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80 ラ・リュッシュ (La Ruche)
2007年8月11日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。


ラ・リュッシュ (La Ruche)


猛暑お見舞い申し上げます。いやあ、暑いですね。私はどちらかと言えば、寒さよりも暑さに弱いものですから、この時期は「冬眠」ならぬ、「夏眠」を決め込んで生き延びることにしております。

こんな暑さの中ですが、今年は昨年までとは違って、不思議なさわやかさも感じています。何故かなあと自分でも不思議に思っていたのですが、少し思い当たることがありました。それは日本の政権党が選挙で大敗したことでした。

私は極めて非政治的なタイプですので、政治を正面切って論ずることなどはできませんが、政権という絶大な権力を持っている党派が、弱体化するというのは本当にすばらしいことですね。どんな党派でも、独裁は腐敗と衰退をもたらします。政権など、絶えず大もめにもめていた方が、私のような市井の民にはよほど快適なのだと、久々に実感しました。日頃の私らしくない余談でしたが、失礼がありましたらご容赦を。

ところで、フランス語の辞書を引くと、ruche とは「蜂の巣」を意味する女性名詞だと書いてあります。上の画像は ruche に、女性名詞単数用定冠詞の la がついて、La Ruche (蜂の巣) と名付けられた建物で、場所はパリ15区、モンパルナスのはずれの方のダンツィッヒ小路 (Passage de Dantzig) にあります。

あのあたりはお世辞にもきれいとは言えない地域で、地図で見てもすぐそばには Fourriere Municipare (パリ市、野犬収容所)だとか、Objets Trouves (拾得物預かり所)などという施設がありますので、住環境としてあまりよい場所とは思えません。

この建物、実はもともと1900年に開かれたパリ万博のパビリオン(ワイン館)を再利用して作られた正16角形の建造物なのです。アルフレッド・ブーシェという彫刻家が計画し、今から100年ほど前の1903年に自分の夢を実現させたものなのです。

ブーシェは、19世紀末から20世紀初めにかけて、もっぱら貴族や著名人の銅像を作って財をなした人で、一時はロダンよりも注文が多かったこともあったと言います。彼は作品で美術史に名を残すことはありませんでしたが、このラ・リュッシュの創設者として永遠に記憶されることになりました。

この16角形という円に近いような多角形の建物(万博の際の、もともとの設計はエッフェル塔の設計者、ギュスターフ・エッフェルです)の内部を小さく仕切ってアトリエにすると、まるで蜂の巣を思わせるような建造物になりました。そうやってブーシェは、貧しくてみじめだった自身の売れない時代を思い返し、若くてまだ売れていない芸術家が、安く住める施設を作ったのです。万博の他の展示館の廃材を使って、家族持ちや共同アトリエも付け足すと、なんと部屋数140もある、巨大な安アパートが出来上がったのです。

1903年にまず24のアトリエがほとんどタダみたいな値段で開放され、それから次第に売れない芸術家達が移ってきました。シャガール、キスリング、モディリアーニ、スーチン、レジェ達、後に 「エコール・ド・パリ」 と呼ばれることになったアーティストの何人かがここで修行の時代を過ごしました。

ラ・リュッシュの部屋の中には、1ヶ月分の家賃が3時間のモデル料よりも安い部屋さえあったのに、きちんと家賃を払っていたのは、ほんの一部の人達だけだったと言われています。家主のブーシェが、金のない人からは取るな、と集金人に命じていたからです。

19世紀末、20世紀初頭のパリは、新しい芸術運動がまさに咲き乱れるといった雰囲気でしたね。印象派はすでに開花し、それに続いて様々な試みがなされていました。まさに百花繚乱。

そんな中で、ラ・リュッシュは時代を追い越そうとする人々の「ゆりかご」兼「待合室」兼「とりで」のようなものでした。ピカソなどもこの時期、ここに頻繁に出入りしていたようです。

「誰かの絵が売れると、祝宴で大騒ぎでした。すきっ腹を抱えた人達は、そうやって食べ物にありつきました」

当時ここで何年かを過ごした画家の述懐ですが、目に浮かぶようですね。本能的に自由を愛する芸術家のタマゴ達(その多くは外国人でした)が、エトランゼの不安と哀愁に加えて貧困とデカダンも共有しながら、熱い議論を交わしつつ、新たな芸術を作り出していったのでしょうね。

1914年に第一次大戦が始まると、芸術家達は戦場に送られたり、祖国に帰って行き、この建物は接収され、避難民の収容所になりました。でも戦争が終わり、接収が解かれた後は、もう元の芸術家達の村に戻ることはありませんでした。家主のブーシェは、敷地の一角に自宅を構えて住み続けていましたが、すでに時代遅れになっていた彼の彫刻はもはや売れず、改修しようにもお金がなくなっていました。こうした中で、ブーシェは1935年にひっそりと世を去りました。彼の本当の芸術作品は、たくさん作った銅像ではなくて、このラ・リュッシュだったのかもしれませんね。

第2次大戦中は、ナチスのゲシュタポ (Geheime Staatspolizei = 秘密警察) とレジスタンス派が入り乱れる場所になったりしたものの、建物は朽ち果てる一方で、戦後も建物の荒廃が進む一方でした。

上のような現在の状態になったのは、1971年以降のこと。直接のきっかけは、ブーシェの子孫が1967年に、この土地を勝手に売ってしまったことに端を発するのだそうです。

当時住み着いていた50人余りの住人が、ここにゆかりのある芸術家や世界中の美術愛好家達にアピールを発して、保存・復元を呼びかけたのです。シャガールがその運動の代表者になってくれ、ピカソやレジェ未亡人達が作品を寄贈してくれました。

さらに当時のマルロー文化相(あの作家であり、美術史家、評論家、そして政治家であったアンドレ・マルロー氏です)も大いに後押しをしてくれた結果、土地を買い戻し、建物も歴史建造物に指定され、国と市によって改築・維持されることになったのです。

今でも100人以上の画家だけでなく、主として外国から来た様々な芸術家が住んでいるのだそうですね。パリにはこうした公営の芸術家達の格安アトリエが数多くあると聞きます。そしてこうした中から、新しいうねりが出てくるのですね。

パリの街でいつも感じることですが、あそこでは芸術は美術館に収納されているだけではないのです。日々の暮らしの中に積極的に取り入れられ、そしてそれを追い越そうとしている現代の若手達が、日常的に積極果敢に挑戦し続けている。そんな気がします。

トマホークというミサイルが1基いくらするのか、正確には僕は知りませんが、1基分のお金があったら、ずいぶんと多くのアーティスト達が大きく育っていけることでしょうね。

ちなみにラ・リュッシュのすぐ近くには「ジョルジュ・ブラッサンス公園 (Parc Georges Brassens)」という公園があります。ブラッサンスは、ギターを弾きながら淡々と歌うシャンソン歌手でしたね。ブラッサンスの作品こそ、庶民の歌「シャンソン」の真髄と言えると聞いたことがあります。私も好きな歌手でした。(1981年没)

殺伐とした話題に満ちている今の世界だからこそ、こんな奇特で寛大なスポンサーシップと人間の知性や感性を、どういう分野に向けて花開かせるべきなのかということを、大いに考えてみたいと思うのです。

久しぶりに今夜は、ジョルジュ・ブラッサンスでも聴いてみようかなと思います。レオ・フェレもいいですね。


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