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縁の下のバイオリン弾き
59 絵に描いた餅(もち)
2012年11月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ カミーユ・クローデル

「脂身(あぶらみ)を切ってくれないか。おれは脂身がきらいなんだ」

これは「3時10分、決断のとき」という映画でラッセル・クロウが言うせりふだ。

「3時10分、決断のとき」は2007年制作の西部劇だ。今どき西部劇自体がめったに作られないから私はすぐに見に行った。うれしいことにこの映画は水準以上のできだった。

「3時10分」というのは汽車が発車する時刻だ。アリゾナのユマに刑務所がある。そのユマ行きの列車が3時10分に出る。

アリゾナ一帯をパニックにおとしいれた強盗団の首領がある町でひとりだけ逮捕される。この男をユマまで護送しなければならないが誰も手をあげる者がない。最後に、借金のために牧場を手放さなければならないところまで追いつめられていた近郊の牧場主が、報酬につられてその仕事を買って出る。

ふたりはホテルの一室にこもってその3時10分が来るのを待つのだが、思いもかけなかったことに手下の強盗団が町を制圧し、保安官が殺されてしまう。牧場主は寝返った町の住民全員を敵にまわして戦わねばならぬはめになる。首領を解放すれば命が助かるだけでなく、護送の報酬以上の金が手に入る。ことわれば犬のように撃ち殺されるだけだ。さあどうする、というのが筋だ。

実はこの映画は1957年作の「決断の3時10分」という映画のリメイクだ。(原題はどちらも“3:10 to Yuma”という)。

原作でも新作でも牧場主は首領を自分の家まで連れて行って食事をさせる。妻が作ったのはビーフ・シチューだ。手錠をかけられた首領が食べ悩んでいるのを見て、彼は親切に肉をこまかく切ってやる。その時に首領がぬけぬけと言うのが冒頭のせりふだ。

私は新作を見てあきれてしまった。脚本家はこの場面をそっくりそのまま原作からとってきているのだ。そんな馬鹿な、と思った。

このせりふは原作が1957年に作られている、ということを考えなければ理解できない。そのころのアメリカ社会では肉といえば赤身も脂身もすべて食べるのがあたりまえのテーブル・マナーだった。だからこそ「脂身はきらいなんだ」という首領はとんでもないわがまま者だ、ということになる。無法者なら言いそうなことだと観客を納得させる効果がある。

ところが半世紀たった現在では脂身は健康に悪いことになった。肉を食べるときに脂身を切り離して食べ残すのは美徳ですらある。みんながそうやっている時代に「脂身はきらいなんだ」と役者に言わせたって原作のあの場面が持っていたインパクトは全くない。この映画の制作者たちはそんなこともわからなかったのだろうか。

これを見てもわかるようにアメリカの映画というと食べ物のあつかいがどうもいいかげんだ。たいてい男が脚本を書いているから料理のことなどはどうでもいいと思っている。

料理の専門家を描いた「ジュリー&ジュリア」(2009年)でさえそうだ。主人公のジュリア(メリル・ストリープ)がパリで料理を勉強する。クラスメイトのシェフたちが一瞬のうちにタマネギをきざんでしまうのに目をむいたジュリアは、ものすごい量のタマネギを買い込み、自宅の台所で一心不乱にそれをきざむ。夫が仕事から帰ってくると台所いっぱいにきざまれたタマネギのにおいで目も開けていられない、という描写がある。

話をおもしろくするためだ、ということはわかるのだが、本当に料理に関心がある者が映画を作ったらこんな場面は入れないにちがいない。

料理をうまく作ることとタマネギをみじんにする技術はほとんど関係がない。いくら手早くタマネギをきざめても、それで料理が上達するわけではないからだ。第一、タマネギをきざむコツをつかむには10個もあれば十分で、台所いっぱいのタマネギを使うなんてナンセンスだ。

しかもジュリアは包丁をにぎってバンバンとまな板に打ちおろしている。あんなやり方ではタマネギはきざめない。

ね、アメリカ人て料理に関してはだめなんだ、ということがわかるでしょう。アメリカ映画ではまず食事の場面が少ない。そういう場面があっても何を食べているかわからないことが多い(クリスマスや感謝祭のターキーは別だ)。

そこへ行くとフランス映画はちがったもので、作る人も見る人も食べ物に興味を持っているから、食事の場面がよくあらわれるばかりでなく、何を食べているかがちゃんとわかるようになっている。

「シシリアン」(1969年)というフランスのギャング映画を思い出す。ジャン・ギャバン扮するシチリア人の家長は食卓で家族のそれぞれにスパゲッティを取り分けてやる。

なんでもないようなことだけれど、ちょっと考えてみてください。「ゴッドファーザー」(1972年)にそんな場面があっただろうか。あの映画は原作の小説からして大家族の家長に対するオマージュだ。イタリア人とはどういうものかということをこれでもかこれでもかと追求した映画だ。それなのにマーロン・ブランドが食事をする場面はなかったと思う。ましてスパゲッティをみんなに取り分けてやるなんてことは(いちばんイタリア人らしいことなのに)なかった。

私はアメリカに来てからフランス映画を見ることが少なくなった。この国では外国映画はあまりはやらないのだ。でもその少ないフランス映画を見てもフランス人の食に対する執着はよくわかる。

まずあげたいのは「王妃マルゴ」(1994年)だ。これはイザベル・アジャーニ主演の華麗な歴史大作で、アレクサンドル・デュマの小説が原作だ。ふつうは映画は小説に遠く及ばないものだけれど、「王妃マルゴ」に限っては原作よりも映画のほうが断然いい。カトリック勢力が新教徒を一掃しようとした「聖バルテレミーの虐殺」(1572年)という事件を背景にした物語だ。主人公のラ・モール伯爵が、敵に殺されそうになったところを親友ココナスに助けられる。

ココナスは彼を介抱し、パスタ料理を食べさせるのだが、その時に「どうだ、トマト、タマネギ、バジリコだ」とつぶやく。パスタにかけたソースを自慢しているのだ。

トマトは当時アメリカから渡ってきてやっと半世紀。最初は毒があると思われていたので観賞用の植物だった。このころでも食用にされていたかどうか疑問だ。わざわざそんなことを役者に言わせる、というところがおもしろい。1572年にトマトを使っているんですよ、この男は、といいたい監督の意図をよくあらわしている。

あるいは「ダントン」という映画がある(1983年)。フランス革命の大立者ダントン(ジェラール・ドパルデュー)が政敵のロベスピエールを昼食に招く。あるホテルの一室での会食だ。ロベスピエールが到着する前にウェイターたちがつぎからつぎへと豪華な料理をはこんでくる。それをダントンは「これはなんだ」「それはどうやって食べるのだ」と質問ぜめにする。これはあきらかに観客のために聞いているのであって、観客が食べ物に興味をもっていると思わなければこんな描写をするはずはない。

そのドパルデューとイザベル・アジャーニが共演したのが「カミーユ・クローデル」だ(1988年)。ドパルデューが彫刻家のロダンを演じ、アジャーニが彼の弟子で愛人だったカミーユを演じた。

カミーユの実家クローデル家はブルジョワだ。ロダンを招いて庭で昼食をとる。富裕で円満な家族がぜいたくな食事をしている。とても楽しそうだ。ところがロダンがおかえしに彼らをまねいた時には「ローズ(妻)は料理が上手なんだ」という彼のことばとはうらはらに貧寒なものしかでてこない。その対比によってロダンのわがままでひとりよがりな性格がおのずと表される、というこった作りになっていた。

金持ちの話ばかりじゃ、というなら、やはりドパルデュー主演、ゾラ原作の「ジェルミナール」がある(1993年)。炭坑夫の悲惨な人生を描いた映画だ。冒頭に炭坑夫の妻が金持ちの食卓から子供たちのために食べ残しのパンを分けてもらう場面がある。

夜中に起きだして炭坑に入る準備をする。ざぶとんほどもあるパンにやわらかいチーズをぬっている。それ一枚だけが昼食だ。夕食は一家でポ・ト・フーを食べている。子供たちはスープと野菜を食べ、炭坑で働く父親だけが肉を食べている。そういうところを細かく描写するのが料理に関心のあるカメラだ。

アメリカだって庶民の食事ならよく出てくるよ、と言われるかもしれないがカメラワークがちがう。アメリカ映画では食べ物自体をうつすことが少ないし、発想がおざなりなのである。

たとえば西部劇でカウボーイが食べているものといったら「3時10分」をあげるまでもなく、いつもシチューなのだ。肉のシチュー、豆のシチュー。もうまるでカウボーイと生まれたからはほかの食べ物には手を出しません、という感じ。現代のカウボーイ物語である「ブロークバック・マウンテン」(2005年)だって羊の番をする二人の若者は毎日毎日缶詰の豆のシチューを食べている。

「スティング」(1973年)にロバート・レッドフォードが場末のカフェテリアで食事をする場面がある。そのときに彼が食べるのは「ブルー・プレート・スペシャル」つまり「青い皿定食」だ。その定食がどんな料理なのかは画面にはあらわれない。彼はその晩カフェテリアのウェイトレスと一夜をともにするのだが、孤独で金のないこの若者のせつなさを表すには「定食」と言っておきさえすれば十分だと脚本家は思ったのだろうか。

しかしアメリカでもっと食事をていねいに描け、といってもちょっと、と思わないでもない。1988年制作の「ミッドナイト・ラン」という映画がある。賞金かせぎがギャングの金を横領した会計士を警護しながらアメリカを横断するロード・ムービーだ。その中で賞金かせぎのロバート・デニーロが会計士にむかって「まあそうぶつぶつ言うな。金が入り次第ジューシーなビフテキを食わせてやっからさあ」と言う。つまり二人の頭のなかでうまいものといったらステーキなのだ。現実にアメリカではそうなのだから、「想像力を働かせろ」といってもその余地はあまりないのかもしれない。

それではフランス人の監督がアメリカでとった映画はどうだろうか。実はルイ・マル監督がアメリカでとった「マイ・ディナー・ウィズ・アンドレ」(1981年)というおあつらえむきの映画があるのです。ただ残念なことにこれは日本では未公開で、DVDも出ていないそうだ。それでは話にならないのだけど、この映画は二人の演劇関係者が一夜会ってレストランで食事をする、というだけが筋だ。二人は人生、仕事、愛などについて縦横無尽に議論を展開する。登場人物はこの二人しかおらず、だから映画といっても二人の会話の内容が興味の中心で、それ以外には何のドラマもないという異色の映画だ。

レストランで会った二人はちゃんと料理を注文するから彼らがなにを食べたかということは(料理の名前だけは)わかる。しかし彼らが実際に料理を食べているシーンはほとんどないし、料理の映像も出てこない。話を聞いているうちにコーヒーになってしまう。フランス人の監督でもアメリカでとるとアメリカ流の映画にならざるを得なかったことがわかる。

この稿で私は「映画と食事」そのものよりもアメリカ映画とフランス映画がいかにちがうか、という対比がしたかったので、米仏以外の国の映画にはあえてふれなかった。選択があまりに主観的にすぎるのは私の見た映画の数が少ないからで、その点はご容赦いただきたい。
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