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葉山日記
49 ロバート・キャパ
2004年5月13日
中山 俊明 中山 俊明 [なかやま としあき]

1946年4月23日生まれ。東京・大田区で育つが中2のとき、福岡県へ転校。70年春、九州大学を卒業後、共同通信に写真部員として入社。89年秋、異業種交流会「研究会インフォネット」を仲間とともに創設、世話人となる。91年春、共同通信を退社、株式会社インフォネットを設立。神奈川県・葉山町在住。

ニックネームはTOSHI、またはiPhone-G(爺)
東京都写真美術館で「知られざるロバート・キャパの世界」展をみてきた。スペイン内線で撮られた「崩れ落ちる兵士」(写真上)や、第2次世界大戦時の「ノルマンジー上陸作戦」(同下)の荒々しくブレた写真など、キャパの戦争写真はあまりにも有名だ。

今回は戦争以外の、いわば平時の彼の作品を楽しみに出かけたのだが、正直いってがっかりした。安全な背景で撮られた作品は、キャパファンには申しわけないが、凡作、駄作が多い。去年みたセバスチャン・サルガドに較べると、その「芸術性」の差は歴然としている。

作家・沢木耕太郎が「戦場を離れた彼の写真にはその素材だけが目立つ。同じ子供を撮った写真でも戦火の下の子供を撮ったものを比べると、きわめて平凡なものになってしまう」と書いているが、僕も今回まったくどうようの感想をもった。1954年に来日した時の作品はその最たるもので、「撮影者=ロバート・キャパ」のクレジットがなければ、「アマチュアの作品と思われても仕方がない」と言ってもいい過ぎにはならないだろう。

もっともそのことはキャパ自身もよく自覚していたようだ。
「写真を芸術であるという人と、それを専門的な職業であるという人と、ふたとおりある。しかし自分の考え方からいうと、芸術であるというひとはアマチュアである。そうして偉大な人はそれを専門の職業であるというわけです」(来日時の対談で)。

「写真は芸術か否か」という議論はつねづね繰り返されるが、僕はこれはまったく意味のないテーマだと思っている。喩えると「紙にペンで文字を書くこと」「キャンバスに筆で描くこと」は芸術か否か、ということと同じだ。「フィルムにカメラで見たものを定着すること」は芸術か否か、と問われときの答は明らかだろう。写真も、文字や絵や踊りやメロディーと同じで、その「出来」しだいで芸術にもなる場合もあるし、ならない場合もある。つまり写真は、ペンや筆や楽器と同じ、単なる手段に過ぎない。

写真が他の表現手段と異なるのは、カメラという精密機械と、フィルムという感光材料という、「使いこなすのにある程度の技量を必要とする物理的および化学的道具」が2つ同時になくしては成立しえない、という要素だろう。

上野彦馬や下岡蓮杖といった、幕末から明治に活躍した日本初の写真家たちの伝記を読むと、彼らの苦労は、写真機と感光材料の知識をいかにして外国から手に入れるか、ということだけにあったことがよく分かる。人間の目に見えていることをガラス板の上にそのまま写しとり、定着させる。当時の彼らは「職業写真師」ではあってもけして芸術家ではなかった。

小説家は自分が気にいるまで原稿用紙を破り続ければいい。画家は気にいらなければキャンバスを白絵具で塗りつぶしてしまえばいい。写真家にはそれができない。ここが写真が他の表現手段と異なる一点である。あえていえばもうひとつある。写真だけは「そこにいなければ生みだせない」ということだ。さらに「専門的職業性」を要求される一連の仕事が続く。

報道写真家は、銃弾の飛び交う戦場で、冷静に対象を見詰め、適確な露出でシャッターを切る。だが、写真家の仕事はそれで終わるわけではない。フィルムを安全地帯まで持ち帰れたとしても写真家にはなお不安がつきまとう。なぜなら、自分が見た世界がフィルムに写ったのかどうか、現像されてみなければ分からないからだ。

現にキャパが命を賭けて撮影した「ノルマンジー上陸作戦」は無事に現像を終えたあと、まさかのトラブルに襲われた。助手がうっかり現像済みのフィルムを乾燥機にいれたまま長時間放置してしまったため、乳剤がいちぶ溶けてしまったのだ。もっとも結果オーライで、過剰乾燥の結果、粒子が荒れてしまった作品は、戦場の緊張感をより高める結果を生んだ。

まずは現場に居合わせること。冷静に対象物にカメラを向けシャッターを切ること。カメラとフィルムが正確にその役割を果たすこと。撮影フィルムが安全に持ち帰られ、適正な現像処理がなされること。これら一連の作業がすべて完全に進行しない限り写真は生まれない。キャパが「写真は専門的職業である」と言い切ったのは、僕にはとても分かりやすい。

キャパは40歳にしてインドシナで自ら地雷を踏んで死ぬ。それを人は「キャパの悲劇」というが、沢木は別の見方をする。

「嫌悪してやまなかった戦争の下でしかよりよく生きられなかったこと。そしてしかし、そこにおいてしか傑作を撮れなかったことの中にキャパの悲劇があった」

写真は芸術か否か。意味のない議論だとわかっていても、それはいつも漠然としたコンプレックスのようなかたちでキャパのこころの片角に存在していたテーマではなかっただろうか。と、これは元報道写真家である僕の勝手な想像である。
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