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僕の偏見紀行
156 ミャンマー紀行(11)シャングリラ
2013年4月20日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 夫婦ふたりでの漁。夫は艫に片足立ちし、櫓を漕いだり、籠を仕掛けたり忙しい。
▲ 湖の中央あたりの水上集落。
▲ インレー湖の奥、インデインにある無数の仏塔群。静かに崩壊が進み、あたりに人影も無く、不思議な光景だった。
夜明け前、ホテルの展望台に登った。コテージ裏手の塔屋最上階が展望台となっている。登ると明るみ始めた空の下に、360度見渡す限り湖面とトマト畑が広がり、朝もやがたなびいている。

もう既に先客がいた。一組の若い白人カップルが肩を寄せあってはるかな山並みを眺めている。かたわらにもう一人若い女が立っている。挨拶を交わすと日本から来た女性で、仕事の合間にやっと取れた休暇を利用してのひとり旅だという。

彼女は、ホテルを前もって予約し国内移動は飛行機に頼る、という僕と同じやり方だった。今日はこの後、ボートでインレー湖を巡り、夕方の便でヤンゴンへ戻る予定だ。なんでも奥インレーまで行くと、無数の仏塔が林立する不思議な寺院があるらしく、そこまで足を延ばすらしい。

こともなげにハードなひとり旅を語る彼女に僕は感服した。日本の若者もなかなかやるではないか。僕ももっと若い頃世界を見て歩きたかった。もしかしたら人生観が変わったかもしれない。バガンとマンダレーで出会った、僕と同世代のフランス人と日本人、そしてこの女性、いずれも自分のやり方で人生を楽しんでいる。

朝食後フロントに相談してボートを手配してもらう。既に観光客の大半はそれぞれボートで出かけてしまった。先ほどの若い女性も、ひとり颯爽とボートに乗っていった。僕はあくせく観光地めぐりをするのは性に合わないし、朝方の湖上は未だ寒いのだ。寒がりでものぐさの僕は10時過ぎにゆっくり出かけることにした。

予約したボートに乗り込みながら、僕は中年の船頭に、土産物屋には寄らないよう念を押した。理解してくれたかどうか、分からないが彼は日焼けした顔でうなづいた。

ホテルを出たボートは心地よい風の中をスピードを上げていく。まぶしい光がふりそそぎ、涼しい風が吹きぬけていく。ボートは畑の水路を通り抜け、高床式の民家の集落に入って行った。家屋は水中から伸びる数本の高い柱に支えられている。家の下には小船がつながれ、窓際には洗濯物が干されている。文字通りの水上生活だ。

中には部分的に地面に柱が立つ家もある。小さい洲か島なのだろうか、水中から地面にかけ葦原とトマト畑が広がり、一部の家の柱もそこに立っている。ただいずれも周囲は広大な湖面に囲まれ、漁業は勿論農作業や買い物も船なしではできない。

簡素な木造の家々は風通しがよくて快適そうだが、冷え込む乾期の朝晩はどうするのだろう、と寒がりの僕は心配になる。通り過ぎるだけの観光客には快適に見える水上生活の環境は厳しい。

あれほど行きたくないと言っていたのに、結局ボートは葉巻工房、ハス繊維の織物屋、銀細工の店などに立ち寄った。日焼けした寡黙な船頭に文句を言うけど、うまく言葉が通じない。仕方なくのぞいた店先には珍しいものもあったが、いずれも外国人価格で高かった。

毎月定例の水上市場が開かれているというのでそこへ向かった。水路を抜け水草を掻き分けて進んだ先にぎっしりボートが集まっている。水草の分厚い堆積を踏んで上陸すると、ぬかるむあぜ道の先に露店が密集し、そのあたりには地面が黒く見えている。

インレー湖の水深は浅く、特に乾期の今は深いところで5〜6mくらいしかない。そのため水草や葦が堆積し、洲が出来やすいのだろう。

市場は野菜・果物・生きた魚類、そして日用雑貨まで、夥しいものであふれ、アジア特有の喧騒とエネルギーに満ちていた。しかし特徴のある民族衣装の売り手たちは、どこか控えめで素朴な感じだ。木工細工のカエルの玩具を買おうと、売り手のオバサンの言い値を値切るとアッサリまけてくれた。白木から削りだしただけのカエルは、背中の洗濯板のような凹凸を木の棒でこするとケロケロと鳴いた。

広い湖上にはこの他、レストランや寺院が点在し、あちこちで漁師の小船が漁をしている。漁師はたいていひとりで、不安定な小船に片足立ちしながら、足で器用に魯を漕いでいる。空いた両手には漁具を持ち、そして網を打つ。秋の筏祭では漁師達がグループ毎に船に乗り、片足漕ぎの団体戦を繰り広げるという。

明るい日差しの中で珍しくふたりで漁をしている小船があった。近づくと男女ふたり、夫婦のようだ。男性が足で魯ぎ、大きな籠の仕掛けを手と足で持ち上げ、女性がそれをみつめている。いかにも幸せに満ちた、のどかで平和な光景だ。

奥インレーに流れ込む川をボートで30分ほど遡るとインデインという村にいたる。そこが今朝方日本人旅行者から聞いた不思議な仏塔群があるところらしい。時間があったので僕もそこへ行くことにした。

幅5mくらいの流れだが水量は豊かで、ボートはエンジン音を響かせて走った。時おり戻ってくるボートと行き交う。どのボートも外国人観光客が満載だ。到着した船着場あたりは澄み切った水が流れ、子供達が歓声を上げながら水遊びをしていた。その昔、僕の田舎で見た渓流と似た光景だ。

仏塔群は河から30以上歩いた山中の寺院にあった。屋根つき参道があったのに僕は道に迷い、ホコリ舞う、クソ暑い山道を大汗かいて登っていった。

たしかに不思議な光景だった。山奥の寺院の回りのいたるところに、大小無数の仏塔が林立している。仏陀の死後に建立された仏塔が始まりらしいが、17〜18世紀に建てられた、1000基以上もあるという仏塔の多くは、長年の風雨にさらされ朽ちかけていた。強烈な日差しの下、あたりには人影もなく、仏塔群は静かに崩壊し続けていた。僕はどこか異界を歩く思いがした。

湖めぐりの終わりに今夜のホテルへ向かった。昨日のホテルは満室のため連泊できなかった。到着した今夜のホテルはさらに大きく豪華だっだ。桟橋をあがったところのテラスは、湖に向かって大きく張り出し、心地よい風が吹いていた。

案内されたコテージにはとても広く、バスルームには大きなバスタブが置かれ、シャワーからはふんだんに熱いお湯が出た。寝室には朝晩の冷え込みに備えた暖房用のエアコンまで付いていた。南国では珍しいことだ。

快適な一夜を過した僕は、ニャウンシュエ村へ移動する午後の時間まで、このホテルで過した。ロビーで風に吹かれ、藤沢周平を読んだ。テラスのイスに掛け、ぼんやりとボートの出入りを眺め、コテージの間の通路を散策しながらテレサ・テンを聴いた。

プールサイドに寝転んで空を眺める。見渡す限り広がる水と緑、雲ひとつ無い青空。何もさえぎるものが無い開放感、僕はこんな大きな空を今まで見ただろうか。そう、ここでの最上の過し方は何もしない、何も考えない、ただ風に吹かれるだけ。

湖を渡って来る風は、海風と違ってきつい潮の匂いも無く、水と緑のやさしい香りがした。(続く)
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71 小笠原の旅(1)波路はるかに
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68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
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52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
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32 ハワイ島滞在記(1)
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
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8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
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1 東北紅葉雪見風呂
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