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僕の偏見紀行
151 ミャンマー紀行(6)バガン、出会いと夕景
2013年3月14日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ シュエ・サンドー・パヤー中腹の回廊から眺めたオールドバガン。
▲ 夕陽を眺めるためにシュエ・サンドー・パヤーの急な階段を登る観光客。既にかなりの人数が回廊に上がっている。
▲ 同じくシュエ・サンドー・パヤーから見たオールドバガンの夕景。
ミャンマー料理の旨い昼飯に満足した僕は再び馬車に乗り込んだ。午後になって一段と厳しさを増した日差しが乾いた大地に降容赦なく降り注ぐ。この暑さの中、寺めぐりも楽ではない、ふと怠け心が生まれる。

そんな僕の思いを察知したのか、ドライバーがさりげなく言い出した。「ボートに乗らないか、川から仏塔を眺めるのも悪くないぞ。特に日本人に評判がいい。」

僕は心に涼しい川風を思い浮かべ、ついその誘惑にまけてしまった。後から思えば、僕の怠惰な精神をこのオヤジに見透かされ、してやられた感は否めない。

バガンはミャンマーを南北に縦断する大河エーヤワディー川のほとりにあった。ボート屋の事務所に着くと、ドライバーは素っ気ない態度になった。ボート屋の言い値を値切ろうと必死な僕を尻目に、オレは関係ないもんね、と離れたところでそっぽを向いている。

ボートのチャーター料は1時間で2千円だった。え、そんなに高いのか、思わず僕はドライバーを振り向いた。どうりでここに来るまで、料金など詳しいことは何も言わなかったはずだ。はなからそう聞いていればやめたかもしれない。なにしろ馬車の1日チャーターより高いのだから。

どうしよう、しかしここまで来ていまさら・・・、と僕の心は千々に乱れた末、川風の誘惑に敗れた。ボート屋の少年に案内されて急斜面の土手を下り川岸へ向かう。そこに係留されたボートを見て僕は驚いた。料金が高いはずだ。古めかしい船外機を備えた、優に50人は乗れそうな屋根つきの船だ。団体利用が主で、一人はあんまりいない、と少年は言う。

ボートの中央のベンチに僕は座った。腕を組み大きく足を広げ、ふんぞり返った。川面を涼しい風が吹いてくる。雄大なエーヤワディ川は悠然と流れ、対岸は霞むほど大きい。僕の視界には空と雲、そして舳先の向こうにかすかに浮かぶ白い中州しかない。

しばらく上流に進むと、右手遠くにバガンの仏塔群が小さく見えて来た。川岸の砂浜の向こうの空の下に浮かぶその影は、間近に見るより確かに風情があった。

やがてボートは遠くに見えていた中州に到着し、錨を降ろした。早速飛び降りて白い砂地を歩き回る。無人島に上陸した気分だ。遠くに川岸が霞んで見え、時おり運搬船や小屋がけをしたイカダが通り過ぎていく。ひときわ目立つ白い客船はマンダレーへ向かうクルーズ船だという。

雄大な風景の中であっけなく1時間が過ぎた。事務所へ戻って主人から熱いミルクティーをご馳走になった。日陰で飲む甘いお茶は、乾いたのどにとても美味しかった。馬車で昼寝をして、ゆっくり休んでいたドライバーも満足げにお茶を啜った。僕には、1時間2千円でも悪くないクルーズだったが、彼はもっと「悪くない思い」をしたに違いない。

ボチボチ夕陽を眺めるポイントへ行くか、そういって再び馬車は動き出した。なにしろそこは人気があるため観光客が殺到する。だから早めに行って場所を確保するのだ。絶景かもしれないが、人混みはちょっと嫌だな。

車輪をめり込ませながら細い道をたどり、潅木地帯を抜けるとバスや馬車が集まる広場へ出た。その先の空に夕陽ポイントのシュエサンド・パヤーが聳え立っている。それは見上げるほど巨大な仏塔で、何層もある回廊には既に人が群れている。さらにそこに至る階段を沢山の人が連なって登っている。最上部の回廊は鈴なりの人が日没を待っている。

未だ夕陽には早いのだが、僕も団体客に続いて階段を登り始めた。狭くて急な階段を手すりにしがみついて登る。途中で下を見ると眼がくらみそうだ。僕のすぐ前を、かなり年配の白人女性が重そうな身体で息を切らしている。いつもながら欧米系老人のパワーには圧倒される。

僕はなんとか回廊の一角に場所を確保できた。いつの間にか空には薄い雲が広がり、きれいな夕陽は期待できそうにない。眼下の夕もやの中に、大小様々な無数の仏塔・寺院が延々と広がっている。赤茶けた大地と濃い緑の木立、その合間のくすんだ色調の仏塔群は初めて見る幻想的な光景だった。

それにしてもこの膨大な数の仏塔・寺院を建造したエネルギーを思うと、その巨大さにたじろぐ思いがする。この地の人々の祈りが凝縮した結果だろうか。あるいは王による国家統治の手段のひとつだったのだろうか。いずれにせよ仏陀はこの光景にどう応えてくれたのだろう。

次々に登ってくる人は増え、僕のまわりも人で埋まってきた。混雑しそうなので早めに降ることにした。西の空は赤らみ始めたものの雲が厚く太陽は見えない。僕は登ってくる人を避けながら急階段を慎重に降りていった。

翌日、バガンの最終日、とりたてて何の予定も決めていない。ホテルはオールドバガンに近い村はずれにある。ちょっと歩けば朽ちかけた仏塔が点在している。保護区外にあるため訪れる人も稀な、そんなところを自分の足で歩いてみたい。そう考えた。

ホテルを出てホコリっぽい道をひたすら歩く。かたわらを馬車が走り、排気ガスを盛大に振りまきながらトラックが追い越していく。流れる汗をタオルで拭いながら、30分程歩くと通りのの両側に大小の仏塔が見えて来た。

通りから細いわき道に入る。道の両側は乾いた畑が続き、その先にレンガ色の仏塔や寺院が見えている。歩いている人は誰もいない。たまに自転車の観光客が僕を追い越していく。

たどり着いたのは古びた寺院だった。遠くからは仏塔にも見えたが、正面の入り口から内部に入ることが出来る寺院だった。お参りに来たらしい地元女性の他に人影はないようだ。入り口からほの暗い石の廊下を進んだ先の仏陀にお参りをする。白い彩色の仏陀は静かに微笑んでおられた。

廊下を右に折れると外部の回廊への出口が見えた。そこを出ると誰もいないと思った回廊の日陰に誰かいる。回廊の端に腰を掛けて休んでいるようだ。近寄ると白人男性が一人ノートを広げ何やら書き込んでいる。後姿の年恰好は僕と同じくらいのオジサンだ。一人旅だろうか。

気づいて振り向いた彼に挨拶すると、ここに座れ、と手招いてくれた。邪魔じゃないか、と僕がいう、と彼は構わないから座れという。一人で話し相手が欲しかったらしい。僕も気楽な一人旅、ちょうどいい。

涼しい風の吹きぬける回廊の日陰に男二人並んで座って喋った。目の前には灼熱の太陽の下、朽ちかけた仏塔群が静かに広がっている。

フランスから来たという、元教師の彼は仏教に興味があり、バガンの仏塔・寺院の建築様式や歴史に詳しかった。ノートを見せてもらうと、年代や様式の異なる仏塔や寺院のスケッチが整理され、メモが付いている。目の前のあの寺院はインド系でその特徴はこうだ、彼は教えてくれた。しかし僕の英語力と知識ではついていけず残念。

言語学と英語の教師だった彼は、日本語にも強い関心を示した。いくつか日本語を教えたが、のみこみが早く矢継ぎ早の質問に閉口した。たとえば動詞や形容詞の語尾が、時間や状況によって変化することが不思議らしく、問い詰められて困ってしまった。はるか昔、そんなことも教室で教わったような気がしたが、もはや衰えかけた僕の頭脳ではそこまでだった。

奇しくも同じ年生まれだった僕と彼は話が弾んだ。彼も僕と同じく数年前にリタイアし、時々こうして一人旅に出るのが楽しみにしている。やはり物価が安く人々が穏やかなアジアが好きだという。日本にも行きたいが物価が高そうで二の足を踏んでいると嘆いた。

奥さんと子供一人の家族で、月額1300ユーロの年金暮らしは楽ではないといった。日本の宿の相場を訊かれたので、日本風の手ごろなところで、1泊2食付きで120ドルくらいだろうと教えたら眼を丸くして、とてもそんな国には行けない、とがっかりしていた。

彼はアジア旅でもLCCを利用し、宿は現地で手ごろなゲストハウスを探すという。予算はせいぜい1泊2〜30ドルが限度らしい。僕があらかじめホテルを予約して来た、というとそんな旅は面白くないだろう、と言われてしまい、返す言葉が無かった。

フランスへ来る機会があったら是非うちに寄ってくれ、と彼は熱心に誘った。彼の住むブルターニュ地方のブレストまで、パリからTGVで3〜4時間、76ユーロで来れる、と具体的なことまで教えてくれた。

ブルターニュとはケルト系の人々の土地ではないか、と彼に尋ねた。そうだというので、僕が同じケルトの地、アイルランドを旅した時のことを話すと、彼は大いに喜んだ。彼は今でもスコットランドやアイルランドに親近感を感じているのだ。

話は尽きなかったが、互いに次の予定があった。彼は自転車に乗って、僕は再び歩いて寺院を後にした。(続く)
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75 小笠原の旅(5)母島列島
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73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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