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158 平泉 澄(きよし)
2015年7月4日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。

歴史上で、この人物がやったことだけは、どうしても許せないということは、どなたにもあることと存じます。著名で代表的な人物としては、ヒトラーやスターリンなどは、たいていの人が挙げることでしょう。

もちろん私にも、そうした許せない人物は、この2人を含めてかなり居るのですが、タイトルに掲げた「平泉 澄(ひらいずみ きよし)」という人物もその1人なのです。この皇国史観の権化のような日本史学者の言説が、結果としてどのくらいの人々の生命や人権を抹殺することになったのか、知れば知るほど鳥肌が立つ思いです。

この人物、平泉 澄(1895年〜1984年)は、福井県にある神社の神官の家に生まれ、東京大学国史学科を卒業後、1935年(昭和10年)から1945年(昭和20年)の敗戦まで、東大国史学科教授として権勢をふるっただけでなく、当時、日本社会全体を暴力的に支配していた軍隊、とりわけ陸軍と一体となり、皇国日本の最大最高のイデオローグとして弁舌をふるい、多くの人々を死に追いやった人物のひとりなのです。

1941年(昭和16年)12月8日の太平洋戦争開戦から2年目の1943年9月に刊行された平泉東大教授の「天兵に敵なし」は、こんなふうに始まっています。

「去る12月8日、国民の待望してやまなかった宣戦の大詔は遂に下り、天兵は直に海を越えて四方に飛び、まつろはざるものを粉砕した。幾千年を忠義の至誠に貫く強き伝統に鍛えられた皇軍の前に僅かに利を以て結び富によって傲る者の、ひとたまりもなく潰えたことは、もとより当然といはなけらればならぬ」

こんなことが、自ら歴史を学び、最高学府で歴史学を講ずる者の言うべきことか、と私は心の底から憤りを感じます。こんな人物を国史学科の主任教授にしてしまい、しかも学内外で好き勝手な権勢をふるわせてしまったあの大学も、2度とこんな学問の恥を生み出さないよう真摯に努力すべきだと思います。

平泉の言説は、「国体明徴」や「国民精神総動員運動」によって、国家全体を戦争へと追い立てていた大日本帝国の軍隊とその取り巻きには、まことに都合のよい主張でした。当時の誰もが精神的にひれ伏す「東大教授」の肩書きを持ち、また自らが、かなり狂信的な実践主義者であったことから、陸軍大学、陸軍士官学校、海軍大学校、海軍兵学校、海軍機関学校、等々、大学以外にも全国を駆けめぐってその主張を講演して歩きました。この人物が考えた「歴史」や「歴史教育」とはこんなものでした。

「国史の真髄は国体の認識と天皇の崇拝にあり、その極致は忠の一字に帰着する。これまでの国史教育とは、政治上の出来事を雑然と並べ立てて、多少の年号や人名を暗記させていただけにすぎない。こんなものは何の意味もない。大切なのは、国史三千年を貫いて流れる精神を感得せしめることで、それは結局、国体の自覚と天皇への絶対忠誠心をやしなうことに帰着する。そして、天皇への忠誠の極致は、天皇に喜んで命を捧げることであり、それが日本人の道徳の極致であり、もっとも美しい行為である。豚に歴史がないように、百姓・庶民には歴史はない!」

平泉が書いたものの多くは、間違っても歴史学の研究論文などではなくて、感情的詠嘆に充ち満ちた、歴史上で天皇のために喜んで命を投げ出した人々の忠誠心賛美物語集とでもいったものでした。それにしても、「豚に歴史がないように、百姓・庶民には歴史はない!」などとは恐ろしい発想ですね。私には歴史に関するこういう考え方が最も唾棄すべきものと思えてなりません。

平泉澄が唱えた、天皇絶対、行学一致の精神は、大日本帝国陸軍、海軍の各種機関に驚くほど浸透し、結果として、玉砕戦法、特攻作戦へと人々を駆り立てていった責任の一端は間違いなくあると私は確信しています。彼の言説の最大のポイントは、勝つ見込みがまったくないような絶望的な戦いの中にあって、なおも天皇への忠義をつくすために喜んで死んでいくことが、日本人の道徳の極致だという「忠義の美学的死の勧め」にあったからです。

よくあるように、他人に「忠義の死の美学」を説いていた本人は、敗戦直後に大学に辞表を提出し、故郷の福井に帰っただけで、89歳まで生き延びました。自分は「忠義の死」を実践することは決してなかったのです。無数の若い魂を死に追いやり、狂信的な天皇絶対社会を作り出したことにも最後まで反省はしなかったはずです。

「戦後民主主義の虚妄」が様々な立場の人々から言い出された1960〜70年代に、天皇絶対主義国家への強烈な反省をもとに行動してきた「戦後の進歩的知識人」の中心的な存在の一人であった、故、丸山眞男氏が「戦前の『現実』と、戦後民主主義の『虚妄』との間でどちらを選ぶかと言われれば、私は後者に賭ける。」と言い切っておられたことは、今にしてみればとても大切な精神だと思います。

現政権の中心部にいる、傲った人々の目に余る言動を見聞すると、このまま黙認すれば平泉澄の亡霊が生き返ってしまうのではないかと思えてなりません。メディアを萎縮させ、反対の言説を力づくででも叩きつぶそうとしている人々の顔は、私にはどうしても平泉澄とダブって見えてしまいます。
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