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女らしい男たち |
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2004年9月30日 |
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 | 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]
福岡県生まれ、横浜市に住む。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在は気ままな主婦生活を楽しんでいる。著書に『朝鮮王朝の衣装と装身具』(淡交社、共著)『韓国の近代文学』(柏書房、翻訳)などがある。現在、文化交流を目的とした十長生の会を友人たちと運営、活動している。 |
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▲ たまには日本的なものも… 材料はほとんど日本のビーズ 白っぽい部分は白蝶貝(あこや貝)のビーズ
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▲ かんざしいろいろ 右上から時計周りに…珊瑚と淡水パール、 フランスビーズ、チェコビーズ、日本ビーズ使用 |
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「アタックナンバー・ハーフ」という映画があった。2000年に日本で公開されたタイ映画である。タイのある県を代表するバレーボール・チームがさまざまな試練を乗り越え全国大会で勝ち進んでいくさまを描いた“スポ魂もの”のコメディ映画である。
この映画は、タイ映画をあまり観に行かないタイの人たちが映画館に押し寄せ、歴代興行収入第2位という大ヒットとなった。この映画が普通のスポーツ根性ものの映画と一味違うのは、映画の主人公たちが「カトゥーイ」と呼ばれる人たちであることと、実話に基づいて作られている点である。
タイ語でいうカトゥーイとは、俗っぽい言い方でいえば「オカマ」「オナベ」「ゲイ」の人たちの総称である。このチームの選手たちは(1人を除いて)全員がオカマ、監督はオナベだった。
この映画のヒロインの名前はジュン。そう、あのなつかしのTVドラマ「アタック・ナンバー・ワン」の主人公と同じ名前である。「アタック・ナンバー・ワン」はタイで知らない人はいないといっていいほど最も人気を得た日本のドラマなのだ。邦題の「…ハーフ」はニューハーフのハーフである。
ニューハーフといえば、バンコクには「カリプソ」というオカマショーがある。女装のニューハーフたちが、観光客を相手に音楽に合わせて美しい踊りや寸劇を披露してくれる。出演者は身も心も?女性に転じてしまった絶世の美女たちと、コメディ部門担当の鬚そり跡青い美女?である。
歌やセリフは、実はすべて口パクなのだが、ハリウッドのダンスあり、韓国伝統舞踊あり、そしてなぜか日本髪にうち掛け姿の都はるみが熱唱する「惚れちゃったんだよ」まであって、90分のショーはため息と笑いと涙(笑いすぎの涙)のうちにあっという間に幕を閉じる。それにこのショー、親子連れで見ても楽しい“健康的な?”オカマショーなのである。
観客たちは、「さすがサヌック(楽しさ)とスワイ(美しさ)に最大価値を置くタイ人たちのなせる技!」などと感心させられ、舞台の後にはお望みなら劇場出口でご贔屓の美女と記念撮影(チップが必要)もできる。
しかし、この美女たちがみな好きでこの世界に入ったのかといえばそうでもないらしい。なかにはやむを得ない経済的事情から…という人もけっこういると聞く。そんな話を耳にすると、笑顔で記念撮影に応じる彼ら(彼女たち)の姿がどこか悲しげにも見えて、心がチクリと痛んだりするのだ。
タイに住んでいると、このカトゥーイと呼ばれる人たちに日常的に出会う。アパートの管理人、従業員、美容師、客室乗務員、ムエタイ(キックボクシング)の選手まで…日本や他のアジアの国々に比べるとかなり高比率だ。だからダンサーやバレーボールの選手がニューハーフだったとしても驚くにはあたらない。それに普通のサラリーマンの背広姿や作業着姿の人も多い。
ある日系企業で働く男性S君(20代)はある日「女性宣言」をした。つまり、“カミング・アウト”したわけである。そしていままでと同様に職場で働きつづけている。“宣言”の後変わったことといえば、同僚の女性たちにオフィス内の女性トイレの使用を認められたことと、おしゃべりの輪に入れてもらえたことだそうだ。
中間管理職のF氏。彼はその辺ではちょっと有名なカトゥーイさんである。たまにばったり会うと、体を捻りながら「オクサーン! サワディーカ!」とあいさつしてくれた…いや、本当は通常の男性の「サワディーカップ!」だったかもしれないが、どうも「サワディーカ!」だったように思えてならない。
カトゥーイさんたちだけでなく、一般的にタイの男性は人当たりがソフトで、やさしい。一緒に食事をすると、料理を取り分けてくれたり、コーヒーに砂糖を入れてくれたり、実に心遣いが細やかなのだ。それは相手が特別の対象だからというわけではない。
あるタイ人男性がいったことばがある。タイでは幼い男の子を育てるとき「男らしくしなさい」「男だから泣くな!」などとはいわず、「やさしい気配りのできる人になりなさい」といって育てるのだそうだ。タイの男性は“男らしさの呪縛”から解放されているように見える。そういった意味では、サービス業に向いているお国柄といえそうだ。
カトゥーイさんが多いのは、そういった環境だからだろうか。彼らは日本などよりはずっと市民権を得ていて、くったくなく生きているように見える。しかし、実際はタイ社会での彼らに対する差別意識や偏見は依然として根強いのだという。
あのバレーボールチームも、バレーボール協会から出場に圧力をかけられたりする。しかしチームは、着実に実力をつけ、そういった周囲の冷たい視線をも熱い声援に転じながら、最後には国体で優勝までしてしまうのである。映画の終わり、音楽とともに流れるのは実物の監督・選手一人一人の映像である。
映画の中の彼ら(彼女たち)はかわいい。ファッションに気遣い、練習では黄色い声を上げながら爪をかばったりする。それでいて原題は「サトゥリー・レック」(鉄の淑女たち)というから可笑しい。やさしそうに見えて鋼鉄のように強かった!これって理想の女性像?男性像?
(追記) この映画のヒットで、タイの人びとの「カトゥーイ」と呼ばれる人たちに対する見方がかなり変ったといわれている。
映画のチラシはこちら ↓ http://www.minipara.com/movies2000-4th/attack-number/img/big.jpg ヨンユット・トンコントーン監督・脚本。2002年には続編「アタック・ナンバー・ハーフ2」が制作・公開された。
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