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94 土佐派
2008年5月4日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。




















土佐派


上の絵をご覧ください。これは17世紀(江戸時代)に土佐派の絵師によって描かれた、「源氏物語図色紙・十二帖より・朝顔」の図です。

実はこれは、2005年3月末にニューヨークで行なわれた、クリスティーズのオークションに出品されたものです。いったいどのくらいの値段で落札されたのかは調べておりませんので、私は知らないのですが、最近ちょっとしたきっかけで、この写真をしみじみと見る機会があったものですから、それを見ながら、少しばかり感慨にふけっておりました。

私も雨宮さんと同様に、ここしばらくの間、慌ただしいことが続き、前回の書き込みから1ヶ月も間隙を作ってしまいました。申し訳なく存じております。

そのお詫びを兼ねてのことなのですが、私の今回の「慌ただしさ」は、どちらかと言えばうれしいことに属するものですので、かいつまんでご紹介させていただきます。

1999年4月にロンドンで英国人青年と結婚した娘は、その後ずっとロンドンで生活をしていたのですが、今年3月末に突然、娘婿の転勤により、家族4人で東京で暮らすことになりました。

結婚当時は音楽大学を卒業して音楽家の道を志していた娘婿(娘もそうなのですが)は、結婚後2年ほどして、人生の航路を大転換させ、猛烈な努力の末、弁護士になりました。そして、ロンドンの法律事務所に4年ほど勤務した後、今年の3月に東京事務所に転勤になったという次第です。

一度は英国に輸出してしまったような気がしていた娘が、家族を伴って逆輸入みたいに日本に入って来たわけでして、突然のことでもあり、妻も私もうれしいのですが、その引越に大いに巻き込まれまして、しばらくはたいへん時間を取られることになってしまいました。

若手の弁護士である娘婿を東京に派遣するに際しては、その法律事務所としては伴侶が日本人であることも大いに考慮したはずです。その事務所の期待に応えてというわけでもないのですが、子供達の幼稚園や学校選び、そして何よりも住居探しなど、近くに来たうれしさからか、しばらくは妻が全面的に応援に駆けつけ、私はそれに巻き込まれるという構図で、なんとも慌ただしい日々が続いていました。

約1ヶ月が過ぎて、ようやく学校等も決まり、住む場所もほぼ決定して、あとはロンドンから船便で届く家財道具が到着次第、仮のアパートから、自分達で選んだ家に引っ越せば、とりあえずは一段落というところに来ました。

「孫は来てよし、帰ってよし」と言いますが、まことにその通りでして、孫達と一緒の時間が過ごせるのは、たいへんうれしいのですが、幼い孫達の底知れぬエネルギーにはやはり疲れます。

という次第で、今日は久しぶりにちょっとだけ、ほっとした時間ができましたので、今から300年以上前に描かれた、この1枚の絵を見ながら考えたことを、ちょっとおしゃべりさせていただきます。

まず最初は、「土佐派」のことです。土佐派と言えば、大和絵を代表する画派で、狩野派とともに日本画の二大流派として知られています。

平安時代、貴族文化が華やかな頃、日本の美しい自然と王朝人たちの風俗を描いた大和絵が日本の伝統的な絵画様式となりました。この大和絵の伝統を何世紀にもわたり、受け継いだ絵画の流派の一つが土佐派です。

土佐派は、もともと京都で誕生したものですが、戦国時代の動乱期には一時、京都を離れて堺へ移りました。そして彼らはそこで中国絵画(漢画)の技法を学び、既存の概念を見直して土佐派の絵画を再構築します。これ以降の土佐派が、土佐派本来の画風と現在では考えられております。上の写真の絵も、そうした絵の1枚です。

その後、江戸時代、再び京都へ戻り、宮廷絵所預 (きゅうてい えどころあずかり) に任じられ、その後も生き延びて来たわけです。

土佐派の画家の中で、最も傑出した光長・光信・光起の三人を土佐三筆といい、大和絵土佐派を代表する三絵師として知られています。と言っても彼らの生きた時代は、こんなふうにずいぶんとかけ離れていました。


土佐 光長 = 常磐 光長(ときわ みつなが)または、藤原光長とも呼ばれます

生年も没年も不詳ですが、平安末期〜鎌倉時代の大和絵師です。後白河法皇に用いられ、宮廷の絵所に仕え、1173年、藤原隆信と共に『最勝光院御堂障子絵』を合作。現在は散逸している『年中行事絵巻』60巻の原本や、『伴大納言絵詞』の作者とも伝えられています。つまり、12世紀の人です。


土佐 光信(15世紀の人)

やはり、生年も没年も不詳ですが、室町中期の絵師・土佐派中興の祖として知られています。


土佐 光起(17世紀、1617〜1691)

それまでしばらくの間、不振だった土佐家にあって、久しく絶えていた宮廷絵所預に任じられ、保守的な土佐派の画風に漢画の手法を取り入れた江戸時代的な画風を確立し、土佐家を再興した画家です。おそらく上の「朝顔」は、光起の作だろうと推察できます。


というわけで、平安時代、鎌倉時代、室町時代、戦国時代、江戸時代と数百年にわたって続いた土佐派の歴史も決して順風な時ばかりではなく、「中興の祖」とか「再興した」とかいう言葉からもわかるように、何度も困難な時代をくぐって来たのだろうと思います。

一族が住み慣れた京都を離れて、堺に移ったことだって、そう簡単に決めたことではないだろうと思います。よほどの事情があったのでしょう。でも、結果としては、そのことにより、従来の伝統的な大和絵の画風にはなかった漢画の技法を取り入れて、新土佐派として京都にカムバックしたわけですから、「艱難、汝を玉にす」という人生の法則は、ここでもあてはまっていたのでしょう。

土佐派とは関係ないことで恐縮ですが、過日、BBC のTV番組で、地球上の生命がこれまで数十億年の間にくぐり抜けて来た危機の歴史を解説しているものがありました。例えば「全海洋蒸発」とか、「全球氷結」などという、すべての生命体を根絶やしにしかねない、深刻な危機が長い地球の歴史には何度もありました。でも、その結果、生命は完全に根絶やしにされるどころか、より進化して現在の生命に命を繋げて来ていると数多くの証拠を元に解説しておりました。そしてまた、逆にそうした危機がなかったら、生命は自身の存在に充足し切って、自滅してしまったかもしれないとも。

おそらくそのことは、気の遠くなるような長い生命の歴史にとどまらず、短い1人の人間の歴史にもあてはまるのかもしれないなあ、とたかだが半世紀余ですが、生き延びてきた生命体として実感しております。困難や苦難がなくなったら、際限なく自己を甘やかして自滅する、というのが生命の宿命なのかもしれませんね。

以上が土佐派のことですが、もう1点、この絵を見ながらぼんやり考えたことがあります。それは、ニューヨークでのオークションということからの連想なのですが、富の偏在のことです。まあそれはアメリカに限らないのですが、競争原理、勝ち組負け組等の言葉に象徴されるような、富の著しい偏りが世界的にこれまでよりも拡大して来ているような気がするのです。日本だって、もちろんその例外ではありません。

そもそも、富や権力、それに情報の偏在が20世紀に社会主義革命を成功させた最大の原因だったのではないでしょうか? しかし、その壮大な試みは、独裁体制、官僚的支配、悪平等、情報統制などといった弱点のために失敗し、現在はその揺り戻しとしての、自由競争、自己責任、勝ち負け、などと言った言葉が力を得ているように思います。

しかし、経済的な自由競争というのは、決して人間的視点から見たらフェアな競争ではない場合がほとんどです。権力や財力を使って、より大きな権力を把握し、自己に有利な法体系や社会的仕組みを作り、富や権力の偏在がさらに進むような「囲い込み」をしている場合がほとんどだと思います。そしてその中で、もっとも大きな犠牲を強いられるのは、社会的な弱者 = 負け組なのです。

オークションでの美術品等の価格と客層は、その時代の一面をはっきりと映し出します。世界中でごくごく一部の人達が、その囲い込みによって手にした有り余る資金を元に投機的行動を繰り返しています。その一方では、世界中で今日も争いの中で命を落としている人々や、極度の貧困の中に閉じこめられている多くの人々が存在し、しかもその人数が増えている。こんな砂上の繁栄が、いつまで続くのかと気が重くなります。

権力や財力を持つ者達が、利益や利権を囲い込むことによって、富、権力、情報をどんどん偏在化させていったら、行き着く先は明らかではないのか、と思ってしまいます。

1枚の土佐派の絵から、こんなことを妄想してしまうと、我ながらイヤになりますが、現在の世界はそんなふうになってしまっていると感じざるを得ません。

今回の娘達の東京転居に際して、人生には何が起きるか、まったくわからないなあ、という人生不可思議感を強くしながら、その一方で、今後の人類社会の行く末を案じてしまうのは、私の年齢の故かもしれません。せめて5月のさわやかな空を見て、気持を持ち直すことにしましょう。


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