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投票日日誌 |
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2008年11月5日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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9月以来、トーマスは毎週火曜日は農園近くのホセとサンディのスミスさん夫婦の家でマッサージを受けて心身をほぐし、その夜はホセの家に泊まって水曜日は朝早くから農園で働くようになっている。とすると、私は家で一人で選挙結果を見ることになる。アメリカ史上画期的な選挙結果を一人で見るなんて… そうだ、ホセの家へ私も行って一緒に開票報告を見よう、と思ったのは昨日。お宅へ私も行っていいかしら?とサンディに聞くと、どうぞどうぞ、と言ってくれたので、投票日の夕方はスミス家で過ごすことにした。
昨夜のテレビは、オバマは国家や国旗も変えようとしていると聞いたから信用できない、なんて言う人たちのことを報道していていた。4年前の大統領選で民主党候補のジョン・ケリーのベトナム戦争従軍時代の行動記録をねじ曲げた大嘘がブッシュに流され、それを鵜呑みにした人が多く出たことが思い出されて、腹が立つより、心配でまたもや心が重くなってしまった。トーマスは黙っているけれど、やはり心配そう。
私たちはテレビを消して、同居人のダスティン君と静かに夕食をゆっくり楽しむことにした。トーマスの親戚で一番親しくしていて毎年遊びに来てくれるヘザーは、エール大学の法学教授だけれど、オバマの法律顧問でもあり、いま頃はシカゴの選挙本部で眠れない夜を過ごしているだろうと思いながら、何もしない私も疲れてしまって私にしては早く床についた。
とうとう投票日だ。お昼前にいつもの通り中国語のレッスンへ行く。先生は台湾出身の女性で、数年前に市民権を取り、投票するのは今回初めて。午後子どもたち(10歳の双子)が学校から帰ってきてから、子どもたちを連れて投票に行くの、とニコニコしている。オバマに票を入れるつもりで、「息子もオバマを応援しているのよ」とも。親しくなった中国語の先生がオバマ支持と聞いて、ほっとする。
帰宅してからメールをチェックすると、アルフレードからメールが入っていた。投票をして来たところだが、投票所があんなに混んでいるのは見たことがないという。私は1週間前に不在者投票を郵便で済ましてしまった。電子投票に問題が続出してから、投票は不在者投票することにしたのだけれど、今回は投票所での意気を味わいたかったなという気もする。うちの近所の投票所は多分いつもと大して変わらない雰囲気だろうけど。
午後5時頃、ホセとサンディの家へ行く。サンディは投票所でボランティアをしていて留守。ホセもまだ帰宅していないけれど、いつもの通り我が家のように私は彼らの家の中に入ってアプル・クリスプ(皮なしのアプルパイのようなもの)を作って、ホセとトーマスの到着を待つ。サンディは投票所が閉まる8時になってもすぐ帰れないだろう。東部の投票所はすでに閉まっているので、テレビやラジオでは開票報告が始まっている。
トーマスが農園からやってきて、ホセが帰って来る。サンディが作っておいてくれた夕食を3人で食べている間に、選挙速報が次々に入ってくる。予測通りオバマ優勢。そればかりでなく、「戦場」といわれたペンシルバニアやオハイオでもオバマが勝って、私たちの緊張がほぐれてくる。
午後7時15分。接戦だったバージニアでもオバマが勝つ。ワァ〜イ! オバマは選挙人数220を確保。西海岸の投票所が閉まるまであと45分もあるけれど、カリフォルニアの票がオバマに行くことは確実だし、選挙人の数は55もあるから、西海岸での開票を待たずにオバマの勝利は決まったのだ。でも、公式には西海岸で投票が終わるまで、どちらが勝ったかは言わないことになっているので、テレビでは何も言わない。が、オバマの勝利は決まった。
午後8時。西海岸の投票所が閉まった。と同時に、オバマが既に275選挙人を獲して当選、とテレビは報告。ホセが投票所にいるサンディに電話する。サンディは声を潜めて、「ありがとう。投票所ではそういう話ができないのよ」と言って電話を切った。
本当だ、確実だ、と思っても、オバマの勝利は夢のような感じがする。そうこうしている間にオバマが獲得した選挙人数がどんどん更新され、たちまちのうちに300を越えていく。
マケインの敗北宣言を聴く。集まった支持者たちよりは品格の高い内容で、こういう姿勢を保っていたら、マケインはこんな惨敗はしなかったかもしれない。テレビの画面に映る聴衆は白人ばかり。
午後9時。オバマが何万人もの大聴衆の前で演説を始める。支持者たちは人種も年齢もさまざま。演説を聴いているときに、友人のドンがやって来る。 「きちんと話せる大統領にやっと恵まれるんだ!」と、ドンは歓声を上げる。
そこへ、サンディが「思ってることがやっと自由に話せるわ!」と言いながら駆け込んで来る。投票所では選挙民にいかなる影響を与えてはいけないということで、開票速報のことはもちろん、候補者のことも一切話せなかったので、彼女は思う存分興奮を表している。
地元選挙の中間結果をテレビで見ながら、みんなでアプル・クリスプを食べ、やっとこの国にも希望が持てる喜びを分け合った。そして10時に私は家に帰った。過去2回の選挙のような接戦でとても夜中前には家に帰れないだろうと覚悟していたのだけれど。
帰宅したら、留守番電話にヘザーからメッセージが2つも入っていた。シカゴのオバマ選挙対策本部からかけたものだ。最初のは「オハイオとペンシルベニアで勝ったわ」と言っている。2つ目のは「オバマが勝ったわ。信じられないくらいすばらしいわ」と、言っているらしい。らしい、というのは、雑音が多くてよく聞き取れないのだ。彼女はもちろん、辺り一面興奮に満ちているのが感じられる。
アメリカの新しい一歩が始まるのだ。 (でも、まだなんだか夢みたい。)
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