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縁の下のバイオリン弾き
54 パサディナ
2012年8月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ ノートン・サイモン美術館(パサディナ)所蔵「レモン、オレンジ、バラのある静物」フランシスコ・デ・スルバラン(スペイン)作。1633年。同時代のオランダではレモンは貴重だったので絵にあらわれても1個しか 描かれなかったが(本欄15「おらんだ正月」をごらん下さい)スペインではごくふつうのくだものだった。
ちょうど一週間ほど前サンディエゴ港に繋留されている航空母艦ミッドウェイの甲板で通訳をした。

ミッドウェイをおぼえている方も多いだろう。1970年代、ベトナム戦争が泥沼化して、アメリカ海軍はミッドウェイを横須賀に配属した。この横須賀寄港に反対運動が起ったため、私もその名前を記憶している。

「ミッドウェイ」という名前はもちろん日米戦争初期のアメリカ側の大勝利であるミッドウェイ海戦を記念している。つまり名前からして日本人にとってはしゃくの種、という船だ。

1990年の湾岸戦争を最後としてミッドウェイは現役から退き、サンディエゴ港で博物館になっている。

私は後学のために1度見物に行ったことがある。なにしろだだっ広くてびっくりした。みものは甲板である。今も戦闘機が並んでいる。べらぼうに広いけれど、飛行機の滑走路として考えればやはり短い。ここに離着陸するのは並大抵のことではないだろう。現在アメリカ海軍の航空母艦はさらに大型になっている。

その前日、私を含めたカリフォルニア大学サンディエゴ校の日本人教員全員にあてたメールが届いた。発信人は「パサディナ市青年商工会議所理事長スコット・ポール」とあり、「明日日本からの視察団をまねいてミッドウェイの船上でイベントがあるのだが、予定されていた通訳が今日になって突然こられなくなった。どなたかに緊急に通訳をお願いできないだろうか」と書いてある。

私はすでに引退していてUCSDとは関係ないが、引退しているからこそ時間がある。コミュニティーのために何かするのはこういう時だと思ったからすぐに返信して自分が引き受ける、と書いた。むろんまったくのボランティアだ。

折り返し電話があり、詳細がわかった。やってくる日本人たちは埼玉県春日部市の青年商工会議所の7人と10人の学生で、春日部市はパサディナ市と姉妹都市なのだった。

パサディナというのはロサンジェルスのちょっと北にある市だ。私がパサディナについて知っている事と言えば最近訪問したこと(後述)をのぞけば、ビーチ・ボーイズの「パサディナのおばあちゃん」という歌と(古いね)、その市にあるノートン・サイモン美術館のことだけだ。

日本の人々はパサディナを訪問に来たのだが、それがなぜサンディエゴでイベントをするかというと、東日本大震災の時に2週間被災者の救出と物資の補給に尽力してくれたアメリカ海軍のヘリコプター・パイロットにお礼を言いたい、ということで、そのパイロット、アレグザンダー・アウリー中尉が所属する巡洋艦がサンディエゴに駐留しているからだ。

通訳を頼まれたときは「日本の理事長の挨拶を英語に」ということだったが、いざミッドウェイの甲板で儀式がはじまってみると、その他にもパサディナ商工会議所の理事長とアウリー中尉の挨拶を日本語にする事も頼まれた。

演壇の上にマイクが置いてあるだけで、炎天下みんな突っ立ってのイベントだったが、とどこおりなくすんだ。アウリー中尉は長身の青年で白一色の軍装に身を固めているところはりりしく見えた。日本の中学生たちがいっしょに記念写真を撮っている。彼は市からお礼にといってもらった日本の羽子板(人形がついたもの)を持ち扱いかねているようだったので私はそれがなんであるか説明した。でも「日本式のバドミントンのラケットだ」といっただけだったから、理解できたかどうか。

春日部市の三輪真久理事長はパサディナ市との交流を語った後、震災にふれ、「先の見えない失望感と不安の中、アメリカの皆さんが、真っ先に駆けつけてくれたこと、救援作業に絶大なる支援をいただいたことはどれだけ我々を勇気づけたか分かりません」「1年以上の月日が経ちましたが、日本人の一人として心から御礼を申し上げたいと思います」と感謝の言葉をのべた。

アウリー中尉の船は震災時に被災地からヘリコプターで2時間の場所を航行中で、連絡が入るとすぐに飛び立ったそうだ。

中尉は答辞の中で「私は今までにあのような経験をしたことはありません。言語に絶する災害のなかで日本の皆さんが示した強い精神力と水際立った組織力は私に深い印象を与えました」とのべた。2週間の救援活動のうち、80時間を飛行についやしたそうだ。ほとんど不眠不休の活動だったのだろう。被災者の移動と物資の補給にヘリコプターほど役にたったものはないと思われる。

私は被災地ではない春日部市の商工会議所理事長が「日本人の一人として」アメリカの救援に謝辞を述べた事に感銘を受けた。そしてこの通訳の仕事を引き受けてよかったと思った。


ところで私はまだ大学に勤務していた5月に、パサディナに行ったのだった。

その時は友人を助けるために行った。その人はサンディエゴに住む日本人の女性でアメリカの永住権、通称「グリーンカード」を申請しているのだが、その申請業務を代行している弁護士がパサディナにオフィスを持っているというのだ。その弁護士はこの仕事では有能なのだが、電話連絡ではなかなからちがあかないから一度直接会って話がしたい。しかしハイウェイを長距離走ることはいままで経験がないので彼女一人で直接出向くのはむずかしい、という。それで私がパサディナまで連れて行くことにした。

それはいいのだが、そのころ私たちは去年引っ越した家を修理していて毎日職人が来ては大きな音をたてて仕事をしている。それで妻のリンダは私と一緒に大学に出勤してオフィスで一日を過ごす、という日々を送っていた。

弁護士に会うには週日でないとだめだからというので我々は金曜日にでかけることにしたのだが、行く所がないリンダもいっしょについてくるという。

最近はロサンジェルスに行くだけでも片道3時間はかかるから、それより遠いパサディナに行くには早いうちに出るに限るというので金曜日の朝ぼらけに出発した。

途中サン・ファン・カピストラーノという街で休憩をとった。この街は18世紀の伝道所(ミッション)の廃墟のある古い街でまだ来た事のない友人にそれを見せたいと思ったのだ。

コーヒーを飲んで、駐車してある車にむかって歩き出したとたん、リンダが転倒した。歩道から一歩踏み出したアスファルトに穴があいていてその穴につま先をとられたのだ。

助け起したわれわれにリンダは「転んだ時に大きな音がしたわ。骨折したかもしれない」という。私は青くなった。2年前彼女は右腕の骨を折っている。それがようやく治ったというのにまたもや骨折など、考えたくもない。

我々の様子を見て「病院に連れて行ってあげようか」と親切に言ってくれるドライバーもいたが、以前看護婦だったリンダは「病院に行ったって治療の方法はない」といってとりあわない。氷を運搬しているトラックのドライバーがわざわざ車をとめて「これで冷やしたらいい」といって氷がいっぱい詰まったおおきなプラスチックの袋を一袋くれた。それを患部におしあてるとさいわい痛みは薄らいだ。車に常備してある鎮痛剤を飲んで「このまま行った方がいいと思うわ」とリンダはいった。

ぐずぐずしていると弁護士との会談の時間を逃してしまう。我々はパサディナに直行することにきめた。ロスでハイウェイを降りる事も考えたがあの大都会で病院を探すだけで一日がつぶれるのは分かっている。たぶん道に迷うだろう。それより目的地のパサディナは小さな町だからそこでクリニックなりを探すほうがいいのではないか。

そうは思ったものの、私に成算があったわけではない。幸い交通渋滞もなく、すこし遅れたがパサディナに到着した。まずはともあれ、薬局に車をとめて鎮痛剤を買い増し、包帯を買って足首を補強する。クリニックの方はサンディエゴの友人に電話してコンピューターで調べてもらったが、我々のいる場所の近くにはないことがわかった。ままよ、このまま弁護士のところに行こう、ときめた。

ところが悪い時には悪い事が重なるものでその弁護士のオフィスが見つからない。ちゃんとコンピューターからダウンロードしたアドレスがあるのにそのアドレス自体が見つからない。友人は事務所に電話して聞くのだが、言葉の関係でよく話が通じない。私は車を運転しているから電話に出るわけにはいかない。

土地勘がないからそのへんを何遍もぐるぐる回ったあげく、万策つきた、という感じで駐車場に車をとめ、歩いて探す。といってもリンダはほとんど歩けないから私が肩を貸してそろそろと歩き、友人が先に行って事務所を探した。

角をまがると友人の姿がみえない。どこにいったのだろうと見渡すと彼女はその角にある骨董屋に入り込んでそこの女主人に相談しているのだった。女主人は自分で電話をかけた。さすが地元民だ。あっさり場所を割り出した。

女主人はリンダに「そんな所に立っていないでこっちへきてすわりなさい」と椅子をすすめてくれた。涙が出るほどありがたかった。

サン・ファン・カピストラーノからこっち車に乗りづめだった我々にトイレを貸してくれ、さらに「その足で動くのは無理よ。私が乗せてってあげましょう」と言ってくれた。「で、でも、お店はどうするんです」と聞くと「鍵をかけとけばいいから。心配いらないわ」とこともなげに言う。

すぐにバンを店のまえにまわしてくれ、我々はそれに乗って弁護士のオフィスまで行った。女主人は「じゃ、気をつけてね」といってリンダを抱きしめた。行きずりの旅人に対する彼女の好意には感謝のことばもない。

弁護士のオフィスではリンダのために椅子をもう一脚用意してくれ、我々が弁護士と話している間、彼女はそれに傷ついた足を乗せて休んだ。

友人のグリーンカード申請はうまくいっても時間がかかるということだった。彼女はその申請はやめないけれど、いったん日本に帰ると決心した。そう決心できたのもパサディナまで行って弁護士と話したからだ。やはり行ってよかった。

次の日私はリンダを病院の緊急治療室に担ぎ込んだ。レントゲンをとって「やはり骨が折れている」と宣告され、うなだれたのだったが、月曜日にもう一度電話をかけてみると「あれはレントゲンの読み間違いだった。骨は折れてない」といわれ、「なんのこっちゃ」と思いながらも暗い雲間から青空を見たような気になった。リンダの足首はほどなく回復した。

骨董屋の女主人にはすぐにお礼の手紙を出した。もう一度行って本人に会ってお礼を言いたいと思いつつ、まだ果たしていない。でもサン・ファン・カピストラーノやパサディナの街で人々から受けた親切は忘れられない。はからずもパサディナ市とその姉妹都市の春日部市の儀式に参列し、アメリカ軍人の東日本大震災救援に対してのお礼を通訳する事ができた。わずかながらご恩返しができたと思ってうれしかった。


ビーチ・ボーイズの「パサディナのおばあちゃん」はこちら。

http://www.youtube.com/watch?v=SQMqgSaZZmM
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