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縁の下のバイオリン弾き
56 ポール・マッカートニー
2012年9月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ パクチョイ(しんのところ)
今年はロンドンでオリンピックがあった。 開会式の最後にポール・マッカートニーがでてきて「ヘイ・ジュード」を歌い、会場の全員とコーラスを大合唱してしめくくった。それに参加した人々の数と、それをテレビで見た人の数を考えると、史上最大の合唱であり、最大の観客だったのではないだろうか。

ポール・マッカートニーは今年70歳だ。「ヘイ・ジュード」はほとんど半世紀前に作られた歌だ。そんな古い歌を古さを少しも感じさせずに歌ってオリンピックの高揚と一体感を演出することができる人物が世界にまたといようとは思われない。こればかりはほかの国が逆立ちしてもかなわないだろう。


そして夏が終わり、今年も9月11日がめぐってきた。ニューヨークのワールド・トレード・センターがテロリストによって爆破され、多くの犠牲者を出した日だ。もう11年前になる。

その2001年10月にマッカートニーが呼びかけて実現した犠牲者支援のコンサートのドキュメンタリーをテレビでやっていた。カメラがコンサート前後のマッカートニーの動静をのこらず記録していく。

大物ミュージシャンたちが続々駆けつける。いわくミック・ジャガー、エルトン・ジョン、ジェームズ・テイラー、エリック・クラプトン、ビリー・ジョエル、ピート・タウンゼンド、ジョン・ボン・ジョヴィなどなど。

楽屋に前大統領ビル・クリントンがやってきて親しげに雑談している。「ポール」「ビル」とさしで話している。これには驚いてしまった。けれど、よく考えてみるとポールは歴代の大統領のだれよりも有名なのだ。むしろクリントンのほうがマッカートニーのファンであって、見上げるような感じになるのはやむをえない。

クリントンだろうがオバマだろうが、ましてやミット・ロムニーなんぞたばになってかかっても知名度ではかなわないのだ。(余談ですがミット・ロムニーは本欄27:「レディ・ハミルトン」で取り上げた画家、ジョージ・ロムニーの遠縁の子孫にあたります)。

そんなことはないだろうとおっしゃいますか。今から100年ぐらいたって小学生の教科書をのぞいてみたら、ジョン・レノンとポール・マッカートニーの名前は彼らの作曲した歌のタイトルとともに必ずのっているはずだ。それにくらべ、第42代や第44代の米国大統領の名前をすぐにいえる人がどれだけいるだろう。その頃には彼らの名前は歴史の脚注以上のものではないだろう。

むかしエリック・シーガル原作の「ある愛の詩(うた)」という映画があった。その冒頭で主人公は25歳でなくなった美しく知的な妻を回想して「彼女はモーツァルトとバッハが好きだった。そしてビートルズが好きだった。それから僕のことも」という。この映画の脚本が書かれた1970年にはビートルズは解散寸前、だれにもその将来のことがわからなかった。でも今ふりかえってみるとなにか予言的なものを感じないだろうか。すくなくとも、モーツァルトやバッハとならべてビートルズの名前をだされても、当時の観客に与えたような衝撃的な違和感はもう感じられないだろう。

クリントンは「ポール、さっきから考えていたんだけれどね、ほんとに偉大な音楽家は君をはじめとしてみんな我々の世代なんだ。どうしてなんだろうね。おもしろいね」なんて言っている。できることなら自分もその中にはいりたかった、という気持ちがありありと表情に出ている。

アメリカの大統領といったら世界一の権力者、世界一の激職だ。けれど芸術家として後世に名前を残すことにくらべてその達成感はどちらが大きいだろう。いくら犠牲者支援のボランティアのコンサートだからといって、大統領経験者が自分のほうから楽屋にやってくるなんて異例のことだ。ポール・マッカートニーの名前がそれを可能にしたのだ。


大統領といえば、ポールは最近ホワイトハウスで今度はオバマ夫妻を前にして歌った。「こんな歌を歌っては大統領閣下が気を悪くなさるかもしれませんが…」と冗談を言ってから、かれは「ミッシェル」を歌った。ご存知のようにこの歌はフランス語のできない男がフランス娘に愛を語る、という体裁になっていて、フランス語が混じる。

『ミッシェル、
いとしい人、
なんてすてきなひびきなんだろう』

愛している、ただそれがいいたいだけ。
でも君にはわかってもらえない。
だからぼくの知っているただひとつの言い方で
『なんてすてきなひびきなんだろう』

もちろんオバマの奥さんの名前が「ミッシェル」だから歌ったのだ。


ポールは現在世界で一番有名な動物愛護論者であり、ベジタリアンだ。かれは若いときスコットランドに牧場をもっていた。最初の奥さんのリンダ(30年近くつれそって、がんのためになくなった)といっしょにラム・ローストを食べていて、ふと窓の外を見ると仔羊が何頭も跳ね回っている。それを見て、皿の上の肉があの動物だと気がついたとたん、ふたりとも肉を食べる気がしなくなった、というのだ。

私はスコットランドに行ったことはないけれど、アイルランドに行ったことはある。アイルランドでもいたるところに羊がいた。ほんのちょっとした草っ原のようなところで羊を飼っているのだ。それだけ羊の肉が好まれているのだろう。なるほどそこでラム・チョップを食べようと言う気にはならないかもしれない。

最近も「もし屠殺場がガラスの壁でできていたら」というキャンペーンをはっている。もし食用動物を殺す現場を見ることができたなら、その残酷な扱いにショックを受けて、だれもがベジタリアンになるだろう、という主張だ。肉を食べるのをやめれば、石油の不使用よりも環境を保護できるとも言っている。

私の妻もリンダといい、やはりベジタリアンだ。乳製品と卵と魚は食べているから厳密なベジタリアンとはいえないかもしれないけれど、四つ足と鶏は食べない。彼女は私と結婚して猫を飼いだしてから突然動物への愛にめざめ、肉を食べなくなった。

私はベジタリアンではない。肉を食べる。しかしベジタリアンと一緒に暮らしていると結局はあまり肉を食べなくなる。ポールのキャンペーンの映像をYouTubeで見て、ちょっとポールに説得されそうになっている。


ジョン・レノンは戦争に反対してMBE (メンバー・オブ・ザ・ブリティッシュ・エンパイア)勲章を女王に突き返したが、ポールは騎士(ナイト)に叙勲され、「サー・ポール」になった。 英国のエスタブリッシュメントに反逆して出発したビートルズだったのに、今やかれ自身がエスタブリッシュメントである。

クラシックのオラトリオまで書いたポールだが、そしてたいていの楽器ならほかの人よりうまく弾けるポールだが、楽譜が読めないし書けない。ポールだけではない。ビートルズの全員が楽譜が読めなかった。それを励みにして音楽をやっている人がたくさんいるんじゃないだろうか。

あの4人組がリヴァプールから出てきてなしとげた偉業はほんとうに信じられないようなことだ。それまでの音楽の概念を根こそぎ変えてしまった。ビートルズがいなければ現在の音楽シーンはまったく違ったものになっていたことだろう。

特に感心するのはジョン・レノンだ。有名になり、影響力を持ったとたんにかれは自分の使命をさとった。これは並の人間にできることではない。ジョンは愛と平和の使徒となった。その理想のために短い生涯をささげ、銃弾に倒れた。私はジョンの「イマジン」を20世紀の最高の歌だと思う。

しかしビートルズの人気にもっとも貢献したのはポールだ。「イエスタデイ」「レット・イット・ビー」「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」など、かれの書いた曲は(もちろんすべてレノン・マッカートニー作曲ということになっているが)だれにも愛される美しいメロディーだ。

「ヘイ・ジュード」はジョンの息子ジュリアンの為に書かれた。ジョンはヨーコ・オノと出会って恋に落ち、最初の妻シンシアを離婚した。その時5歳だったジュリアンはほとんど父と会うこともなく、ジョンに対しては畏怖の念しかなかった。父親の愛を知らぬさびしい子だったようだ。そんなジュリアンを励ますためにポールはこの曲を書いたのだそうだ。実際、ジュリアンはジョンによりもポールのほうになついていた、と自分で言っている。1996年にこの曲のレコーディング用楽譜が競売にかけられたときにジュリアンは「ポールが僕のために作ってくれた曲だから」といって落札している。

ロンドン・オリンピックにこの曲を選んだのは、ポールにその「励ます」という意図があったからではなかろうか。そして我々は実際この曲によって励まされたのだ。
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