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縁の下のバイオリン弾き
64 好きこそものの上手なれ
2013年1月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ バーバラさんの音楽パーティー

私は過去17年間バーバラさんというおばさんが自宅で主催する月一回の音楽パーティーに参加している。バーバラさんは自身ミュージシャンではないが、音楽が好きでパーティーをするようになった。晩の7時ごろから始まってたいていは11時すぎまで続く。

最初にミュージシャンをあつめたのがポールというひとで、私は第一回から参加した創立以来のメンバーだ。音楽はだいたいアメリカの民歌やポップソングで、楽器はアコースティックが原則。

その後ポールさんは引っ越してサンディエゴを離れてしまった。この長い年月の間には彼のようにどこかにいってしまったり、亡くなってしまったりした人が何人もいる。メンバーは別に決まっているわけではなくその日によって増減がある。

一番の高齢は92歳になるカナダ生まれのオパールさんというおばあさんで、以前は「ボーイフレンド」がいたのだが、その人が何年か前になくなってからは老人ホームで暮らしている。しかしバーバラさんのパーティーには彼女を送り迎えしてくれるメンバーがいるのでオパールさんは車いすにのり、ギターを持ってやってくる。幅広いレパートリーを持っているが、自分で作詞作曲した歌を歌う事が多い。そんな歳だとは信じられないしっかりした歌声だ。でも老人ホームの門限が10時ごろなので早めに帰らなければならないのをいつも残念がっている。彼女はときどきメンバーに声をかけて自分の住んでいる老人ホームでコンサートをひらく。老人ホームの仲間が聴衆だ。その時には必ず私を演奏に誘ってくれる。

またメンバーのひとりが彼女の自作自演の歌声を録音してCDにしたので、それをいつも持ち歩き、機会があれば売りつけようとする。「グレッグが親切に歌をテープ(まちがい)にしてくれたのがここにあります。一枚10ドルでお分けしますからご希望の方はどうぞ持っていってください」というのだが、我々はみんなそれができた時に買っているから買う人はもうこれ以上いないのだ。でも買ってあげないと彼女が元気をなくしそうで、ちょっとつらいところだ。
  
車座になった人たちがひとりずつ楽器を弾き、歌を歌う。できる人はそれぞれの楽器で伴奏に参加する。私はこういう場ではあまりアイリッシュをやらない。アイリッシュ音楽は特殊なので知らない人だと伴奏も思うようにできないからちょっと白けるのだ。そこでフィドル(バイオリン)をひく時はアメリカのオールド・タイミーと呼ばれるスタイルで演奏する。

それから何を隠そう、私は歌を歌うのだ。だからギターを持っていく。どんな歌かというとこれが私が10代のころに聞いていたカントリー・ミュージックだ。

私は中学では合唱部にはいっていた。学校がキリスト教の学校だったので、合唱部はそのまま教会の合唱隊になり、演奏会でもラテン語で歌ったり、ゴスペルを歌ったりしていた。

私はボーイ・ソプラノだった。そのころは掛け値なく「天使の歌声」だったのである。ところが運命は残酷なもので、その私を(男性ならみな経験があるように)声変わりが襲った。それにたいして何の準備もできていなかったから、とまどい、おどろきあわてた。なにしろきのうまではウィーン少年合唱団もかくやという美声だったのに、今日は怪獣のうめき声しかでてこないのだ。何回も歌おうとしてそのたびに音程もはずれるあさましさにうちひしがれ、私は歌う事をあきらめてしまった。

それからなんと40年近く私は歌を歌わなかった。バイオリンを弾き始めたのも歌を歌えなかったことの補償作用だったといっていい。ことに私は日本にいなかったから、一世をフービしたあの「カラオケ」という現象を全く知らなかった。

歌を歌いだしたのは50に手が届こうというころで、バーバラさんのところのようなセッションでためしに歌ったらけっこう好評を博したのがきっかけだった。

私はなにしろ「歌を忘れたカナリヤ」だったから、歌える歌がない。まがりなりにも歌えるのは高校、大学を通じてラジオやレコードで聞いていたアメリカのカントリー・ミュージックだけ。それも30年代から60年代までの古い歌専門で、今のカントリーは全然受け付けない。

ところがあわい記憶をたよりに歌いだしてみると実は私はレパートリーが広いという事に気がついた。セッションで歌う人はたいてい5つぐらいの歌を後生大事に持ち歌としている。私は思い出す曲の歌詞をインターネットでかたっぱしから調べた。それを印刷した紙が厚いバインダーいっぱいになってしまった。自分でもあきれるほどだ。最初はこわごわ歌っていたのに、いまやそらで歌える歌は1ダースや2ダースではきかないだろう。ハンク・ウィリアムズの歌なんか、リクエストされるほどだ。

リンダは何年も前から私が教えてバイオリンをひく。私の歌の伴奏をしてくれる。

ギターの腕はかなりのものだろうと思われるといけないから書いておくが、私は自分の歌の伴奏のためにギターがやっとひけるだけで、技術をうんぬんする以前の段階だ。たいていの歌は元歌がどうなっていようとニ長調(Dメージャー)で歌う。それでもカントリーが歌えるのはあの音楽が実に単純な構造になっているからだ。なにしろ「コード3つとまごころ」というのがカントリーのうたい文句なのだ。

そのバーバラさんのセッションのメンバーでボブさんという人が自宅のパーティーに呼んでくれた。私とリンダは昨晩かれのうちをはじめておとずれた。

ボブさんはギター弾きだ。よくキャット・スティーヴンスの曲を歌う。私はそのキャット・スティーヴンスという歌手の歌を聴いた事がない。私と彼との関わりにしてもバーバラさんのセッションで会うだけで、何をする人か、どこに住んでいるのか、どんな人なのか、全然知らない。年齢は私ぐらいだろう。

ミュージシャンが10人以上彼の居間に集まった。ボブさんはおもむろに口を開いて、「今日お集まりいただいたのはほかでもない、新年のお祝いをしたいからです。去年は私にとって特に意味のある年でした。ファンタスティックだった、と言ってもいい。実は肺がんを宣告されていたのですが、去年すっかり回復したのです」この告白はみんなの盛大な拍手を呼び起こした。なるほどそれなら私のようにあまり付き合いのない人間を呼んでくれたのもうなずける。

昨晩の参加者にはちょっと毛色の変わった人々がまじっていた。こういうセッションではあまり見ないジャズ・ギターをひくジムさん。それから近所に住むという家族。

この一家はお父さんも音楽を演奏するまだ若い人で子供を3人つれてきていた。14歳ぐらいの男の子はコンピューターを使って自分で作曲したという曲を披露してくれたが、コンピューターなんか苦手中の苦手というおじさんおばさんばっかりの聴衆ではせっかくの傑作も猫に小判、というところだった。

しかし妹二人とお父さんはクラシックを演奏した。上の娘はリコーダーを吹く。お父さんのピアノの伴奏でバッハを演奏した。下の娘はまだ5歳ぐらいでその年でもう楽譜を読み、お父さんとピアノをいっしょにひいた。

二人ともお父さんと演奏するのが楽しくてたまらない、という感じで、お父さんのほうもほほえみを絶やさず、子供の音楽の才能を誇りにしていることがありありと見てとれる。

ボブさんが「息子のデーヴィッドをご紹介します。これから彼のギターの腕前をご披露しますが、そのすべては私が教えたものです」と言った。それはもちろん冗談で、デーヴィッド君の腕前はボブさんなんか逆立ちしてもかなわない大変なものだった。ジャズ・ギターのジムさんといっしょにボサノバをやるかと思うとギターをエレキからクラシックに持ち替えてバッハをひく。それもクラシックを最初にやってジャズやロックに進んだのではなく、はじめはロックで出発してクラシックはこの1年ほど前に始めたのだという。そういえば彼がやはり14歳ぐらいのときにバーバラさんのセッションにボブさんといっしょにやってきて、エレキギターをひいて並みいる凡人をへきえきさせたことがあったのを思い出した。

「君、いまいくつなの」と私がきくと「17です」という。もういいかげんにしてくれよ。

私はこれらの子供たちを見ていてうらやましかった。音楽に素養のある親のもとで「楽しみ」として音楽になじんだなら、それは一生の財産になるだろう。プロにならなくても、「自分にはこれがある」と思えるものがあればその自信は揺るぎのない碇(いかり)となってかれらの人生を安定させてくれるはずだ。

音楽に限らず、絵でも文章でも「楽しみ」でなくてはならないと思う。世には昔自分がかなえられなかった夢を子供を通じて実現したいと思ってピアノやバイオリンのけいこをおしつける親がいる。また「今はいやでもそのうちきっと感謝する時が来る」という確信のもとに「愛のムチ」をふるう親もいる。また何事も始めたからには最後までやり通す、という規律を植え付けたがっている親もいる。

そういう親の監視のもとで音楽をやってもこどもには楽しみとは思えないだろう。たしかにつらい修行が花開いて世界的な音楽家になった例は枚挙にいとまがない。でも楽しんでやらないのならば代償が高すぎる。「好きこそものの上手なれ」ということわざは古今を通じての真理だと思う。

リンダは50歳をすぎてから音楽をはじめた。「なぜもっと前からやらなかったんだろう」といつも言っている。そうして昨晩のようなセッションに参加することがじつに楽しいコミュニケーションだということを知った。

私だってフィドル(バイオリン)を始めたのは30歳近かった。歌を歌いだしたのは50歳になんなんとするころだ。もっと前からはじめていれば、といつも後悔の念にかられる。

いくら楽しみでなくてはならないといっても、私のギターのように全然進歩がなければやっぱりだめなんだろうが、他人に迷惑をかけるわけではなし(「知らないのは本人だけ」なんて言わないでくださいね)、92歳のオパールさんをモデルにこれからも精進しようと思う。彼女にくらべればわたしなんぞはまだ若造なのだ。
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