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縁の下のバイオリン弾き
148 エマ・ゴンザレス
2018年4月1日
西村 万里 西村 万里 [にしむら・まさと]

1948年東京生まれ。大学で中国文学を専攻したあと香港に6年半くらし、そのあとはアメリカに住んでいる。2012年に27年間日本語を教えたカリフォルニア大学サンディエゴ校を退職。趣味はアイルランドの民族音楽 (ヴァイオリンをひく)と水彩画を描くこと。妻のリンダと旅行するのが最大のよろこび。
▲ 「命の行進」でも見られたエマのポスター
3月24日にワシントンの議事堂前で、エマ・ゴンザレスと彼女の仲間たちが主催した「命の行進」の大集会が行われた。ここだけではなく、ニューヨーク、ロサンジェルス、サンフランシスコ、シカゴ、ボストンその他、全米の大小の都市で抗議集会が行われた。 ロンドンで、東京で、パリで、ベルリンで、メルボルンで、全世界でイベントがあった。その数800といわれる。

アメリカでの参加者は120万から200万。ワシントンだけで20万人にのぼる。ベトナム戦争以来の若者の抗議集会だ。一説にはアメリカ始まって以来、という。

この目のくらむような大観衆を前にしてエマ・ゴンザレスは人々の魂を揺さぶる演説をした。

「6分ちょっとの間に17人の友達の命が奪われてしまった。15人が負傷した。そしてダグラス高校(乱射事件のあった高校)の一人一人は永遠にそれまでとは違う自分を生きなければならなくなった。

「あの場にいたものは(今は)誰でもそれがわかっている。銃犯罪の冷たい手に触れたものは誰でもそれを知っている。でも、あの日、焼けつくような午後の暑さの中で、混乱と涙の長い時間をすごした我々には何が起こっているのか全然わかっていなかった。我々のいた同じ建物に死骸が転がっていて、その身元確認に一日以上かかることになるなんて知らなかった。警戒警報が出るずっと前にあの人たちがもう息をしていなかったことも知らなかった。

「この恐ろしい事件の余波がどこに行くのか、どこまで行くのかは誰にもわからない。でも考えたくないからって、考えるのをやめてしまった人に、一つの行き先を教えてあげよう。(墓場の)地面の下だよ。6フィートの深さで。

「自動小銃の6分20秒で、友達のカルメンはピアノの練習が嫌だって言うことができなくなった、アロン・フェイスはキラのことをミス・サンシャインって呼ぶことができなくなった、アレックス・シャクターは二度と弟のライアンと登校できなくなった…」

と、死んだ17人の名前を読み上げた後で、エマは突然しゃべるのをやめた。流れる涙をぬぐおうともせず、目を見開いて正面を見つめたまま、彫像のようにじっとそこに突っ立っている。

最初聞いている人には何が起こったのかわからないようだった。皆エマがすぐに演説を再開するだろうと予期して待っているのに、彼女は口を開かない。マイクを通して聞こえてくるのは押し殺した激しい呼吸とかすかな嗚咽(おえつ)だけだ。

時おり耐えかねたように目をつぶると大粒の涙がほおを伝う。その悲しみの様子は誰にもわかるから会場は水を打ったような静寂に包まれた。

人々はとまどい、不安になり、どう解釈していいのかわからなくなった。何か今まで見たことも聞いたこともないことが起こっているのは確かなのだが、自分がそこにいることに納得がいかない。何十万という目がエマを見つめて、なんとか言ってほしい、何かサインを示してほしいと願っている。心がざわつき、頭の中では疑問がいっぱいなのに、それを表すことができないのだ。

我慢できなくなった若者たちが拍手と「二度と再び!」の合唱を始めたが、それもしばらくして止んだ。

長い長い時が流れた。エマは身じろぎもしない。観衆は魔法にかけられたようにその場に釘づけになって誰一人口を開こうとしない。皆の目にも涙が浮かんでいる。

突然アラームが鳴った。エマがスマホに仕掛けておいたのだ。彼女は口をひらき、

「私がスピーチを始めてから6分20秒。犯人はその間に殺人をやりとげ、ライフルを投げ出し、生徒に混じって逃げ出した。逮捕までに1時間以上自由の身でいた…。

自分の命のために戦って!人に任せないで!」

と演説を終えた。会場は熱狂的な「エマ!エマ!」の大合唱に包まれた。


6分20秒があんなに長い時間だと知っていた人はいないだろう。実際には彼女のスピーチ全体がその長さだったので、沈黙は4分ちょっとだったのだけど、あまりに印象的だったので、多くの人がその沈黙を6分20秒だと書いている。

その長い時間をバレンタインデーにエマとその同級生は生き延びたのだ。すぐ近くで人が殺されている恐怖におびえながら。観衆の感じたとまどいと不安はそのままエマたちの混乱と煩悶(はんもん)の反映だった。


この演説にかけたエマの真剣さは疑いようがないけれど、それにしてもこんな劇的なスピーチなんてまたとあるもんじゃない。

「耳をつんざく静寂」「米社会運動史上、最も声高な沈黙」「一語も発せずに語った世界最高の力強いスピーチ」と米メディアはいっせいに報じた。


エマとその仲間たちはこの日までに、すでに運動を活性化させていた。保守的エスタブリッシュメントはこれまでのように時間がたてばほとぼりがさめる、とたかをくくっていたのだけれど、今回ばかりはそううまくいかなかった。

全国に放映された「タウン・ミーティング」でエマは20歳も年上のNRAの代表を追いつめ、その偽善をあばきだした。

エマと仲間たちはトークショーにもたびたび出演した。雑誌「タイム」の表紙も飾った。

さらにはハーバード大学のケネディ・スクールに招かれて討論した。討論と簡単にいうけれど、ケネディ・スクールは公共政治大学院で、世界中から俊秀が集うエリート中のエリート校だ。学生の平均年齢が38歳というから、17や18の高校生である彼らが中をのぞくことすらはばかられる場所だ。でもその討論の様子をビデオで見ると彼らは臆することなく自分の考えをのべて、聴衆と活発な意見の交換をしている。

CBS局の看板報道番組“60 minutes”にも出演した。これは彼らがどんな人物なのか全国の視聴者が知りたがっている、ということを意味する。その中でエマは、「教員も銃を持つべきだ」というトランプ大統領の提案(実はNRAの以前からの主張)を「馬鹿げている」と一言でかたづけている。

「もし銃を持った先生が殺されて、生徒の一人が代わりにその銃をとって犯人と戦ったとする。ドアを出たとたんに、彼は警察に殺されてしまうじゃないの」

彼女の友達も言っている。

「ねらわれるのは学校ばかりじゃない。過去に教会やナイトクラブも大量虐殺の舞台になった。牧師さんや歌手まで武装させるつもりか」


「あなたの人気はどこにあると思いますか」「そうね、髪型じゃないかしら」とエマは笑って答えていたが、「ご冗談を」というインタビュアーの言葉とはうらはらに、坊主頭という異様な風体が強力な印象を植えつけたことはいなめない。

エマは自分のことを「18歳、キューバ系アメリカ人、両性愛者」と書いている。しかし彼女が坊主頭なのは政治の主張でも性表現でもなく、単にフロリダは暑いところだからにすぎないそうだ。「フロリダで髪を伸ばしているのはセーターを一枚かぶっているようなもの」と言っている。髪を切るためにパワーポイントまで作って親を説得。それは去年の9月のことだった。

しかしエマはそのために激しいバッシングを受けた。対抗馬なしの州会議員選挙に立候補したメイン州のギブソンという男が「あのスキンヘッドのレスビアンの口ぐるまにのせられるな」とネットで中傷した。保守的なメイン州の政治感覚では銃規制などおとぎ話だ、と安心して、エマなどコテンパンにやっつけるつもりだったのだろう。

ところがこれがやぶへびになった。スキンヘッドは人種主義のナチのことで、同性愛者とは相容れないから「スキンヘッドのレスビアン」は形容矛盾なのだが、それはともかくこのゲスな言葉に州民は怒り、対立候補が二人出現した。ギブソンは結局自分の出馬を取り消さざるをえなかった。

演説中エマが着ていたジャケットにキューバの旗が縫い付けてあったとして、彼女をコミュニスト呼ばわりした上院議員の発言もある。これはフロリダの事情を知らない者が言うことだ。フロリダはカストロ政権から逃げ出したキューバ人の牙城(がじょう)でアメリカ保守派の大票田だ。その反共キューバ人の旗印がこの旗なのだ。キューバ国旗は1902年制定で、カストロのキューバ革命よりも50年早いからだ。ただアメリカ生まれのエマにとってこの国旗が自分の出自に対する誇り以上の意味を持つとは思われない。

さらにネットにはエマがアメリカ憲法を引き裂く動画が出回っている。これはもちろんガセネタで、もともとは彼女が銃の標的(まと)を引き裂いている動画だった。

このようにエマを反米分子と位置づけようとする動きがあとを絶たない。これはアメリカの保守派がいかに彼女を恐れているかを示すものだ。

それも道理で彼女たちの運動は着々と成果をあげている。銃の購買年齢が18歳から21歳に引き上げられたし、半自動銃を全自動に変換する部品の販売は近々禁止される。バックグラウンド・チェックも厳しくなった。ついには引退した最高裁の判事が「憲法修正第2条は時代遅れだ」という意見を新聞に投書するまでになった。つい最近まで考えられもしなかったことだ。

そうはいうものの、アメリカで銃規制を推し進めることの困難を過小評価してはならない。人が何人殺されようと「それが自由の代償だ」と言ってのける保守派がいるのがアメリカ合衆国だ。

例えば去年ラスベガスで起こった大乱射事件の生き残りの中にも銃規制はするべきではないという人がいる。

そういうダイハードな保守派がいるからこそ、今回の高校生の運動は意味があるのだ。

その反面、次のような祈りを書いたお母さんもいる。

神様、

お願いです。どうか、どうか、どうか、
私の娘をエマ・ゴンザレスのようにしてください。
雄弁で、強くて、思いやりがあって、優雅で、
あらゆる点でアメリカの模範。
若者にとってだけじゃない。

神の名において、アーメン。

こんなのを読むとどんな偉人かと思ってしまうが、実際のエマ・ゴンザレスはどこにそんなエネルギーが潜んでいるのかと思うような小柄な少女だ。

でもネットでは「大統領になってくれ」「ノーベル賞に推薦するにはどうしたらいい?」というコメントまで出た。

大統領は35歳以上という憲法の規定があるから無理だけれど、これは現職のあの方に対するあてつけだ。

ノーベル賞の方は17歳で受賞したマララ・ユスフザイの例があるから夢ではない。もしアメリカ社会の好戦的な考え方を少しでも変えることができたなら、国際間にも影響があるに違いなく、これは本当に平和賞ものだ。

そのマララは頭に銃撃を受けて生死の境をさまよっただけに「命の行進」に応援のメッセージを送っている。


私は自分の学生を除いて、今までアメリカの若者にあまり関心がなかった。私とは世代が違う。でも今回の「二度と再び」運動を見て考えを変えた。エマだけではない。17、8歳のリーダーたち全員が言葉につくせぬほどすばらしい。

「そんなの当然ですよ。何しろ僕はコロンバイン事件の3ヶ月後に生まれたんだから。小さい時から銃撃の避難訓練をいやになる程やらされた。クロゼットに隠れたりしてね。

銃口を目の前にしたのは僕たちなんですよ。だから専門家なんだ。大人に何がわかる」(リーダーの一人の言葉)

まったくその通り。今から17年後、私が87歳になった時に大統領になったエマを見てみたい。



エマの演説:

https://www.theguardian.com/us-news/video/2018/mar/24/emma-gonzalezs-powerful-march-for-our-lives-speech-in-full-video



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