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縁の下のバイオリン弾き
66 朝の穀物
2013年2月15日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 鳳姐(フォンジエ)
作家で翻訳家の常磐新平(ときわ・しんぺい)さんが先日なくなった。

ずいぶん昔のことになるが、彼が雑誌でアメリカ小説の邦訳のことを批評していた。その本に「朝の穀物のように健康な女の子」という表現があるのだが、これが分からない。「朝の穀物とは何だろう。オートミールのことだろうか」と常磐さんは書いていた。

わからないのも無理はない。常磐さんのようなアメリカ文化にくわしい人にも「朝の穀物」という表現は唐突(とうとつ)すぎた。だいたい「朝」と「穀物」とがどうして一緒になっているのか。「穀物」といえば米とか麦とかを連想するのが普通ではないだろうか。そんなのは「昼の株券のようなこわもての男」とか「夜のカーテンのようにだらしない女」とかいうのとおなじくらいとっぴょうしもない組み合わせだといっていい。

もうおわかりだろうが、この「穀物」はシリアルのことである。そのころシリアルはまだ日本になかった。現物がないのだからその訳語があるはずがない。辞書でシリアルをひけば、たしかに「穀物」という訳がのっている。

当時日本にあったシリアルに類するものはオートミールをのぞけばコーンフレークただひとつだった。しかもシリアルという言葉はまだ紹介されていなかった。その本の翻訳者は原著の「シリアル」を「コーンフレーク」に置き換える才覚さえなかった。ばか正直に辞書にある「穀物」という訳を引き写すだけだったのだ。

「朝のシリアルのように健康な女の子」という表現には説明が必要だろう。シリアルは1894年にコーンフレークが発明されたのを最初とする。これを発明したケロッグ兄弟はキリスト教の一派、セブンスデー・アドベンティストの信者だった。この一派は厳格な菜食主義で知られる。信者が「何であれ母親が存在するという食べ物は食べたことがありません」とテレビで語っているのを見た事がある。コーンフレークはだから当時の朝食が不健康だ、という信念から生まれたものだ。

朝食といったらアメリカでは卵、ハムかベーコンかソーセージ、それにポテトの組み合わせが一般的だ。ポテトをのぞけばみんな母親がある。だからセブンスデー・アドベンティストにとってはこれらは健康不健康以前に教義にそむく食べ物だった。しかしコーンフレークが社会に受け入れられると、なんの動物食もふくまないから健康的だとみなされるようになった。それ以来シリアルは一般に健康的だ、という印象がある。だから元気はつらつとした女の子の比喩にシリアルが使われる(なぜ女子だけか、ということは私にはわからない)。

でもそんなことを知らない日本の読者に「朝の穀物のように」元気な女の子、と書いても意味がわかるはずがない。

翻訳というものはだからとてもむずかしい。「朝の穀物」がわからないからといって、「りんごのようなほおをした」女の子、と書けばいいかというとそれもこまる。「元気はつらつ」ぐらいのところでお茶をにごすしかないと思うのだが、それもちょっと古くさい。

だいたい朝食が「元気はつらつ」の代名詞になる、というのからして日本人にはなじみのない観念だ。日本ではほんとに元気はつらつという人は起き抜けに畑仕事をする。朝食の前にする仕事だから「あさめしまえ」だ。「そんなことはあさめしまえだ」といえば簡単にできる、ということだ。

2011年に出た村上春樹さんの「雑文集」という本の最後に彼が翻訳したアメリカの小説の広告が載っていた。その中にトルーマン・カポーティの「ティファニーで朝食を」があって、「朝のシリアルのように健康、レモンのように清潔、自由奔放ですこしあやしい、16歳にも30歳にも見える不思議なヒロイン、ホリー・ゴライトリーが、待望の新訳で登場!」と書いてあった。してみると村上さんは「朝のシリアルのように健康」と訳したとみえる。それで今の日本人には何の抵抗もなく受け入れられるのだろうか。私には信じられない。いくら日本がアメリカナイズされたといっても「朝のシリアルのように健康」と書いただけで「元気はつらつ」のイメージがわくとは思えない。アメリカでシリアルが普及しているのは健康信仰のためだけれど、日本にはもっと健康的なものがたくさんあるからだ。

ためしに「朝の納豆のように健康な」と書いてみる。およそ納豆や豆腐ぐらい健康的な食品はないと思うけれど、だからといってこの書き方が成り立つとは思えない。しかし「朝の納豆」ではギャグにしかならず、「朝のシリアル」と書けばちょっとしゃれた表現だと感じられるのだとしたら、何かがまちがっているのではないだろうか。

***

1995年制作の「デッドマン・ウォーキング」という映画がある。殺人犯を死刑から救おうとするカトリックのシスター(修道女)の話で、スーザン・サランドンが主演している。その映画のもとになった本は死刑廃止を力強く訴えた書だ。私はそのヘレン・プレジャンというシスターの講演を聴いて感銘を受けた。その本も読んだ。

しかし、話のすじは別として、この題名はちょっとわかりにくい。「デッドマン・ウォーキング」というのは直訳すれば「死人が歩いている」ということだ。日本人の感覚からすれば「お化けの話か?」という感じで、死刑廃止とどう関係があるのかわからない。

だが映画を見ると文脈がわかる。死刑囚が刑執行のため独房から連れ出される際に看守が「デッドマン・ウォーキング!」と叫ぶ。つまりこれから死ぬに決まった者をもうすでに死人と見なして「仏(ほとけ)が歩くぞ!」と言っているのだ。

こういうのはその国の文化がわかっていないと理解しにくい。英語では「もうだめだ!」という時に「アイム・デッド」と言う。まだ死んではいないのに、死ぬ事が確実だから先回りして「私はもう死んだ」と言っているわけだ。

またやくざが「覚えてろよ」と捨てぜりふを言う時に「ユー・アー・デッド」という。「もうお前はおだぶつだ」という意味だ。「ジタバタしても無駄だ。逃げ道はないのだ」ということなのだ。

ところがあるアメリカの小説の日本語訳でこの「アイム・デッド」が「私死んでる!」と訳されていた。これではなんのことかわからない。体外浮遊ではあるまいし、「私死んでる!」なんてせりふが絶体絶命の危機に出てくるはずがない。そう叫ぶ「私」はどこにいるのだ。「私死んじゃう」ではなく「死んでる」というからには死体がなければならないではありませんか。

たぶん訳者は意味が分かっているのだろう。でもそれをちゃんとした日本語に置き換える努力をおこたっていると思う。これは絶望の叫びなのだ。「もうだめだ!」以外に適切な訳があろうとは思われない。

***

しかしこういう私の感じ方に反対する人もいるかもしれない。「朝のシリアルのように健康」を「元気はつらつ」と訳し、「私死んでる!」を「もうだめだ!」と訳してそれですむのか、という問題だ。こなれた日本語ならなんでもいい、というわけにはいかない。翻訳というものはもともと外国の本なのだから、読みながら違和感をもつのがむしろ当然なのだ、読んでいて外国を感じさせる表現があるほうがいい翻訳で、翻訳を読む人はそういう自分とは異質の文化に触れたいからこそ翻訳を読むのだ、という考え方には一理ある。

また、今までの日本語にはなかったような表現を使い、あるいは作り出し、人の意表をつく新しい感覚を生み出すことこそが日本語をゆたかにする道ではないか、という意見もあるだろう。

こんなことを書くまでもなく、芸術の現場ではそういう「新しい感覚」を生み出すための実験が日夜はてしなく続けられているのだろう。古くさいごたくを並べるやつはあっちへ行け、と追っ払われてしまうかもしれない。

でもその「新しい感覚」を作るために日本語として異様な表現につきあわされる読者はいい迷惑ではないだろうか。それでも「新しい感覚」を作るのだ、という意気込みならまだいい。困るのはそういう意識もなく安易に直訳をしてそれでおわり、という翻訳だ。

***

またどうしても翻訳できないというものがある。そういう例はたくさんあると思うけれど、私は中国の女の言葉をあげたい。18世紀なかばに書かれた「紅楼夢」(こうろうむ)という有名な小説の中に王熙鳳(おうきほう)という女性が出てくる。鳳姐(フォンジエ)という通称で中国では知らぬ人はない。この人は良家の若奥様である。ところが気が強く、それだけでなく猛烈に口が悪い。怒ると圧倒的な罵詈雑言(ばりぞうごん)が口をついて出る。中国の悪口は日本では考えられない激烈なものだ(日本語は世界でも清潔なほうの言語に属する)。

鳳姐はふだんはおしとやかな淑女なのだ。それが怒ると豹変(ひょうへん)する。そんなことが可能なのは中国語には日本語のような敬語も性別もないからだ。英語を考えてみればわかるけれど、もともと女専用のことばがないのだからことばだけをとらえて「女らしくない」といわれることはない。男も女も同じしゃべり方をする。

しかしそういう口調を日本語に移す事はできない。女には女らしいしゃべり方をさせなければならない。そこで鳳姐の階級にふさわしいしゃべり方をさせるならば、当然「あら、ごめんあそばせ」のような感じになる。それがある時突然「テメー、コノヤロー」 みたいな言い方になったらどうだろうか。

女が口汚くののしる、というのは今の日本ではちっともめずらしくない。でも260年前の京や江戸の上流階級でそんなことが考えられただろうか。

「紅楼夢」には日本語訳がある。翻訳である以上原文に忠実でなければならない。そこで鳳姐のことばづかいは日本語ではとうてい考えられない激変をとげる。訳者は日本語としての統一をあきらめなければならなかったのだ。

***

1774年、杉田玄白は西洋医学の翻訳書「解体新書」を出版した。その何年か前に死刑になった罪人の解剖があったので医者たちがオランダ語の医学書と首っ引きにしてみるとその図の正確なこと、当時の漢方医学とはくらべものにならない。玄白はすぐさまその翻訳を提案し、4、5人でとりかかった。オランダ語をかじった者がひとりだけ、教師も辞書もないという状況で翻訳は難航をきわめた。一日に一行も訳せない事がたびたびだった。「櫂(かい)や舵(かじ)のない船で大海に乗り出したようだった」と玄白は後に書いている。翻訳完成までに3年かかっている。それが日本で西洋の本が翻訳された最初だった。
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