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ボーダーを越えて
120 やって来た山火事(5)避難準備
2007年11月22日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ アナコンダの皮。去年のクリスマスに友人たちに手伝ってもらって、やっと写真が撮れた。
10月22日、月曜日の朝、山火事2日目。寝たのは夜明け近かったけれど、9時前に目が覚める。どのくらい眠ったのかわからない。トーマスはもちろんとっくに起きていて、テレビで火事情報を見ている。サンディエゴ郡各地で合計7つの火事が広がっているという。ラモナを襲った火事は、一方はまっすぐ西に伸び、8車線の高速道路を飛び越え、風の勢いによっては海岸部の住宅地にまで広がる可能性があるという。もう一方は南に広がって、ランチョバナード(Rancho Bernardo)という裕福な退職者の多い住宅地を襲っている。

煙で覆われた空はどんより曇ったように見える。空気は灰塵がいっぱいで肺に悪いからできるだけ外に出ないようにという警告が出ている。デルマーにも避難勧告が出るかもしれないという。そうしたらうちから見えるビーチへ行こう。そこなら西側は海、東側は潟だから火は絶対来ないから安全だし、我が家が見えるから便利でもある。最高にいい考えだ、と我ながら得意に思った。

電話が鳴る。ホセからだ。ラモナに残った友人が彼の家を見に行ってくれて、燃えずに無事だと教えてくれたそうだ。ああよかった… てっきり駄目だろうと私は思っていたから、奇跡を聞いたような気がした。ただ、裏のゲストハウスが全焼したという。それでも母屋が無事なのは本当に何よりだ。

それから次々に電話が鳴る。労働者たちからが避難した場所を報告したり、アボカドやパームの同業者たちが農園やこちらの状況を聞いたりして来る。歯医者からも電話があった。私はお昼に歯の掃除の予約があったのだが、来るどうかと聞いて来た。行くつもりだと返事をした後、トーマスに「行って平気よね」と念を押した。歯医者は車で5分だ。緊急なことがあってもすぐ戻って来れる。

そうして私は歯医者へ行った。いつもだったら道路がすいているお昼だというのに、ラッシュ時のように混雑していて、25分もかかってしまった。避難しようという人たちなのだろう。歯医者のもうちょっと北にデルマー競馬場があって、そこは人間と馬とペットの避難所の1つに指定されている。皆そこへ向かっているのだろうか。

歯を掃除してもらっている間に、トーマスが電話をかけて来た。うちにも避難勧告が出たという。でも勧告という段階は、歯の掃除の途中で帰らなければならないほど緊急ではない。終わり次第帰るから、と言って、私は歯の掃除を続けてもらった。

家に帰る方向の道路はすいていて、いつものように5分しかかからなかった。トーマスが家の回りに水をやっている。できるだけやり続けるつもりだという。サンディエゴ市内の友人が3人も電話をかけて来て、避難にはペット連れでも受け入れると言ってくれた。「ありがとう。でもビーチに行くことにするわ」と私が言うと、「へぇー」と言った彼女たちの声の裏には、「本気なの?」と半信半疑らしい様子が窺われる。もちろん本気だ。

さて、いざ避難、となったときに備えて、持ち出すものを準備しておかなければ。まず一番に猫用とオウム用の籠3つ。それに水とドッグフードとキャットフードとオウム用フードを2日分とそれぞれの容器。次にパスポートと現金とノートパソコン。ノートパソコンには必要なデータのほとんどが入れてある。家の中の主要な部分を写真に撮って、それもパソコンに写した。保険のためだ。それからトーマスの古い写真と私たちの結婚式のアルバム。私の古い写真は私だけの思い出だから燃えてしまってもいいと思うから、置いていこう。宝石類は持って行く。それをくれた人の心が大切だから。必需品として洗面道具と私たちの下着2日分と着替え1回分。それからアナコンダの皮。トーマスがボリビアのアマゾン地域を調査で歩いていたときに手に入れたもので、甥のリチャードが是非譲り受けたいと言うので、必ず彼に渡るように私が責任を持つと約束したから。最後に、トーマスの先祖代々の古い置き時計2つ。全部スーツケース1つとダッフルバッグ1つに入ってしまった。私にはそれで十分だった。こうして見ると、絶対に大切と思う物はどんなに僅かなことか。

トーマスは絵画も持ち出したがった。でも、絵は壁にかかっているとそれほど大きく見えないが、はずしてみると結構大きいものだ。それで他の絵と比べると価値などほとんどないけれど、一番小さくて、しかもトーマスの祖先が建設した船という個人的に意味深い絵画だけ持ち出すことにした。小さいといっても私のホンダのトランクには入らないから、後ろの席に置くことにする。トーマスはいろいろな書類を箱に入れて、それを全部持ち出すという。それで決まりだ。決まったら、気分がすっかり落ち着いてしまった。

火事が迫っている感じなどしないけれど、火事は西へ西へと広がり、大金持ちが住むランチョサンタフェ(Rancho Santa Fe)に火が回って数軒燃え出したという。その火が南西に広がれば、我が家も危ない。トーマスは家の回りに何度も繰り返し水をやった。そうして日が暮れていった。
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