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僕の偏見紀行
145 (続)南房総の空の下
2013年1月1日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 谷にかかる木橋を渡ってお墓へ。
▲ 樹木葬の墓地に着いた。
▲ みんなで花を植える。
「失礼ですが、中身は何ですか。」

福岡空港手荷物検査場で係りの若い女が僕に尋ねた。

「遺骨です、ご先祖様の。開けてみますか?」
「いえ、結構です、失礼しました。」

驚いた様子の女は一瞬黙り込んだ。そして気を取り直したように、そう言って軽く頭を下げた。

検査場を出た僕は、遺骨を収めた小型リュックを再び背負い、東京便に乗り込んだ。

リュックを抱えた僕は座席に座り、肩の力をぬいて一息ついた。背もたれに身体をあずけ、前年の春に始まった「ご先祖様との旅」の経過を思い返した。

母の死後まもなくの転勤命令によって、あわただしく九州から上京して20数年が過ぎてしまった。まさかこちらの暮らしがこんなに長くなるとは思いもしなかった。「仮末代」の言葉通り、いつの間にか子供達も含めて関東の住人となりこちらに根が生えてしまった。

やがてそのサラリーマン生活からもリタイアし、今後のことを考えた時、気になったのが田舎に残したお墓のことだった。いろいろ考えた末、僕はお墓をこちらに移すことにした。そう思い立ったのは前年の春だった。

それから僕は新しい墓探しを始め、役所への必要な諸手続きを開始した。その他にも長年世話になった田舎のお寺への挨拶、年老いた姉達との相談など、やることは沢山あった。そして南房総の山寺に新たな墓地を用意し、諸々の移設に必要な段取りが全て終わったのは、もう秋も深まる頃だった。

そして、樹木葬の新しい墓地に植えたヒメコブシも無事に根付き、墓の周りに花が美しく咲くこの春、いよいよお墓を移すことにした。移設はまず、今の墓からお骨を取り出すことから始まり、最終的には墓石を撤去し更地に戻さねばならない。撤去工事は地元の信頼できる石材店に依頼した。

お骨を取り出す日の朝、心配した天気もまずまずでほっとした。所定の時間に、親戚や姉達、お寺の住職、石材店の工事担当者などが田舎の墓に集まった。始めに住職が読経し、関係者が御参りを済ませた後、石材店の担当と僕が、父母やご先祖様方の骨壷をを取り出した。

実は僕は、この骨壷をどうやって九州から南房総まで運ぶか、ずい分悩んだ。いくつもある骨壷を、一人で抱えて運ぶのは無理な話だ。車で九州からというのも大変だ。骨壷をそのままダンボールに詰め、宅急便で送るのがいい、但し中身は内緒にして、と教えてくれた知り合いもいた。なかなか合理的ではあるが、これではいささかご先祖様に申し訳ない。

悩んでいる頃、石材店との打ち合わせの中で、担当者が最近の事例を教えてくれた。やはり遠隔地への移動の際に、骨壷から取り出したお骨を白い布袋に収め、それを関係者が抱えていった、という。

これならちょうどいい、それを聞いて僕は救われる思いがした。樹木葬は骨壷を使わず、さらしの布袋に入れたお骨を、そのまま埋葬する。そして大地となって、母なる地球に同化することを願う。

僕は取り出したお骨を、予め房総のお寺から頂いたさらしの袋に収め、それをビニール袋に入れて新しい風呂敷で包んだ。ご先祖様の古い骨壷には、父が一度改葬しているため、お骨はわずかしかなく、土だけのものもあった。そのため、父・母・ご先祖様合わせて3つの袋にまとまり、小型リュックに収まった。これなら僕一人で背負って行ける。

墓地からお寺へ移動し、最後の法要を営んだ。予定の行事の終わりに、料理店へ行ってみんなで食事をした。席上、年老いた姉達の姿がやけに小さく見えた。末っ子の僕が幼いころ散々世話になった姉達、今まで毎年墓参に集まり、その後近くの温泉で昔話をするのが楽しみだった。

みんな納得ずくの移設なので、姉達は口には出さないけど、きっと淋しい思いをしているに違いない。そう思うと今でも切ない。お墓は移したけど、姉たちが健在なうちは毎年九州へ戻り、みんなで温泉に行くのだ、僕はそう決めている。

九州から戻って数日後、春の終わりの良く晴れた日に、息子夫婦二組と孫合わせて総勢7人、我が一族総出で南房総の寺へ出かけた。お寺は森に囲まれた小高い丘の上にある。この先に本当にお寺なんかあるのだろうか、そう心配になるほどの狭くて急な坂道をたどった先にある。

登りつめたお寺の境内には、豊かな緑の中に明るい日差しが溢れ、裏山の南向きの台地の墓地も、心地よい光と風に満ちていた。我が家の墓地は、谷間にかかる小さな木橋を渡った先にある。僕は初めてこの風景に出会った時、橋の向こうに、緑の杉木立を背に広がる眺めの美しさに感動した。

埋葬の前に本堂に家族が集まって法要を営み、住職の読経とお話があった。住職は、亡くなった人への供養ということについて語ってくれた。

亡くなった人は全ての悩み・苦しみから解放され、御仏のそばで幸せな時を過している。しかしたった一つの気がかりだけが残っているという。それはこの世に残してきた子や孫などの家族のこと、これだけはいつまでも気がかりなのだ。だから残されたものが、みんな仲良く幸せに暮らすことが、亡くなった人への一番の供養になる、と住職は教えてくれた。

さらに住職は、みんなが幸せに暮らしている証として、その幸せを周りに広げる生き方をすれば、もっといい供養になる。周りへのやさしい気持ちを忘れずに、何でもいいから人のために尽くすことが大切だ。そんな姿を見せることで、亡くなった人は、自分の残してきた者が幸せなのだと安心する。

この住職は仏教団体の行なっている、アジアの恵まれない子供達、人身売買の犠牲者になるような、の救済活動に以前から取り組んでいる。さらに大震災後は自ら被災地への定期的なボランティア活動を欠かさない。先日の食事会のおりにも、不要になった本・CD・衣類等が集められ、住職の運転する車で被災地へ届けられた。

この寺に墓地を持っても檀家になる必要は無い。墓地の維持管理費として年間8000円納めるだけでいい。その他には、救済活動資金として任意の寄付が時々求められるが、あくまでも任意であり、押し付けがましいことは一切無い。勿論そうして集まった全額が救済活動資金にあてられている。

最後に住職は、供養のために是非実践してほしいことがあるといった。それは東日本大震災で被災し、今も苦しむ人々がいることを忘れない、ということ。さらに忘れないための具体的行動として、救済募金箱を見かけたら、その都度必ず協力すること。毎回必ずというのは大変だけど、忘れないために実行して欲しい。金額は出来る範囲でいい、1円玉でいい、忘れないことが大切なのだ。

この話を聞いて以来、僕は実行することにしている。コンビニなんかで、お釣りの1円玉や10円玉を迷わず募金箱に入れる。なぜか分からないが、そうした後はなんとなく喜ばしい気持ちになる。それにしても、あちこちあった募金箱が最近少なくなったのはどうしたことだろう。

本堂での法要を済ませた家族は裏手の墓地へ廻った。住職の読経の後、お骨を埋葬した。そして小さな花をたくさん植え、墓標のヒメコブシの周りを花で一杯にした。ショベルを手にした3才の孫も、あぶなっかしい手つきで花を植えてくれた。その姿を見ながら僕は亡き父母がどんなに喜んだことだろう、と思った。

こうして、2011年の春に準備を始めたお墓の移設が全て終わったのは、2012年の春の終わり頃だった。
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73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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45 白神の森の宝
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41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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