1989年創立 個の出会いと交流の場 研究会インフォネット
HOME 研究会インフォネットとは 会員規約 お問い合わせ
会員専用ページ
過去のINFONET REPORT カレンダー 会員連載エッセイ なんでも掲示板
会員紹介 財務報告
会員連載エッセイ
最近の記事 以前の記事
ボーダーを越えて
113 メキシコの息づかい
2007年9月28日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 国境の町ティファナ[Tijuana]でみつけた「働き蟻」。どこにでも転がっている石ころ3個と鉄材で作られている。高さは40cmほど。何でもないような材料でこんなに愉快なものを創り出してしまうメキシコ人の創造力が、なんともすばらしい。(買って国境まで歩いて運ぶには、石ころ3個は重かった。)
齋藤恵さんのエッセイ「フリーダ・カーロ」を読んでいるうちに、彼女を生み出したメキシコについてちょっと書きたくなりました。(齋藤さんのエッセイに触発されたのは今年で2度目になりますね。)といっても、メキシコの社会とか芸術とかについてまとめて述べられるだけの力量は私にはありませんので、ただの感想、というか、メキシコへの私の想いを連ねるだけです。まとまりがなくて申し訳ありませんが、興味のある方はお読みください。

***

我が家からメキシコとの国境までは車で40分足らず。それほどメキシコは近いのですが、国境沿いは本当のメキシコではない、とメキシコ人自身が言います。たしかに、国境沿いのメキシコは特殊な地域ではあります。それなら、「サンディエゴからメキシコ・シティまで車で日帰りできる?」と聞いた日本人がいました。いえいえ、メキシコは日本の5倍以上の広さなのですよ。サンディエゴからメキシコ・シティまではノンストップで運転し続けても丸2日はかかります。

メキシコの内部へ何回足を運んだことでしょう。行くたびにメキシコ人の寛容さやメキシコ社会の人間臭さに心を温められ、また行きたい、という気になるのです。たとえば、私は田舎のローカル線バスに乗るのが大好きなのですが、乗客も運転手さんも私たちがちゃんと目的地に着くようにいろいろ世話をなんの屈託もなく焼いてくれる。また、大都会のメキシコ・シティにも人と人との触れ合いがいっぱいあります。あるとき地下鉄で、足が不自由で歩けない男の人が電車の床に座ってギターを奏でながら歌を歌い、小銭を集めるのに出会いました。メキシコ人は声を張り上げて歌うのが好きですが、この男の人もなかなかいい声でしたよ。乗客たち自身、そう豊かな暮らしをしているようには見えませんでしたが、だれもが渋々とではなく、当然のように彼にお金を渡していました。

そう言えば、私がまだほんの幼い頃に、軍帽に白い着物を着た負傷帰還兵が電車に乗り込んで来て、アコーディオンを弾きながら哀しそうな歌を歌っては小銭を集めていたことが何度もあったのを思い出しました。あの頃は東京でも、他人のことは知らん振りという態度がはびこってはいなかったのですね。

メキシコは本当に味わい深い。帰って来るといつも、アメリカはまぁなんて味気ない社会なのだろうとつくずく思ってしまいます。

といっても、メキシコは決して天国のようにすばらしい所なのではありません。どんな国でもどこから眺めるかでその姿が違って見えるものですが、メキシコもご多分に漏れず、いろいろなイメージがあります。国境を接しているアメリカ(USA)から見ると、メキシコは貧しくて、政治が腐敗していて、国民は国境の北に流れ込むしか生活向上ができないという否定的なイメージがつきまっています。ところが南米から見ると、メキシコは豊かな大国に見えるのです。たしかにメキシコのGDPはラテンアメリカではブラジルに次いで2番目ですし、オーストラリアより上。また、南米で観るメキシコのテレビ番組からは、メキシコは同じラテンアメリカといってももっと北米的に感じられます。一方ヨーロッパでメキシコというと、眩しいほどに輝く太陽の下とアステカ文明とマヤ文明とメキシコ革命とが折り重なったロマンチックなイメージがとっさに浮かぶようです。

それらはどれもある程度当たっています。おまけに、人も環境も、美しいものや醜いもの、強いものや弱いもの、天使のように善良なものや悪魔のように悪徳のもの、優しいものや残酷なものなど、両極端がいつも共存混在していて混沌としているのです。美しいものだけを見ていると、醜いものに平手打ちを食らうような感じになることがありますよ。

そうしたメキシコの複雑さは、先住民の高度の文化と征服者のスペイン文化とが積み重なり、入り混ざって独特の感性が生まれ、その土台の上にさらに革命によって新しいメキシコを築き上げるという意識が生まれ、新たな文化が築き上げら、幾層もの文化が入り組んでいるからでしょう。

スペイン(ブラジルの場合はポルトガル)から独立を獲得したラテンアメリカ諸国の中でも、メキシコほど国民意識が強い国はないと思います。それはメキシコ革命というすさまじい内戦が1910年から10年以上も続き、100万人余の死者を出した後、新政府が前政権のアメリカ追従政策を打ち砕いて、ヨーロッパの重荷からも解放された新しいメキシコを建設しようと努めたためでしょう。多くの芸術家たちもこの新しい社会建設に参加し、1920年代から50年代にメキシコのルネッサンスと呼ばれるメキシコ独特の美術を生み出したのです。

数年前にロサンジェルス郡美術館[LACMA]でディエゴ・リベラ[Diego Rivera]の特別展示会があり、行ったみました。ヨーロッパ留学中にピカソやセザンヌに影響を受けた作品は、どう見てもおもしろくない。技術的には優れていても、リベラの中から沸き上がって来るものが感じられないのです。やはりヨーロッパの模倣でしかないのですね。ところが、彼がメキシコの題材をメキシコらしい色彩でメキシコ先住民の技法も取り入れて描き始めると、そこにリベラの息づかいが感じられる。

リベラの息づかいと意気込みが最も強く感じられるのは、ソカロ[zocalo]と呼ばれるメキシコ市中心広場に建っている政府の建物の、中庭に面した壁一面に描かれたメキシコの歴史を物語る壁画です。そこへはだれでも自由に無料で入れます。実は壁画は、齋藤さんの引用文にもある通り、革命後の新政権が、字も読めないような階層にもスペインに征服される前からのメキシコの歴史を教え、メキシコ人としての誇りを持たせようという意図で、積極的に促進したものなのです。リベラの他に、ホセ・クレメンテ・オロスコ[Jose Clemente Orozco]やダビッド・シケィロス[David Siqueiros]の3巨匠を中心に、壁画運動はメキシコ中はもちろん、国境を越えて北にも南にも広がっていきました。

メキシコ先住民の遺産を前面に押し出すメキシコのルネッサンス運動の中で、フリーダ・カーロは自分の肖像画を描き続けたのですが、だからといって、自分しか見つめていなかったのでは決してありません。メキシコ人としてのアイデンティティを確立した自分の姿を描くことによって、他の芸術家たちと同じように、高い政治意識を表現していると思います。それだけではありません。カーロは髪型や服装だけでなく、住居や室内装飾、そして食べるものまで、生活のあらゆる面でメキシコを生き抜いたようです。「食」は彼女の生活の中で重要な位置を占めていたようで、彼女が家族や友人たちのために作ったメキシコ料理のレシピを集めた本が『フリーダのパーティー』[Frida’s Fiesta]という題で出ています。カーロにとっては、芸術と政治と生活とは別々の活動ではなく、一体となって彼女の「生」そのものだったのですね。

政治性を前面に押し出す美術運動に反発した芸術家たちももちろんいました。ルフィノ・タマヨ[Rufino Tamayo]もその1人で、政治性のある絵は描きませんでした。でも、彼の作品にもメキシコの伝統はしっかり流れています。(彼はザポテック[Zapotec]という先住民族でした。)タマヨも先住民が残した文化遺産を愛したことは、征服以前の先住民の遺物の膨大な収集からも伺われます。メキシコ南部のワハカ[Oaxaca](「オアハカ」などと発音しないでください)にあるルフィノ・タマヨ博物館に展示されている彼のコレクションの中で私が大好きなのは、粘土細工の動物なのですが、1000年以上経ったものでも生き生きしていて息を呑むほどすばらしいものがたくさんあります。

それらを見ていると、メキシコ先住民にとっても芸術と政治と生活は一体となっていたのだなと感じます。そのことはいまでも続いていると思います。だからでしょうか、メキシコではヨーロッパと違って、いわゆる芸術品と民芸品との間の塀は低く、民芸品の芸術性も高く評価されているのです。その点では日本と似ているような気がします。メキシコの芸術家たちの多くは、芹沢けい介のようなのではないでしょうか。それもメキシコの魅力の1つです。
最近の記事 ページトップへ 以前の記事
ボーダーを越えて
雨宮 和子
かくてありけり
沼田 清
葉山日記
中山 俊明
寄り道まわり道
吉田 美智枝
NEW
僕の偏見紀行
時津 寿之
NEW
老舗の店頭から
齋藤 恵
ぴくせる日記
橋場 恵梨香
縁の下のバイオリン弾き
西村 万里
やもめ日記
シーラ・ジョンソン
徒然.... in California
明子・ミーダー
きょう一日を穏やかに
永島 さくら
ガルテン〜私の庭物語
原田 美佳
バックナンバー一覧
199 お葬式
198 とうとうやって来た日、そして雨
197 思い切り生きる
196 一夜が明けて
195 ヘザーと私の日本旅行記(6 下)文楽とフグ
194 ヘザーと私の日本旅行記(6 上)ショッピング
193 ヘザーと私の日本旅行記(5)多様な日本
192 ヘザーと私の日本旅行記(4 下)河津桜と温泉
191 ヘザーと私の日本旅行記(4 上)伊豆へ向かう
190 ヘザーと私の日本旅行記(3)葉山・鎌倉
189 ヘザーと私の日本旅行記(2)江戸・かっぱ橋・オフ会
188 ヘザーと私の日本旅行記(1) 日本到着
187 生ある日々を
186 花嫁の父
185 プラチナの裏地
184 家族をつなぐ指輪
183 「血の月」を追いかけて
182 ママハハだった母
181 アジア人(下)固定観念を越えて
180 ジプシーの目
179 選挙に映ったアメリカの顔
178 とうとう、きょう
177 アジア人(上)その概念
176 海軍出身
175 特攻志願
174 お祭り
173 ありがとう、で1年を
172 クリスマスプレゼントが今年もまた
171 スージー・ウォンの世界
170 秩序の秘訣
169 黒い雲の行方
168 ドアを開けたら
167 今年もまた
166 ボリビア(7)ボリビアで和菓子を
165 ボリビア(6)パクーの登場
164 ボリビア(5)卵の力、女性の力
163 ボリビア(4)小麦の都
162 ボリビア(3)米の都
161 ボリビア(2)2つの日系移住地
160 ボリビア(1)サンタクルス
159 闇の中で
158 みんなの宝物
157 新語の中身
156 年末のご挨拶
155 ピッチピッチチャップチャップ
154 神の仕業
153 ラタトゥイユ(2)レシピ
152 ラタトゥイユ(1)
151 プティ・タ・プティの最後の1片
150 ジプシーとの知恵競争は続く
149 豊かな粗食
148 中絶抗争
147 スーザン・ボイルの勝利
146 黄昏の親子関係
145 子ども好き
144 言葉雑感(8)regift
143 言葉雑感(7)「ん」の音
142 アメリカの理想
141 ときめく日の足音
140 言葉雑感(6)ミルクとは
139 ミルクの教訓
138 年末の独り言
137 投票日日誌
136 あと3日
135 ペイリンから見えるアメリカ
134 訴訟顛末記(1)まず弁護士を
133 園遊会で
132 柔の姿勢
131 言葉雑感(5)4文字言葉
130 豪邸の住人
129 言葉雑感(4)カミはカミでも
128 言葉雑感(3)ブタ年生まれ
127 言葉雑感(2)子年のネズミ
126 言葉雑感(1)グローバルなピリピリ
125 やって来た山火事(最終回)これから
124 やって来た山火事(9)いとおしい木々
123 やって来た山火事(8)現実に直面して
122 やって来た山火事(7)焦燥の2日間
121 やって来た山火事(6)私の方舟
120 やって来た山火事(5)避難準備
119 やって来た山火事(4)止まない風
118 やって来た山火事(3)第1日目の夜
117 やって来た山火事(2)第1日目の夕方
116 やって来た山火事(1)第1日目の昼下がり
115 しあわせな1日
114 チェ
113 メキシコの息づかい
112 「石の家」
111 「バッキンガム宮殿」での晩餐会
110 ケーキ1切れ
109 「豊かさ」の中身
108 イタリアの修道僧
107 3年ぶりの日本
106 キューバ:アメリカの恥
105 キューバ:バラコア
104 キューバ:甘い歴史の苦い思い出
103 キューバ:2つの通貨
102 キューバ:近過ぎて遠い国
101 ホンジュラス(最終回)去る者,残る者
100 ホンジュラス(19)シエンプレ・ウニードス
99 ホンジュラス(18)ガリフナ放送
98 あと1年、だったら
97 無信仰者のクリスマス
96 ホンジュラス(17)ガリフナ
95 ホンジュラス(16)バナナ共和国
94 ホンジュラス(15)マヤ文明の跡
93 ホンジュラス(14)牢獄の中と外
92 ホンジュラス(13)先住民の女性たち
91 ホンジュラス(12)一番安全な町
90 ホンジュラス(11)オランチョの森(下)
89 ホンジュラス(10)オランチョの森(上)
88 金鉱の陰で(追記)カリフォルニアで
87 ホンジュラス(9)金鉱の陰で(下)
86 ホンジュラス(8)金鉱の陰で (中)
85 ホンジュラス(7)金鉱の陰で (上)
84 ホンジュラス(6)原則に沿って
83 ホンジュラス(5)農地のない農民
82 移民政争とラティノの力(続)
81 移民政争とラティノの力
80 ホンジュラス(4)消え去った人々
79 ホンジュラス(3)ホテル・ナンキンで
78 ホンジュラス(2)レンピーラ
77 ホンジュラス(1)行ってみよう
76 本物を見る
75 豊かな心
74 蝶の力
73 単刀直入
72 愛の表現
71 ベネット・バーガー
70 感謝の日
69 思わぬ道草(最終回)原点
68 思わぬ道草(19)回復に向けて
67 思わぬ道草(18)人は孤島にあらず
66 「ニューオーリーンズ」に見えたもの
65 思わぬ道草(17)一歩後退の教訓
64 思わぬ道草(16)日没症候群
63 甦生の兆し
62 ニューオーリーンズとクリスチャン
61 思わぬ道草(15)もつれた糸
60 思わぬ道草(14)彼の青い目(下)
59 思わぬ道草(13)彼の青い目(上)
58 思わぬ道草(12)ローマ鎧
57 思わぬ道草(11)看護師騒動
56 思わぬ道草(10)近くの他人
55 思わぬ道草(9)ロールバー
54 思わぬ道草(8)楽観の2日間
53 思わぬ道草(7)一人三脚
52 思わぬ道草(6)長い夜
51 思わぬ道草(5)OR
50 思わぬ道草(4)ER
49 思わぬ道草(3)常習犯
48 思わぬ道草(2)目撃者
47 思わぬ道草(1)3月14日の夕方
46 訛った英語
45 イギリスの英語
44 英語とアメリカ
43 海の中に(下)
42 海の中に(上)
41 姓というマーカー(下)
40 姓というマーカー(上)
39 国籍あれこれ:選択肢
38 国籍あれこれ:彼の場合
37 国籍あれこれ:私の場合
36 ボーダーとは
35 最終回:グローバリゼーション
34 番外編:クリスマス・ディナー
33 サンタアナの風
32 お刺身パーティー
31 アボカド泥棒
30 アボカドと生きる鳥
29 カラスのご馳走
28 三つ子の魂
27 子宝のもと?
26 アボカド探検家
25 ゴールドラッシュの波紋(下)
24 ゴールドラッシュの波紋(上)
23 海を渡って(下)
22 海を渡って (上)
21 コンキスタドール
20 アボカド事始め
19 ハースマザーの行方
18 世界アボカド会議
17 フエルテ
16 ハースマザーの木(下)
15 ハースマザーの木(上)
14 鶏より馬
13 働く人々
12 花婿の父
11 シンコ・デ・マヨ
10 「奇跡の3月」
9 アボカド形の穴
8 父親不明
7 女性花・男性花
6 トーマスのギャンブル(2)
5 トーマスのギャンブル(1)
4 成熟と完熟
3 グァカモーレ
2 アボカドさまざま
1 メックスフライ
ページトップへ
Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved. Copyright(C) FORUM INFONET, All rights reserved.
掲載の記事・写真・イラスト等、全てのコンテンツの無断転載・複写を禁じます。
0 7 5 9 6 7 3 8
昨日の訪問者数0 4 0 6 3 本日の現在までの訪問者数0 1 2 5 3