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縁の下のバイオリン弾き
70 ピンピンパンパン
2013年5月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「魯智深」陳洪綬(1598-1652)筆
少し前にヨーロッパで馬肉が牛のひき肉に混ぜ込まれていたことがあって大騒ぎになった。スエーデンの家具会社IKEAでも、カフェテリアで売られている名物のミートボールの中に馬肉が入っていることがわかった。アメリカの店舗でもそれが売られていたらしい。

スエーデンといえばミートボール、というほどスエーデンのミートボールは有名だ。しかし私はスエーデンに行ったことがないので本場のミートボールがどんなものか知らない。そのためにイケアのミートボールはエキゾチックに思われて、たまに行くと必ずと言っていいほど食べた。

私は日本人で馬の肉を食べることに抵抗はない。もしいつかモンゴルに行けたら馬肉で作った本物のタルタル・ステーキを食べてみたいと思っているぐらいでイギリス人のように「馬の肉を食べてしまった!」と顔青ざめるような拒否反応はない。だからイケアのミートボールに馬肉が入っていたといわれても平気だ。

でもあのミートボールは非常識に安いから、その値段にはいつも首をひねっていた。馬肉が値段を押し下げていたのだと考えれば(ほんとにそうなのか?)なんとなく納得できる。

しかし馬肉のことを知らなくても正面切って「なんでこんなに安いんだ」と疑問をぶつける人はいなかっただろう。なぜならひき肉というものは安いもの、と相場が決まっているからだ。ひき肉料理の代表、ハンバーガーはアメリカでも日本でも安い。

でも昔からそうだったのか、というとそれには同意しかねる。

ごぞんじ「水滸伝」にあだ名を花和尚、僧名を魯智深という荒法師がでてくる。その第三回に、魯達という名のまだ俗人だったころのエピソードがある。彼が提轄(ていかつ。憲兵のような者)をしていたころの話だ。旅芸人の父親と娘が町で勢力がある肉屋の迫害を受け、娘がむりやり肉屋の妾にされてしまった。ところが本妻が彼女をたたき出す。すると肉屋は出してもいない結納金を返せと言いがかりをつける。そのことを聞いた魯提轄は肉屋をこらしめてやろうと思い立つ(以下は抄訳です)。

魯提轄は肉屋にやってきますと、主人に「お奉行様のご命令だ。赤身の肉を十斤、ひき肉にしてくれ。赤身の肉だぞ。少しでも白い脂身がまじってはならんぞ」といいます。主人はかしこまって小僧にいいつけようとしますと、魯提轄は「小僧なんぞにやらせてはならん。お前がやれ」と命じます。主人は赤身のいいところを取り出し、包丁を手にもって小一時間まな板の上に置いた肉をたたきます。できあがったところでそれを蓮の葉につつんで渡そうとしますと魯提轄は「今度は白身の所だけを十斤ひき肉にしてくれ。少しでも赤身がまじってはならんぞ」と命じます。主人は「赤身の肉は餃子の餡(あん)にでもなさるのでしょうが、脂身をひき肉にしてどうなさろうとおっしゃるので」と聞きました。しかし魯提轄は「そんなこと俺が知るもんか。ともかくお奉行様のご命令だ。つべこべ抜かさず早くやれ」ととりつく島もありません。肉屋は仕方なく脂身だけを時間をかけて丁寧にたたいて包みます。それがおわると魯提轄は「今度は骨を十斤、たたいてくれ。少しでも肉がまじってはならんぞ」と言います。あまりのことに主人が「私をおからかいになるんですな」といいますと魯提轄は「そうさ、からかいにやってきたんだ」といいざま赤身と白身のひき肉を肉屋の頭からバッとあびせかけました。肉屋は怒り心頭に発して出刃包丁をにぎり直すと魯提轄めがけて突っ込みます。

というわけで魯提轄と肉屋の死闘が展開される。肉屋を殺してしまった魯提轄は懸賞金つきのお尋ね者となり、身のおきどころがなくなってある寺に入り込んで坊主になる、というわけだ。もちろんにせ坊主だから酒ものめば肉も食らう。あげくは梁山泊(りょうざんぱく)に転がり込む。

これでわかるように、ひき肉というものは昔は包丁でたたいて作るものだった。もちろんくず肉をたたいてひき肉とする、ということのほうが一般的だったのだろうが、この場合のように最高級の肉をたたいてひき肉とする、ということもあったのだ。

香港にいたころ知ったのだが、香港の主婦には店で売っているひき肉を買わない人がけっこう多かった。どんな肉が入っているか知れたものじゃない、というわけだ。よく吟味した肉のかたまりを自分でたたいてひき肉とする。私も一度友人の奥さんに手伝わされたことがある。

中国の武侠片(ぶきょうへんーチャンバラ映画)に興味がある人ならご存知だと思うが 胡金銓(こ・きんせん)監督の「龍門客桟」(りゅうもんかくさん-1967年製作)という作品がある。いまでは中国映画でふつうになったトランポリンを使ったりワイヤーを使ったりするアクションをはじめて試みたということで有名な作品だ。その映画に主演した白鷹(はくよう)という俳優と私はちょっと知り合いだった。あるとき子供の時に家で餃子をつくるとなるとかならずひき肉を作らされたものだ、という思い出話をしてくれた。

「包丁を二本、左右の手ににぎって肉をたたくんだ。ほら、こういうふうに、ピンピンパンパンと」とそのやり方を実演してくれた。その「ピンピンパンパン」という言葉は中国語ではごくふつうの言い方なのかもしれないが、私にはひき肉のたたき方の形容として実にぴったりだと思われて今に忘れられない。

中国の包丁は日本の包丁などとは比べ物にならないほど幅の広い四角い包丁で、それだけに重い。それをまな板に叩き付けるのだからひき肉など見る間にできてしまう。

中国での餃子の歴史は古く、紀元前6世紀の昔からあるそうだ。だから中国人は何千年にわたって「ピンピンパンパン」「ピンピンパンパン」とひき肉をつくってきたわけだ。包丁の二刀流で。

これは誰のどのような本で読んだのだか忘れてしまって正確なところが書けないのでもうしわけないのだが、次のような話がある。この本の著者が中国は敦煌だったかどこか西の砂漠を軍隊の一小隊とともに旅をしていた。その兵隊の一人がカモシカだか野生のヤギだかをみつけて銃をかまえ、一発でしとめた。すると他の兵隊たちがすぐに湯をわかし、粉をねって皮をつくり、その動物を解体してひき肉にしてゆで餃子にして食べた、というのだ。ね、すごいでしょう。肉なんかそのまま食べればいいじゃないか、と思うのは我々の感覚で、彼らはそんな面倒な手続きを経ても餃子が食べたいらしいのだ。それに餃子というものは日本でいう「同じ釜の飯」的感覚にあふれている。肉のいいところも悪いところも関係なくたたきにたたいて同じ形に包みこんでみんなで食べる、という共食の公平感がある。ついでに書いておくと餃子は中国ではゆで餃子が中心で、ご飯といっしょに食べるものではなく、そればかりを腹一杯になるまでひたすら食べるものである。新年(現在の春節)のごちそうだ。

もともと北方のもので南中国にはなかった。広東料理の餃子というと飲茶でおなじみの蝦餃(ハーカウ)だ。これはエビの蒸し餃子で透き通った皮の下に赤いエビが見えて美しい。しかしこれはひき肉とは関係ない。

私よりはずっと年上の中国人の知人が話してくれたことだが、戦前の北京では餃子を買う金のない貧しい人が餃子屋さんから餃子をゆでた湯を買って飲んだそうだ。餃子の皮から粉が溶け込んで重湯のようになるのだが、プロが包んだ餃子では肉の栄養まで期待することはできなかっただろう。

私が香港にいる間にマクドナルドが開店した。しかし私は一度も食べたことがなかった。餃子というものがあるのにハンバーガーなど食べる気になれなかった。また日本ではあまり知られていないかもしれないけれど、伝統的な食べ物のひとつに餡餅(シエンピン)というものがある。これは月餅の餡をひき肉に変えたものだと思えばいい。形からいってもほとんどハンバーガーだ。

だからそれから何年もたって中国の若い人の間でハンバーガーが人気を博していると聞いたときは耳をうたがった。これは現在の中国の話ではない。中国人の収入にくらべてハンバーガー一個にものすごい高値がついていたころのことだ。そんな高いハンバーガーをありがたがって食べるぐらいなら、餃子や餡餅を食べればいいじゃないか、と私は思ったものだ。

そう考える私のほうがてんで何にもわかっちゃいなかったのだ。ハンバーガーは物質的に豊かな西洋文明に対する中国人のあこがれの象徴だった。

日本でだってハンバーガーは流行した。しかし日本には中国における餃子のようなハンバーガーに対抗できる伝統食物がなかったから、私には日本人のハンバーガー好きが中国人のあこがれと同じものだということが見えなかった。日本人だって中国人におとらず餃子を食べているのに。

日本は物質的にはアメリカに劣らなかったわけだけれど、ハンバーガーを取り入れるということが「しゃれたこと」だと思われなかったら流行しなかっただろう。

私が日本に住んでいたころにはハンバーガーはなかった。「ハンバーグ・サンド」というものがあって、ときどきデパートの食堂などで食べたけれど、これは日本のいわゆる「ハンバーグ」をサンドイッチにしたもので、ハンバーガーではなかった。ハンバーガーという言葉もなかった。

ハンバーガーという言葉を聞いたのはテレビで見る漫画の「ポパイ」に登場するウィンピーという中年男がいつもハンバーガーを食べていたからだった。そして私にはそれがどんなものなのか想像もできなかった。



アメリカ西部にはゴースト・タウンといって今は人の住まなくなった町がところどころにある。たいていは鉱山町で一時金や銀が出たのでワッと人が集まったが、鉱脈が掘りつくされてしまうと誰も住まなくなって打ち捨てられた家だけが吹き下ろす風の中に立っている、という場所だ。

ある時私と妻のリンダはキャリコというゴースト・タウンに行った。そこは州立公園になっていて、西部開拓時代の扮装をしたガン・ベルトをつけた男が案内人になっている。観光客をあつめて案内人は昔話をはじめた。彼が実際に体験したはずはないが、「昔の生活は実に大変だった」という。「駅馬車なんてものはスプリングがきかないものだから、ご婦人などはおしりが青あざだらけになってしまう始末で」などという。「食べるものだって自分でみつけなければならなかったんですよ。一番簡単なのはリスを鉄砲で撃って肉を手に入れる。ところがこの肉が堅いんですな。だからそれをひき肉器にかけてガリガリガリガリひき肉にしてハンバーガーにするわけです」

私がキャリコに行ったのは6月ごろだっただろう。キャンプ場があるのでそこにテントを張ってキャンプをすることにし、州立公園事務所に予約の電話を入れた。

「キャンプするつもりなので予約をしたいんですが」「あ、そう。まあ大丈夫だと思うよ」とあいまいな返事のままに行ってみるとあんな受け答えをされたわけがわかった。6月半ばのカリフォルニア内陸地方は炎熱地獄で広いキャンプ場にはほかに誰もキャンパーはいなかった。
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