障子だけというのは、不慣れな人間にはいささか心許ない。

気を取り直して宿を出る。もう昼飯の時間を過ぎている。全州に来たからには名物のビビンバを食べたい。宿のオバサンに教わった近くの食堂へ入った。最近開店したビビンバ専門店という。明るい店内の壁には旨そうなビビンバの写真とメニューが貼ってある。

言葉が通じないので身振り手振りで見当をつけて注文した。運ばれてきたビビンバを見て驚いたのは、その彩りの美しさだった。真鍮の器にキューリ・ニンジン・モヤシなどの野菜、・魚卵、そして黒い刻みノリが、白いご飯に盛り付けられ、そのいずれもが素材の新鮮さを反映してか、とても色鮮やかなのだ。

かき混ぜて食べると、暖かな白いご飯の甘みと冷たく新鮮な野菜の食感にタレがからみ、なんともいえず旨い。日頃食べている石焼ビビンバとは全く別の味わいだった。

夢中で食べ終わって、ビビンバにはつき物の卵の黄身がなかったことに気づいた。そういえば注文の時、店の女性がしきりに何かいっていた中に、タマゴという言葉があったような気もする。言葉が理解できない僕は、メニューにあった3通りの価格のビビンバから、適当にその真ん中を選んだ。3種のビビンバは大中小の違いだと思い込んだのだ。

後でよく考えると、それはどうも素材の違いだったようだ。真ん中の値段では黄身が付かないのだろう。黄身なしでも充分旨かったけど、言葉が通じないことの淋しさをまたも感じた。

腹ごしらえを済ませた僕は情報を求めて町へ出た。フェスティバルの開催で町は混雑している。ロゴ入りシャツの若いボランティア達が町を行き交い、沢山の車で通りが混雑している。通りに面したカフェやレストランには観光客が溢れている。僕はフェスティバルなど無い時に来たかった。何も無い時の静かな全州をゆっくり歩いてみたかった。

僕は通りがかりのテントの案内所に入り、ボランティアの少女にパンソリ情報を尋ねた。彼女は冊子になったプログラムを開き、明日の夜に予定されている公演を教えてくれた。

国際フェスティバルということで、伝統音楽だけでなくロックやニューミュージックなどの新しいものまで幅広くプログラムが組まれている。会場もここ韓屋村をはじめ、市内の大きな公園など、広い範囲に跨っている。幸いにも僕の目指すパンソリはこの韓屋村で行なわれるという。早速その場でチケットを購入した。やれやれこれで一安心だ。

パンソリやビビンバで有名な全州は朝鮮王朝の開祖、李成桂(イ・ソンゲ)の本貫でもある。ぶらぶらしていたら、韓屋村の一角に李成桂の肖像画を祀る神殿があった。小雨の中、厳かな雰囲気で鎮まっている。ここは明日ゆっくりと訪れることにした。

神殿の前に旅行案内所があった。慶州関連の情報が欲しくて立ち寄った。英語担当という若い女性が、僕の質問にテキパキと答えてくれた。内容はソウルの観光公社の情報とほぼ同じだったが、お陰でここから慶州への移動に自信がついた。慶州の宿はやはり現地についてから探すことにする。

的確な情報をもらって有難かったが、彼女が達者な英語を猛スピードで喋るのにはいささか閉口した。しかしこの国では、困った時にこのような優秀な若者に出会うことが多く、何かと助けられた。

夕刻まで歩き回って僕は通りの食堂へ入った。地元の人が多い、すでに出来上がったオジサン達が気炎を上げている。ここ全州はマッコリの本場でもある。オジサンのテーブルには既にマッコリのビンが林立している。

市内のマッコリ横丁へ行くと、マッコリを大きなヤカンで出してくれ、山ほどのおつまみ類がサービスでついてくるそうだ。ちょっと行ってみたい気もするが、下戸の僕がヤカンに一人立ち向かうのは、ちょっとしんどい。

適当に麺類を頼むと、ご飯と数皿の漬物が付いてきた。それにビール1本。実はビールも僕にはコップ2杯が限度なのだが、見知らぬ町を一人歩きまわった夜は、多少の酒が欲しくなる。

客が増え店内が一段と騒がしくなった。先ほどのオジサン達は、未だ口角泡を飛ばす勢いで激論を戦わしている。なんのことかと思っていたら、支払いのことだった。ここはオレにまかせろ、と言い合っていたようだ。結局一番騒いだオジサンが支払ったが、カードだった。おとなしくなって伝票にサインする姿が可愛かった。家に帰って奥さんに怒られなきゃいいが。

別のテーブルでは中年オバサンが騒がしい。この国の女性は総じて威勢がいい。市場で見かける物売りのオバサン達も男勝りの逞しさと迫力がある。ソウルの南大門市場で写真を撮ったらいきなり怒鳴られた。

全州の女達も、男に負けずテーブルにマッコリのビンを並べ立て、大いに盛り上がっている。言葉が分からない僕には、まるでケンカでもしているかのように見える。写真に撮りたかったが、気合負けしてカメラを構えることが出来なかった。

食堂を出た僕は通りをぶらつき、高台にある喫茶店に入った。そのバルコニーから見下ろす韓屋村は、瓦屋根の屋敷が黒々と続き、その合間のオレンジ色の街灯が美しい。このように、数百軒とも言われる数の伝統家屋が残る町は韓国でも珍しいという。僕はその家並みを眺めながら、普段は飲まないコーヒーを飲んだ。(続く)
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73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
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15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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