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年末の独り言 |
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2008年12月29日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ 真っ黒に焼けこげたアボカドの木からも、新しい枝と葉っぱが出て来た。アボカドも一生懸命なのですね。 |
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やっと年末年始のカードを日本に出した。クリスマスの2日後だ。これでは年賀状としても遅いだろうな。いつもだったら少なくともクリスマスの1週間前には投函しているんだけど… 今年は日本以外の国外にそうするのがやっと。国内はクリスマスの3日前に出したけれど、クリスマスの時期は郵便が遅れるので、カリフォルニア州内では間に合っても、東海岸では早くても1日遅れで届いたはず。東海岸の親戚に送るプレゼントもしかり。クリスマスには間に合わないから、お年玉のつもりで新年に送ろう、なんて決め込んだけど、まだ包んでもいない。
カードは1枚ずつ丁寧に(の、つもり)手作りしたので遅れたんだって言えば立派な言い訳が成り立ちそうだけど、それならもっと早くから手掛けておけばいいってわかっている。実際、去年は手作りカードを早くから準備しておいてちゃんと間に合わせた。もちろん、大慌てで必死になって間に合わせた年もある。
ところが、今年はちっとも「必死になる」気が起こらない。クリスマスカードとして間に合わなければ年賀状にすればいい。クリスマスプレゼントとして間に合わなければお年玉として送ればいい。どちらも元旦に届けられなかったら… まぁ、それでもいいじゃない。なんとか大目に見てもらえるでしょうって、勝手に自分に納得させている。
何でも頑張って締め切りに必ず間に合わせるというやり方を通して来た私が、どうしてこうなったのか… 11月から12月にかけて1ヶ月も風邪が抜けなくて元気が出なかったっていうこともあるけれど、どうもそれだけではなさそう。
研究会サイトのエッセイにしても同じ。「ちっとも更新されていないけど、どうしたの?」と何人かに問われて、返事のしようがなかった。自分でも理由がよくわからないから。どうもトーマスの交通事故の訴訟裁判を境に筆が鈍ったようだ。訴訟顛末記を書いた後、なんだか気分がすごく滅入ってしまった。いつもだったら、書いた直後は結構爽快な気分になるんだけど… (それでもとにかく、訴訟顛末記はまた再開して完了させなくちゃ。)どうもそれ以来、書くということが億劫になった。エッセイだけでなく、メールも返事を書かずじまいのものがどっさり溜まってしまった。どうやらあの裁判にエネルギーを相当消耗させられたようだ。
そういえば、今年やろうとお正月に決めたことも、ほとんどは裁判を機に萎んでしまった。そのうちの1つは、ホームレスのニックを月に1度ランチに連れて行くことで、これは細々と続いてはいるものの、とてもとても毎月などはしていない。
彼にクリスマスの七面鳥料理は持って行ってあげるつもりだった。そのことを前もって知らせておくためと、クリスマスカードを渡すために、クリスマスイブに彼の「家」へ行ってみたけれど、彼はいなかった。もうすっかり暗くなっていていつもだったらいるはずなのに、どうしたのだろう。11月中旬の彼のお誕生日にランチに連れて行ってお祝いして以来彼とは全然会っていない。何かあったのかしら。高速道路の真下にある木製のコンテナを寝場所にしている彼は、そこから追い出されるのを非常に恐れていて、目立たないよういつも気をつけていたけれど、とうとうキャルトラン(CalTran:カリフォルニア州道路公団)に公共安全とかなんとかの理由で追い出されちゃったのかもしれない。1ヶ月以上も彼と会っていないのが悔やまれる。
クリスマスの日、午後からシャーリーの家に彼女と彼女の101歳のお母さんを始めとする家族が集まった。シャーリーとは30年以上も親しくお付き合いしているから、私たちも彼女の家族。ポテトや野菜料理やパイは持ち寄りで、七面鳥料理は私の受け持ち。気前がいいんじゃなくて、普通に焼かれた七面鳥はパサパサしてちっともおいしくないので、超高温で自分で焼いたのが一番おいしいから。それに七面鳥のローストはいとも簡単で、ちっとも苦にならない。詰め物をしてフォイルで密閉した七面鳥を午前中にシャーリーの家に持って行って、彼女のオーブンに入れ、温度計の針を七面鳥に刺して、あとはでき上がるのを待つだけ。うちで正餐をするとなると、家の中を片付けてテーブルをセットしたり座席を指定したり、いろいろ時間のかかる作業があるので、シャーリーの家でやってもらって私はとってらくちん。午後3時ごろ楽しく正餐が始まった。七面鳥はジューシーでおいしいと大好評。料理人としては自分の作ったものを喜んで食べてもらうのが一番うれしい。
正餐が早く始まったので、後片付けも7時前には終わった。それもみんなで一緒にやったので楽しい。食べきれなかった物がいっぱいあって、それもみんなで分け合って持ち帰る。
「ニックに食事を持ってってあげるんじゃなかったのか?」帰宅後,トーマスが聞く。 「そのつもりだったんだけど、彼、昨夜はいなかったのよ。どこかへ行っちゃったのかもしれない…」 とにかく行ってみようという元気が私にはない。トーマスはしばらく黙っていたけど、再び口を開いた。 「いるかいないか、ちょっと見に行ってみたらいい。もしいたら、食事を持ってってあげればいいじゃないか」 それもそうだけど… 彼の「家」まで車で5分とかからないけど、行ったり来たりは面倒くさいな。それなら食事を持って行って、彼がいなかったら持って帰ってくればいい、と思い直す。
赤いプラスチックの大皿に七面鳥やマッシュポテトや野菜料理を、小皿にフルーツケーキを1切れ載せ、紙ナプキンにくるんだナイフとフォーク、アプルサイダー1瓶と紙コップを袋に入れて、護衛用に犬も連れて車に乗り込んだ。
高速道路の入り口にある駐車場に車を止めて、ニックの「家」の方へ歩き始めたら、向こうから人影がこちらにやって来る。暗くてよく見えないけど、犬が吠えないから、ニックかな? 「ニック?」 「ハロー!」と耳慣れた声が返って来た。やっぱりニックだ。 「昨夜会いに来たのにいなかったから、どこかへ行っちゃったのかと思ったわ」 「そっちこそ、ずうっと顔を見せないから中国へ行ったのかと思ってたよ」 私が中国語を習っていると言ったから、ニックはそう思ったのだろう。 「なにはともあれ、会えてよかったわ。メリークリスマス!」そう言って彼に食事の入った袋を渡す。 「オー! ありがとう! いまちょうどスープを飲みに行くつもりだったんだ」 彼は持っていたスープの缶詰を指差した。それをガソリンステーションのお店の電子レンジで温めて飲むつもりだったらしい。「これ、あげようか?」とニックは私に聞く。彼はガムやキャンディーを持っていたら必ず私に分けてくれる。でも、スープの缶詰は辞退した。私は缶詰のスープは嫌いだし、何度も話しているうちにニックは全く収入がないと知ったので、缶詰1つでも翌日の大事な食事だもの、どうしても受け取るわけにはいかない。クリスマスなのに、家族もいなくて食事は缶詰のスープだけとはあまりにも惨めな… クリスマスの食事を彼と分け合おうという者がいるということに、彼は一番喜んでいるのかもしれない。
スープの缶詰を私にくれようとしたのは彼のうれしさの表現だと思うから、私も彼の心をうれしく受け取った。そして「これはプレゼントよ」と、彼にクリスマスカードを渡した。封筒には20ドル紙幣が入れてある。普段は現金は渡さないことにしているので、クリスマス特別のプレゼントだ。 「すごいな。ありがとう!」そう言って、あまり背の高くないニックはつま先立って私の頭のてっぺんにキスした。これも特別の表現だ。彼から私に触ったことは一度もないから。
「どうだった?」 家で待っていたトーマスが、待ち切れないように聞いた。運良くニックと会ったこと、彼がとっても喜んで私の頭のてっぺんにキスしてことを話すと、年とともに涙もろくなっているトーマスの目は潤んで来た。そんな彼に、「一押ししてくれてありがとう」と、私も心から言う。ニックはいないかもしれないなんて、私は行く前に諦めちゃっていたから、トーマスの一押しがなかったら、こんなにうれしい思いになれなかったもの。
やっぱりやる気が起きないから、まぁいいや、なんて思ってばかりいたんじゃいけないんだ。潜んでいる素敵な可能性を眠らせてばかりいては勿体ない。来年は自分で一押しして、モリモリでなくていいから、もっと元気を出そう。
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