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僕の偏見紀行
146 ミャンマー紀行(1)漠たる不安
2013年2月8日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ ホテル近くのビル。趣あるが老朽化が激しい。この付近は屋台や露店で賑わう。
▲ 屋台や露店の集まる一角。たくさんの人々が行き交い、歩いて楽しいところ。
▲ 身を乗り出し、客を呼び込むバスの車掌。
ヤンゴン国際空港には予定時刻に到着した。すこし緊張しながら入国審査へ向かう。審査ブース前の行列が長くなると、係員が素早く動き、並んだ人々を外交官用ゲートへと誘導してくれた。

僕のパスポートをチェックした係官はそれを返しながら、僕に何か言った。よく聞き取れなかったが、日本語で挨拶してくれたようだ。予想外の展開に僕は動揺し、応えるゆとりがなかった。

税関での荷物検査も殆どフリーパス、荷物を検査装置に通すだけ、何の質問も無かった。民主化が進行中とはいえ、未だ軍部が実権を握る国、無意識のうちに肩に力が入っていた僕は拍子抜けした。

両替所でピカピカの100ドル新札(これには訳がある)をミャンマー通貨チャットに交換する。本日(2013年1月16日)のレートは100ドル=85200チャット(約8500円)、まずまず妥当な相場だ。

税関を出てすぐにタクシーカウンターへ行く。予約したホテル名を告げると、10ドル!と係りの若い女が威勢よく言ってバウチャーを切った。出口前のクシー乗場は人が溢れていた。到着した乗客、出迎えの人、荷物運びのポーターで一杯だ。強烈な日差しを浴びながら、その熱気と喧騒に包まれ、僕はアジアに来たことを実感した。

乗り込んだタクシーは日本製中古車、もう日本では見かけないかなりの年代モノだ。ドライバーは僕が日本人と見て取るや、ジャパニーズカー、グッド・グッド、チャイニーズ、ノウグッドと連呼する。大通りを走っていると時おり○○工業所など漢字の社名が残る車に出会う。日本の中古車をそのまま使っているようだ。

タクシーにエアコンは無く、冬服の僕は暑さに閉口しながらも、到着するまで感じていた漠然とした不安が解消し、ホッと一息ついた。出発前はいろいろ不安だったが、無事ここまでたどり着いた。

最近のミャンマーブームに刺激された僕は、あまり観光客に荒らされないうちに見ておくか、そんな軽い気持ちでミャンマー行きを決めた。ネットで検索し、往復5万6千円という手ごろな価格の航空券を入手した僕は、とりあえず2週間という旅の大枠を決めることからプラン作りを始めた。

そして未だ情報が少ないのか、薄っぺらなガイドブックを繰りながら、どこへ行こうか思案した。首都ヤンゴンをベースに、世界的にも貴重な仏塔建築群が広がるバガン平原、ミャンマー最後の王朝の都マンダレー、冷涼なシャン高原に広がるインレー湖、こんなところが見所のようだ。

移動手段はバス・列車・飛行機といろいろありそうなので後回しにして、僕はホテルの手配から始めた。それぞれの観光ポイントでは少なくとも3泊はしたい。そう思いながら予約サイトで検索したが、これがそう思い通りにはいかなかった。

ご希望の日にこのホテルはお取り出来ません、サイトにそんな表示が続いた。しかも価格が高い。どうも押し寄せる観光客に対してホテルが少なく、慢性的なホテル不足のようだ。仕方なく僕は少々高めでも、少々不便な場所でも我慢することにした。

それでも欧米人に人気があるというインレー湖では、同じホテルでの3連泊はどうしても取れなかった。仕方なく毎日異なるホテルに3泊する羽目になってしまった。今までのアジア旅でこんなことは無かった。

都内のミャンマー大使館にビザ申請に行ったときも驚いた。窓口には、ビジネスマンらしき中年の男達、若い男女グループ、そして旅行代理店担当者などの長蛇の列が出来ていた。これは大変だ、こんなに多くの人が出かけるのか、僕は焦った。

簡単に考えていた移動手段も調べてみると問題ありだった。バス・列車ともに運賃は安いが、利便性や快適さに欠けるという。列車は本数が極端に少なく、線路のメンテナンスが不充分なため縦揺れが激しく乗り心地が悪い。

バスは沢山走っているが、大半は日本の中古車で、満員になるまで客を詰め込むためくつろぐゆとりなど無い。こんな状況で10数時間の、しかも夜行旅となると、これはかなり辛い。

結局ミャンマー国内の移動は飛行機に頼るしかなかった。国内線は4〜5社が主要都市間で定期便を運行しており、僕が目指す主な観光地へも毎日定期便が飛んでいる。当初僕は国内線は現地で手配すればいいだろう、と軽く考えた。ところが何の気なしに、ある航空会社のサイトを開いてぶったまげた。

1月下旬搭乗予定の航空券を12月始めに検索したのだが、未だ一ヶ月半も先だというのに、1月分は既に受付締切、2月分を早めに手配してほしい旨の告知が出ていた。ホテルは何とか確保したのに、移動手段が決まらなければ何ともならない。

途方にくれた僕はガイドブックを再度チェックし、探し当てたミャンマーに強い代理店に国内線航空券だけの手配を依頼した。代理店はすぐに引き受けてくれたものの結局キャンセル待ちとなった。

依頼した4区間全ての航空券が取れたのはそれから1月以上過ぎた、出発の1週間前だった。その間、航空券が取れなかった場合の次善の策を考えたが、いずれもいい考えは浮かばず、夜行のバスまたは列車による10数時間の長旅を覚悟するしかなかった。

さらに通貨の問題もあった。ミャンマーで通用する外貨は米ドル現金のみ、日本円は使えず、クレジットカードもトラベラーズチェックも使用できない。そのうえ米ドルもシワやよごれのあるものは受け取りを拒否されるというのだ。

円やクレジットカードが使えないというのは本当に不便なことだ。しかし悩んでも仕方ない、僕はいろいろ考えた末、両替用の100ドル札と支払い用の小額ドル紙幣を多めに用意し、シワにならないよう厳重に封筒に保管して持ち込むことにした。僕は準備した真新しい1ドル札の分厚い束を前に、一体コイツをどうやって持ち歩いたものか、考えるとユーウツになった。

その上さらに気候の問題もあった。基本的に1月のミャンマーは旅行に適した乾期にあたる。しかし地域によっては日中暑くとも朝晩はかなり冷え込む。特に僕が楽しみにしているインレー湖は高原の湖であるため、朝晩は日本の冬並みに冷え込むらしい。

しかも宿泊予定の水上ホテルは、小さなボートで1時間もかかるところにあるようだ。寒い湖上を吹きさらしのボートで行くことになるとは、寒がりの僕は途方にくれた。結局夏と冬両方の衣類を持参することになり、たかだか2週間の一人旅には大げさな荷物となった。

旅の準備は本来心弾むものだが、今回は現地の状況を知れば知るほど不安が増した。しかし考えてみれば、乗り心地の悪い長時間のバス旅など、アジア旅ではごく当たり前のことなのだ。

バックパッカーの真似事でもしてみたい、などといいながら、こんなことであわてるとは、いかにも潔くない話ではある。もしこれが5年前なら、僕もこんなにネガティブな情報に振り回されなかっただろう。これもまた一興、と面白がったかもしれない。淋しいことだが歳月は流れ、僕も少々年老いた。

タクシーはヤンゴンのダウンタウンの中心にあるホテルに着いた。こじんまりとしたホテルはシンプルで清潔だった。若いフロントスタッフは正確な英語を話し、親切で仕事が速かった。静かで眺めのいい部屋を希望すると、すぐに最上階10階の角部屋を用意してくれた。

部屋の大きな窓からは、眼下の大通りを行き交う人や車、古びたビルの街並みの向こうに輝く黄金の仏塔などが見えた。

部屋に荷物を置いた僕は付近の散策に出かけた。大通りに面して高いビルが並んでいる。コロニアル風というのか、凝った造りで趣きあるが、いずれも古色蒼然として老朽化が激しい。イギリス統治時代のものだろうか。イギリスは綿密な都市計画をもとにヤンゴンの街造りをしたという。そのため中心街は何本もの大通りが整然と並び、歩きまわるのに便利だ。

ビルの多くは雑居ビルで、1〜2階は食堂・電気製品・雑貨屋・お菓子屋などの店舗がびっしり続いている。上の階は住居になっていて、洗濯物が盛大に乾されている。ビル前の路上には屋台が並び、いい匂いの湯気を立て、串刺しおでん風の露店では客が大なべを囲んでいる。串をなべのスープで煮て食べるようだ。その傍らにはミカンやイチゴ、蒸かしトウモロコシの露店が並び、大声で客を呼んでいる。

すぐそばのバス停では、ひっきりなしに年季のはいったバスが発着し、その多くはドアや窓が壊れている。たまにまともなバスが来たと思うと日本の中古バスだった。ボディに書かれた○○交通などの漢字が懐かしい。ドアの無い乗り口から身を乗り出し、車掌が大声で行き先を連呼し客を集める。

黄昏の空に、ライライライ!ニャニャニャ!など、物売りやバスの車掌のかけ声が響き渡る。なまぬるい風に吹かれ、熱気に満ちた雑踏を歩く。心が晴れ晴れと広がり、限りない自由を感じる。

夕食はホテルのレストランにした。ミャンマーカレーセットとミャンマービール、8ドル。ビーフカレーに野菜炒め、生野菜、豆のスープ、フルーツなど盛沢山のメニュー。濃い味のカレーをいい香りのご飯にかけてかき込む。美味しい!かみしめると牛肉の旨みが口中に広がる。

乾いた空気の中を歩き回った後のビールの旨さは言うまでもなく、クセのないさっぱりとした味わいのミャンマービールは僕の好みによく合った。

この国は何かと不便なことが多そうだが、食い物さえ旨ければ、この先も何とかなるだろう。(続く)
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83 シルクロードの旅(6)国境越え
82 シルクロードの旅(5)ブハラ、深夜のトイレ
81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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79 シルクロードの旅(2)青の都サマルカンド
78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
77 小笠原の旅(7)惜別
76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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