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ボーダーを越えて
112 「石の家」
2007年9月10日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ トーマスの実家の近くにあるバトル(Battle)という古い町の中の400年以上の古い民家。こういう古い家はイギリスではちっとも珍しくない。「石の家」はこの家よりはるかに大きい。
前回に続いて、去る7月にイギリスへ行ったときのお話です。

甥の結婚式の後はいつも親しくしている義妹夫婦と数日を過ごした。彼らは去年退職して、イギリス南東部のイースト・サセックス(East Sussex)の家に移った。トーマスが引き継いだ実家の敷地の隣で、これからもますます親しくなりそうだ。彼らは義兄夫婦より裕福なのに、義兄夫婦と正反対できらびやかなことは大嫌い。自ら身を粉にして働くことを厭わないし、交遊仲間も地味な人たちばかりだ。だからトーマスと気が合うのだろう。

滞在中に、彼らが長くお付き合いしているピーターとジェーンのダン(Dunn)夫妻と一緒に昼食をすることになった。ダン夫妻はトーマスの両親と親しい友だちだったそうで、トーマスもよく知っており、久しぶりの再会を楽しみにしていた。義妹は別の昼食会の予定があって一緒に行けないのをしきりに残念がり、私に、ジェーンさんは料理の腕も満点で料理教室を開いてもいる上に、赤十字の委員長を務めるなど社会奉仕にも積極的で、話もとてもおもしろい人だと教えてくれた。

ダン夫妻は義妹夫婦の家からそう遠くないヒースフィールド(Heathfield)という町の近くのラッシュレークグリーン(Rushlake Green)という美しい村に住んでいる。村の中心の広場の角に位置した広い敷地に彼らの家はあった。義妹の連れ合いもトーマスも何度も行ったことがあるらしかった。敷地が広いといっても前回お話しした「バッキンガム宮殿」のようではない。門は閉まっておらず、池の向こう側に大きな石造りの邸宅が道路からも見える。

その邸宅は単に「石の家」(ストーンハウス:Stone House)と呼ばれており、門にもそういう標識がある。なんとも慎ましい名称ではないか。内部を改装してホテルを経営しているそうだが、どこにもホテルの気配は全くなく、落ち着いて風格のあるカントリーハウスそのものだ。努めて、ホテルではなくてカントリーハウスの雰囲気を保っているのだという。

入り口のベルを押すとすぐ、ジェーンさんが扉を開けてくれた。大柄で、とても親しみやすい感じの人だ。シンプルなセーターにスラックスという飾り気のない姿だったが、長い真珠のネックレスが彼女の優雅な風格を強調していた。70歳ちょっとに見えるが、テキパキしていて元気がいい。私たちは玄関のホールを抜けて夫妻の居間に案内された。決して広くはない部屋だが、イギリスの家らしく、古い写真やら絵画やらがいっぱい飾られている。どれもが見せびらかすためではなく、自分たちの楽しみであるのが感じられる。

そこにピーターさんが仙人のような長い杖をついて入って来た。80歳を越しているようで、年のせいで縮んだのか、ジェーンさんより幾分小さく、声もまだ十分に張りのあるジェーンさんよりか細い。が、優しそうな目はまだまだ好奇心に輝いていた。トーマスはピーターさんの杖をうらやましがった。
「あら、それは箒の柄を切ったものなのよ」と、ジェーンさんが笑うと、
「いや、スコップの柄だったかもしれん」と、ピーターさんが半ば真面目な顔で言い、みんなで大笑いした。どこまで本当なのかわからないが、昔からのイギリス有産階級は無駄を嫌うから、箒でもスコップでもありそうだ。

飲み物は?と聞かれたので、運転役の義妹の連れ合いはお水を、トーマスと私はジントニック(英語では gin and tonic)を頼んだ。飲み物を持って来てくれたのは若いメードさんで、どうやらホテルでも働いているようだった。「バッキンガム宮殿」と違って、なにもかもがさりげなく、自然な感じがする。

お互いの近況を一通り話すと、村のパブへと、ジェーンさんの運転する小型のベンツで昼食に出かけた。パブは直角三角形の形をした芝生の広場の反対側にあるから、歩いたってたいしたことはないのだが、ピーターさんにはちょっと無理なのかもしれない。

そのパブは、フィッシュパイとかいうありきたりのパブ料理を越えて、洗練された料理を出す。そういえば、以前そこに夕食を食べに来たことがあるのを思い出した。そのときは正面のバーには、立ったままエールなどを飲む人でいっぱいだったが、両脇のレストランの部分も満員だった。今回はお昼なのでバーで飲んでいる人はいなかったが、レストランの入りは上々だった。「石の家」にはヨーロッパ各国からもアメリカからも泊まり客が来るというから、このパブもその余波を受けて、工夫した料理を出すようになったのかもしれない。

食事中、私たちは南米や食料のグローバリゼーションや植物などに話の花を咲かせた。ピーターさんもジェーンさんも、会話のための話ではなく、話題に本当に興味を持っているようだった。そのためだろうか、私も話していてちっとも疲れを感じなかった。昼食後、一旦「石の家」に戻り、私たちはそのまま帰って来た。ダン夫妻とはまた会っておしゃべりしたいな、と思った。

あの「石の家」をホテルにしたというのは、「石の家」は買ったものなのだろうか。義妹の連れ合いに聞いてみたら、「いや、ピーターさんの家族が代々長く住んできた家だよ」と教えてくれた。「長く」というのはどのくらい長いのだろう。グーグルで「石の家」を検索してみたら、ウェブサイト↓がみつかった。
http://www.stonehousesussex.co.uk/

それによると、「石の家」の建設が始まったのは1495年ごろというから、日本では戦国時代に突入した時期だ。その後2度増築され、現在の形になったのは1778年だそうだが、最初からずっとダン家の子孫が住み続けて来た。イギリスには築300-400年という家は大小に限らずざらにあり、築500年だって目玉が飛び出るほど珍しくはない。が、そういう家の売買は激しく、同じ家に創設者の家族が何代も何代も住み続けるというのはイギリスでもかなり珍しい。

ピーターさんが退職するときに自宅をホテルにすることにしたらしいが、そのとき健在だったトーマスの父親は、いくら立派な邸宅とはいえ、特別何もないような田舎ではホテルにしても泊まりに来る者などいないのではないかと心配したそうだ。その心配は無用だった。ダン夫妻はホテル業で大儲けしようなどとは考えてはいなかった。ただ泊まり客を受け入れ、新鮮な材料で上質の料理を出してお客に喜んでもらうのを楽しんで来たようで、彼らの飾り気がなく、欲張らない態度が田舎の邸宅に泊まる魅力を一層強めたのだろう。おかげで「石の家」はホテルとしても成功している。

泊まるのだったら、 私も「バッキンガム宮殿」より「石の家」の方がいい。


[追記] イギリスの日刊紙テレグラフ紙に「石の家」滞在記↓が掲載された。
http://www.telegraph.co.uk/travel/main.jhtml?xml=/travel/2000/08/26/etroom26.xml
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