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僕の偏見紀行
155 ミャンマー紀行(10)憧れのインレー湖
2013年4月14日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ インレー湖の漁師。小船を片足で漕いでいる。何のために足で船を漕ぐのか、両手で網打ちなどの作業をするため。決して観光客を喜ばせるためではない。
▲ 僕が宿泊したホテル。混んでいてここには1泊しか出来なかった。
▲ ホテルの朝、集まった水鳥にえさを投げる。遠くに見えるのはトマト畑。
いきなりエレベーターがガタンと停止した。たちまち周りは漆黒の闇となる。非常灯は点灯せず、非常ボタンも見えない、あらゆる光が消えた世界となった。いつもの停電だ、この国ではごく当たり前の出来事。夜明け前のホテルのエレーベ−ターにたった一人、不安がつのる。

頻繁におきる停電に備え、ホテルなどでは自家発電装置を備えているのでたいがい数分で復帰する。しかしエレベーター内で停電に遭遇したのは初めてだ。今日はインレー湖への移動日、僕は空港行きのタクシーを5時半に予約している。遅れる訳にはいかない。

真っ暗闇でただ一人、このまま長引くとパニックになるかも、ちょっと心細くなる。朝の5時頃エレベーターを利用する客が他にもいるだろか。気づかれずに放っておかれたらどうしよう。

待つ身には長かったが、実際は数分だったろう。突然照明が点いて、エレベーターが動き始めた。ロビーに到着して扉が開くと、ホテルのスタッフと数人の客が立っていた。誰も停電のことなど気にもとめない様子だ。僕も何食わぬ顔でエレベーターを降りる。

マンダレーのホテルを出て、夜明け前の暗い道路をすっ飛ばすこと1時間ちょっと、タクシーが空港に着く頃には明るくなっていた。

空港に入ると広いロビーの一角だけ灯りがついている。そこでは若者達が、よせ集めたイスの上で身体を折り曲げて眠りこけている。ホテル代を節約したのだろう、元気があってよろしい。若者の旅はこうでなければ、と僕は自分を棚にあげ感心した。

インレー湖への窓口であるヘーホー空港へは30分ちょっとのフライトだった。到着したのは朝の9時ごろ、日差しはまぶしいが、標高が高いので空気は冷たく冬用の上着が必要だ。

いかにもローカルといったヘーホー空港を出ると小さな広場に男達がたむろし、バスや車が停まっている。ここから湖のそばのニャウンシュエ村まではタクシーをチャーターするしかない。今ミャンマーで一番人気のインレー湖は、連日外国人観光客が殺到している。そのため客の足元を見るタクシーが多く、大変に評判が悪い。

ゴロゴロとスーツケースを引っ張る僕に男達が寄って来る。僕は、その中の比較的実直そうな顔つきを選んで声をかけた。すると男は僕をどこかへ引っ張っていく。着いた所にいたのは親方らしいオヤジが一人。何のことはない、客引きを選んでも行き着く先は同じなんだ。

いかにも手強そうな面構えの親方は、インレー湖まで30ドル、といきなり強気でぶちかましてきた。気合負けしたわけではないが、それは事前に調べた相場だったので手を打つことにした。しかし他のどの町よりも高いタクシーだ。

高原の空港から峠を越え、曲がりくねった山道を走りながら、タクシードライバーはナマリの強い英語でよく喋った。インレー湖の様子を尋ねると、やはり外国人観光客が多く、大半のホテルが満室らしい。

1時間ほどで道路脇に水路が見えて来た。インレー湖に注ぐ流れのようだ。明るい日差しの中で水面が輝き、気持ちのいい眺めだ。到着したニャウンシュエ村の入り口で入域料5ドルを支払う。外国人観光客はみんなここで支払いをすることで、インレー湖周辺の観光スポットに出入り自由となる。

村の通りを抜けるとボート乗場だった。桟橋には細長い船外機付きボートが並んでいる。しかしタクシーはそこを通り過ぎ、とある事務所の前で停まった。すぐに事務所からオヤジが現れ勝手に僕の荷物を持って行く。ドライバーに抗議すると、任せておけ、悪いようにはしない、と言う。

コノヤロー!勝手にここまで連れ込むとは、ボート屋と結託しやがったな。頭にきた僕は荷物を取り返そうと後を追ったが、オヤジは既に事務所の中だ。

絶対ここのボートなんか乗るもんか、僕はボート屋にいきまいた。しかし、したたかなオヤジはニコニコしながら、まあこれを見ろと料金メモをよこす。ここから僕のホテルまで1200円、明日の湖一日観光2000円。高いか安いか分からないが、この手には乗らないぞ。へそを曲げた僕は妥協しなかった。すったもんだの挙句、僕の今日のホテルまで1000円ということで手を打った。明日のことは明日考えよう。

インレー湖のボートはみな細長く、一人掛けの座席が船首にむかって5〜6席並ぶ。後部に船外機と舵を備え、そこで船頭が操縦するようになっている。船外機は自動車エンジンの再利用らしく、騒音と排気ガスを振りまきながら突っ走る。

僕を乗せたボートは運河のような水路を走りだした。操縦するのは若者が一人、少年の助手がついている。スピードを上げるにつれエンジン音がうるさく響き、向かい風が強まる。両岸の町並みはやがて葦原と緑豊かな畑へと変わっていった。

やがてボートは海のように広い湖面へ出た。ボートは、南北に細長い湖を北から南へ向かっているので、前方には果てしなく広い湖面が続き、左右には薄緑の山並みが遠く霞んでいる。また標高1300m余の高原に位置するため、年間を通じて爽やかな気候となっている。特に今は乾期なので乾いた心地よい風が吹いている。

広い湖面を客を乗せたボートが行き交い、あちこちの小船では漁師が網を打って漁をしている。広大な緑の広がりは水上トマト畑だ、鮮やかな緑の中に点々と赤いトマトが実り、手の込んだ絨毯のように見える。全体が浮島なのか分からないが、近寄ってみると、確かにトマト畑は水に浮き、波に揺れていた。

ボートが湖の中ほどに近づくにつれ、大小の水上建築が見えて来た。レストラン風のものから数軒のホテル、高い寺院等、いろいろあるがいずれも木造だ。ここの水上ホテルは文字通り、ボートで1時間以上かかるところに点在している。これではちょっと近くまで買い物や食事という時どうするのだろう。

予約したホテルが見えて来た。ボートは水上の門を抜け、広々とした木製テラスのあるホテルの桟橋に到着した。橋で結ばれたコテージ風の建物が並び、中央がフロントやレストランのようだ。民族衣装の女性が僕をにこやかに迎えてくれた。そして未だ昼前だったけど、すぐにチェックインの手続きをしてくれた。

都会から遠く離れた高原の湖にありながら、ホテルの設備はよく整っていた。湖に面したバルコニー付きのゆったりした部屋で、僕は久しぶりにバスタブ一杯にお湯を満たし、手足をゆっくりと伸ばした。

いいホテルだ。遅めのランチをとり、広いテラスで一休みする。ホテル前は広い水路になっているのか、観光客を満載したボートや農作業の道具を積み込んだ船が次々に通り過ぎていく。水路の先には薄緑のトマト畑が遠くまで広がっている。

そんな光景を眺めながら風に吹かれていると、もうそれだけで満ち足りた気分になってくる。何もしない贅沢があった。バガンでは馬車のドライバーが、インレー湖と聞いた途端、あそこはいい、とてもいいところだ、と感に堪えぬ風に僕に言った。マンダレーのタクシードライバーも、心底羨ましそうだった。

夕食後は部屋のバルコニーから、暮れ行く湖面で漁をする小船を眺めた。金色の夕陽の中で、その小さなシルエットがゆっくりと移動して行く。日が暮れるにつれ急速に空気が冷たくなった。高原の湖の朝晩はとても冷え込むらしい。僕はフロントに毛布の追加を頼んだ。(続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
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57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
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52 風に吹かれて八丈島(2)
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50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
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32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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