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ボーダーを越えて
122 やって来た山火事(7)焦燥の2日間
2007年11月30日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 焼けて無惨な姿になっても木からぶら下がっているアボカド。
▲ キャロルとエドのスティカ夫妻。
10月21日から1週間、サンディエゴ郡のあちこちが山火事で燃えた。そのうちで一番大きく、しかも私たちの農園を焼いたのは、発火地点の名を取ってWitch Creek Fireあるいは縮めてWitch Fire、つまり「魔女クリーク火事」または単に「魔女火事」と呼ばれている。

その魔女火事は丸4日間燃え続けたのだが、第1日目は農園の労働者を避難させること、2日目は私たち自身が避難することに追われた。が、3日目と4日目はただ火事が収まるのを待つしかなく、実はそれがトーマスには一番つらいことだった。農園は私たちの生活の糧だ。いやそれ以上に、この約30年間にこつこつと築き上げて来た農園はトーマスのアイデンティティーの重要な部分であり、特にアボカドは子どもの頃から愛して来たものだ。彼はアボカドのことが気になってじっとしていられなかった。

40エーカーの小さい方の農園は第1日目に完全に燃えてしまったが、それははっきりしているので、私はもちろんのこと、トーマスもそのまま受け止めている。が、ラモナ湖に面した大きい方の農園は100エーカーあり、その半分以上がアボカドだ。(100エーカーと言ってもピンと来ないでしょうが、1エーカーがフットボール場1つの大きさ、と言えば広さの見当が付きますか?)ラモナ湖周辺に火事が広がったらしいが、正確で十分な情報がどこからも入って来ない。テレビやラジオは情報を24時間流しているのだが、いまどの地点がどの程度燃えているのか、ということは報道されない。火事情報センターのウェブサイトには封鎖された道路や避難命令が出ている地域の情報が載っているが、火事そのものの詳しいことはそこからもわからない。

あちこちに避難した労働者たちやアボカド仲間から次々に電話がかかった来るが、かえって農園の状況を尋ねるだけで、彼らも何も情報を持っていない。トーマスがジリジリしているのがよくわかる。そうでなくても彼はじっと待つというのはもともと苦手なのだ。なんとかしてラモナへ行きたい、などとあれこれ考えている。でも、ラモナの一部はいまも延焼中で危険だし、ラモナに通じる道路はすべて封鎖されている。「いや、電力会社が使っている裏道はあいているはずだ」などと、トーマスは本気で言う。私が大反対すると、「そう言われるとますます行こうという気になる」なんて言い出すのだから困ったものだ。

そんなことろへ、知人のマイク・デイヴィス(Mike Davis)氏がドイツの報道陣が取材したいと連絡して来たので、農園を案内してくれないかと言って来た。(マイク・デイヴィス氏は現体制に批判的な多数の本の著者で、アメリカよりむしろヨーロッパで人気がある。)彼らと一緒なら報道パスでラモナに入れるし、そう危険なところへは行かないだろう。ということで、ラモナに入れる可能性ができて、トーマスはドイツ人報道陣の到着を待つことにし、私はホッとした。

それでも家の中でトーマスも私もどうも落ち着かない。私は彼が2年半前に事故で大怪我をしたときのことを考え続けていた。あのときといまとはどう違うだろうと。あのときは当人のトーマスは直ろうという強い意志の力が必要だったとはいえ、医療の力に頼る受け身の立場にいたし、回復すれば大好きな農園に戻れるという希望があった。いまはその希望の元となるものが危ういのだ。トーマスは自分の気持は何も言わないけれど、胸の中ではどんなに動揺していることだろう。

私は、というと、事故のときはとにかく夢中だった。特に、トーマスが首の手術後に意識が混乱して私は途方に暮れたものだ。そんな私を助けてくれたのは、アボカド仲間のドクター・エド・スティカだった。(そのことは2005年8月24日掲載の第26回「思わぬ道草(15)もつれた糸」に書きました。)そのときのことを記し、ドクター・スティカの恩を忘れないために私はそれを彼に送ったのだが、それをもう1度読み直してみた。あのときのことを思い出して、この火災は「ケーキ1切れ」ではないにしても、しっかり乗り越えられると自分を慰めたかったのかもしれない。

ドクター・スティカのアボカド園も燃えてしまった。スティカ夫人のキャロルに私が、2年半前にドクター・スティカがどんなに私を助けてくれたかを思い出していたところだと言うと、「あなたが書いてくれたものは電話の横に置いてあって、いまでもときどき読み返しているのよ。お互いにいつでもできるだけ助け合いましょ」という言葉が返って来た。キャロルも同じことを考えていたのだ。スティカ夫妻の場合、アボカド栽培は退職後の投資で、本業ではないから生活がかかっているわけではないけれど、私たちよりずっと高齢の彼らが落ち込まずにいるので、私もホッとする。

家でじっと待っている間、ずっとテレビを付けっ放しにしておいたが、3つある地元テレビ局はどこも、肝心の火事の情報より体験者の話が多くなっていった。避難所に寄付が殺到し、これ以上食べ物はもう要らないと断り始めたとか、避難した人たちのために余興を催したとか、サンディエゴの自画自賛が振りまき始められていく。州知事がやって来て、それをうまく利用し、連邦政府機関のFEMAはハリケーン・カトリーナでの汚名挽回に懸命で、サンディエゴの自画自賛に便乗して、次々にテレビに登場する。もううんざり。実際のところは、ボランティアの力が大きかったのだ。あちこちで避難が始まるとすぐボランティアに飛んで行った何人かの友人の話では、避難所には最初は指揮する人が誰もいなくて、ボランティアたちが率先して動いたという。

とにかく情報収集としてはテレビは頼りにならない。ラジオはというと、KPBSというパブリック放送がよかったのだが、トランスミッションが火事で燃えて放送不可能になってしまった。

結局2日待ったが、ドイツ人報道陣はやって来なかった。もっと華やかの名前のマリブの方へ行ったのかもしれない。彼らの到着を待っていたのはトーマスだけではない。マイク・デイヴィス氏はニューヨークタイムズ紙やワシントンポスト紙からの取材依頼も断って、ドイツ人たちを待っていたという。おかげでトーマスを家に引き止めておくことができたのだから私にはよかったが、トーマスにとってはどんなにか苦しい2日間だったことだろう。


(追記)以下のサイトにラモナの火事や消火活動の写真が載っています。
http://ramonafire2007.blogspot.com/
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