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僕の偏見紀行
157 ミャンマー紀行(12)暑い国の熱くて甘いお茶
2013年4月26日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 茶店の中でカメラを構えた僕の前に突如現れ、自分を撮れ、撮れ、と迫った、よく分からないオジサン。
▲ 茶店のテーブル。注文したミルクティーの他にお菓子やスナック類、サービスのお茶がある。
▲ インド人街の路地でキンマを売っていた女性。
インレー湖の最終日は水上ホテルからニャウンシュエ村へ移動した。午後までホテルでのんびり風に吹かれた後、ボートで村へ向かった。

真っ青な空からふりそそぐ太陽を一杯に浴びながら、ボートは快調に進む。日差しは強いが心地よい風が吹いて快適だ。しかしボートがスピードを増すにつれ、肌寒くなってきた。フルスピードになると寒さが増し、ついには上着をはおり、風除けの毛布をかぶった。昼下がりの一番暑い時間にこうだから、朝晩の冷え込みはいうまでもないだろう。

僕が最終日のホテルを陸上にしたのは、これが理由だった。ヤンゴンへ戻る飛行機便は例によって朝が早い。水上ホテルから村まで1時間、そこから空港までさらに1時間かかる。乗り遅れないためには、夜明け前の湖をボートで1時間も走ることになる。

日本の真冬と同じ寒さの中を、吹きさらしのボートで走るなんて、寒がりの僕にはとんでもない話だ。陸上に宿を取ればその心配は解決する。

翌日早朝、タクシーで空港へ向かった。途中の峠道の木々の合間から鉄道線路が見えた。車を止めてもらい暫く眺めていたが列車が通ることはなかった。朝もやの中、か細いレールが緩やかにカーブを描く先に、小さな駅舎が見えている。こんな人里はなれた人影も無い峠に、どんな人たちが乗り降りするのだろう。

10日振りに戻ったヤンゴンは猛烈に暑かった。容赦なく照りつける太陽の下で車がひしめき合っていた。先日泊ったホテルに行くとフロントは僕を憶えていた。部屋はちゃんと用意してますよ、と未だ昼前だったけどチェックインすることができた。

久しぶりの都会のホテルの部屋が、僕にはまぶしく輝いて見えた。早速バスタブ一杯にお湯を張り、汗とホコリを洗い流す。嗚呼、極楽、極楽。

旅の終わりに、ヤンゴンの下町を歩きたくてホテルを出た。先日は時間が無くて行けなかったインド人街を目指す。ホテル近くのスーレー・パヤーの交差点を右折すると街の様子が変わった。露店や屋台が歩道にギッシリ並び、その隙間を人が歩いている。

通りから路地に入ると、そこはインドだった。サリーをまとう女性が歩き、濃いヒゲにギョロリとした目つきの男たちが、屋台のそばで輪になってチャイを飲んでいる。いつかベナレスやコルカタで見かけた光景がよみがえる。

路地の両側は、英国統治時代と思しき凝った造りの古びたビルが並んでいる。1階の路地に面した部分はいろんな商いの間口の狭い店となっている。ブラブラしていると、電気工事や水道工事関係の材料屋が並ぶ一角に出た。

僕も若い頃水道工事の材料屋を仕事でまわったことがある。国は違っても、同じ業界のよく似た雰囲気が漂う路地が懐かしく思えた。

一軒の配管材料屋へ入った。パイプや継ぎ手・バルブ類が雑然とした店内に所狭しと並んでいる。レジに座った店主と材料を買いに来た職人が、電卓を間に商談の最中だ。人間の顔つきは違うけど、大阪の立売堀問屋街の光景と全く同じだ。あの頃僕は若く、仕事は忙しくて大変だったが、材料店のオヤジとの商談、そしてその後の一杯は楽しかった。

何か欲しいのか、店主が僕に尋ねる。僕が、若い頃日本の同じ業界で働いていたので懐かしい、と答えると大いに喜こんでくれた。

歩き回って疲れた僕は通りの茶店へ入った。店内に沢山置かれたテーブルの周りは、お茶を前にして喋る人々で一杯だ。テーブルにつくとすぐやってきた少年に紅茶を注文する。

ウエイターはみんな少年のようだ。小学生風の幼い子供もいる。みんな実によく働く。こまめにテーブルをまわって注文を聞き、店の奥からお茶やお菓子運んで来る。壁際の一段高い帳場に主人らしい男が座ってにらみを利かせている。見たところ中国人のようだ。

やがて運ばれて来たのは熱いミルクティー、インドのチャイによく似ている、いや同じものだ。ナベの牛乳に紅茶の葉と砂糖を入れて煮立たせて作るお茶。インドは素焼きの素朴な茶碗だったけど、ここはちゃんとしたティーカップだ。

かき混ぜると底にたまったコンデンスミルクが浮いてくる。とても甘い。暑い国で飲む熱くて甘いお茶、これが炎天下を歩き回った身体に染み渡り、不思議に美味しい。インド風に、熱いお茶を受け皿に少しずつこぼして飲む人もいる。

テーブルには中華風のマンジュウやカステラ風のお菓子が無造作に置かれ、好きなものを食べ、食べた分だけ支払うことになっている。サービスの緑茶の土瓶と湯のみもあるので、ミルクティーを飲み終わっても、気の済むまでユックリできる。

周りにはいろんな客がいる。隣では4〜5人の屈強の男達がテーブルを囲み、一冊の古びたノートを前に口角泡をとばしあっている。さりげなくノートを覗くと、一覧表に細かい数字がエンピツでビッシリ書き込まれている。話が一段落したところで、その中の親方風の男が裁定を下すように話し始めた。

何人かが反論したものの、最終的にはみんな納得した様子だ。そして親方はバッグから取り出したお金をみんなに分配した。受け取った男達は嬉しそうに店を出て行った。

人待ち顔の中年男のテーブルに男がひとりやって来た。その男はカバンから白い小さな紙包みを取り出して待っていた男に渡す。受け取った男は、すぐに包みを開け、細かい石の粒を取り出すと、それを持って店の外へ出た。そして店先の歩道で、その粒を日にかざしながら真剣に調べ始めた。

調べ終わった男はテーブルに戻り、電卓と書類を挟んでもう一人と話し始めた。ヒソヒソ声の長いやりとり後、やっと結論が出たらしく、二人の間で石の粒とお金が行き交った。そして二人は肩を並べて店を後にした。

片隅のテーブルには先ほどから、男が一人険しい顔つきで黙然と座ったままだ。インド風のヒゲのある初老の男は長いこと一人でそこにいる。何を心に抱えているのか、まるでこの世の苦悩を一人で背負い込んだような眼差しで一点を見つめている。

僕はサービスのお茶を何杯もおかわりしながらねばった。僕の眼前で繰り広げられるドラマは実に興味深く面白かった。僕はいつか時間の立つのを忘れていた。

面白いのでヤンゴン最後の2日間、一日に何度もそこに通い、店の少年達とも仲良しになった。行く度にチャイを飲み、お菓子を食べ、軽い麺のお椀を食べた。一杯30円の、このミルクティーこそが、僕にはこの旅一番のご馳走だった。(終わり)
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81 シルクロードの旅(4)ブハラへの道
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78 シルクロードの旅(1)タシュケント到着
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76 小笠原の旅(6)小笠原海洋センター
75 小笠原の旅(5)母島列島
74 小笠原の旅(4)宝石の島、南島
73 小笠原の旅(3)ザトウクジラの海
72 小笠原の旅(2)BONIN ISLANDS
71 小笠原の旅(1)波路はるかに
70 インド紀行(7)タージ・マハルの光と影
69 インド紀行(6)ガンジス川の夜明け
68 インド紀行(5)夜行寝台「ハウラー・カルカ・メイル・2311号」
67 インド紀行(4)ダージリン滞在
66 インド紀行(3)ダージリンへの道
65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
45 白神の森の宝
44 挑戦!乗鞍岳
43 北東北ローカル線の旅 (4)津軽じょんがらの夜はふけて
42 北東北ローカル線の旅(3) 雨の下北恐山
41 北東北ローカル線の旅(2) うみねこレール
40 北東北ローカル線の旅(1) 春のうららのドリームライン
39 50年の時を超えて
38 知床の秋(2)、ウトロにて
37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
29 年の暮れ、奥那須で想う
28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
20 上海点描
19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
2 信州信濃路
1 東北紅葉雪見風呂
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