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93 カトリーヌ & マリー
2008年4月8日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。

























カトリーヌ & マリー


上の絵をご覧ください。これは、「フランス王妃マリー・ド・メディシス(メディチ)のマルセイユ上陸」と題する、ルーブル美術館に展示してあるリューベンスの作品です。(制作年代は、1622〜1623年)

1612年の年末、リューベンスは前年、パリに完成したリュクサンブール宮殿に、ルイ13世の母である皇太后、マリー・ド・メデシィスの生涯を壁画にしてほしいという注文を受けました。もちろんフランス王室から。

全部で21枚からなるこの壁画は、1625年2月までにすべて引き渡されましたが、この作品はそのひとつ、年若い王妃(当時、23歳だったはずです)が、メディチ家からお輿入れのために船で到着し、マルセイユに上陸した時の光景を描いたものです。

実際には、こんな劇的な場面であろうはずはないのですが、リューベンスらしい、ドラマチックと言うか、大げさな情景が見事なまでに表現されていますね。

天も海も大地も、光と色彩に輝き、王妃の無事到着を祝っています。名声の女神ファーマは天高く舞い上がり、2本のラッパを吹き鳴らしています。そして海神ポセイドンとそのお付きの人魚たちも、海面に姿を現し、王妃の到着を祝っています。

ここには、夫アンリ4世が狂信的カトリック僧によって暗殺された後、息子のルイ13世の摂政となり、リュクサンブール宮殿を造営して、夫とは違う王権のイメージを生み出した、マリー・ド・メディシスの若き日の姿が威厳に満ち、堂々と表現されているのです。とても23歳の花嫁さんのお輿入れとは思えません。

実は、この絵の主人公のことを、私は長年勘違いしておりました。

ルネッサンスの覇者、フィレンツェのメディチ家から、フランス王妃になった女性としては、まずカトリーヌ・ド・メディチ(Catherine de Medicis 1519-89)が挙げられます。

カトリーヌに関しましては、料理やワインの世界では有名な次のような話があります。

すでにルネサンス文化が花開いていたイタリアに比べ、当時のフランスは、文化的に著しく遅れていました。なにせ食事と言えば、創意工夫して美食を楽しんでいたイタリアとは違い、洗練という言葉とは無縁な料理を、ろくな食器も使わずに、手づかみで食べていた人々が住む国でした。

この当時の食文化後進国フランスに、料理のなんたるか、食事のマナーのなんたるか、食器はどうあるべきか、等々を持ち込んで来たのが、カトリーヌ・ド・メディチという、メディチ家のお姫様と側近達であったのです。

軍事的には強かったものの、美食とは無縁な食生活野蛮国であったフランスに、洗練された料理の他にも、アイスクリーム、プチ・フール、ビスケットなどなどを持ち込んで来たのも、このお姫様ご一行でした。さらに今や、イタリア料理だけでなく、フランス料理でも高級食材とし珍重されるトリュフがフランスに入ってきたのも、この時期なのだそうです。

また、カトリーヌ王女が、持参した銀のナイフとフォークは、その後フランスのみならず、ヨーロッパ各国に大きな影響を与えたのだそうです。ちなみにスプーンは、比較的早くからフランスや、他の国々にもありました。スープはさすがに手づかみでは飲めないので、そうなったのだと思います。もっとも銀のスプーンなどは、あるはずはなく、ほとんどは木製のものであったようですが・・・。

というわけで、「食文化、生活文化は、お嫁さんについて伝播する」という人間社会の生活真理は、ここでもあてはまっていたのです。

ですから、今でもイタリア人に言わせると、フランス料理の本家はイタリアであり、イタリア食文化のおかげで、今のフランス料理があるのだ、ということになるのです。これはイタリア人がよく口にします。私もじかに聞いたことがあります。

横道のお話が長くなりましたが、実は私は上の絵の主人公は、このメディチ家からの第1号のフランス王妃、カトリーヌ・ド・メディシスだと、長い間思っておりました。ところが、ふとしたことから気がつきました。これは、カトリーヌではなくて、そのちょっと後の時代に、やはりフランス王妃となった、マリー・ド・メデシィスのことだと。2人のイタリア出身のフランス王妃が生きた時代は、次の通りでした。

カトリーヌ・ド・メディシス(Catherine de Medicis 1533 結婚  1519-1589)

マリー・ド・メディシス  (Marie de Medicis 1598 結婚  1575-1642)

そう言えば、カトリーヌがフランスに上陸したのは、14歳の時でしたから、いくらリューベンスがオーバーな表現をしたとしても、その威風堂々ぶりには、ちょっと無理があるような気がしていました。

この2人のイタリア出身・フランス王妃は、それぞれに、その時代の複雑極まるヨーロッパ情勢の中で波乱に満ちた人生を送ったのですが、カトリーヌは70歳、マリーは、67歳まで生きたわけで、当時としては長寿であったこと。それと、2人とも円満な結婚生活をいとなんだわけではないのですが、いずれも夫の死後、宮廷の実権を握り、絶大な権勢をふるったことなどの共通点があります。

その詳細は、宗教戦争や多くの戦乱に満ちた16、7世紀のヨーロッパ情勢そのものですから、とうてい私の手におえるようなものではありませんが、女性の強さをしみじみと感じてしまいます。血縁のない夫の死後は、血縁そのもののわが子に対する絶対的な影響力を駆使して、宮廷の実権を握ってしまう、などは洋の東西を問わず、同じようなことをしてきたのですね、この手の人々は。

ともかく、上のリューベンスの絵は、イタリア出身王妃第1号のカトリーヌではなくて、その65年後に嫁いだ、王妃第2号のマリーでした。つまり、イタリア料理と食器をひっさげて、イタリアのお姫様が初めてフランスに上陸した時の絵ではなかったのです。食に関心が強いもので、ついそちらと関係づけてしまうのは、私の悪いクセと、いささか反省しております。

それにしても、女性は強いですね。

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