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僕の偏見紀行
162 (続)韓の国迷走記(2)パンソリの夜はふけて
2013年11月28日
時津 寿之 時津 寿之 [ときつ としゆき]

1945年、九州にて誕生。2010年4月65才で長年勤務したメーカーを定年退職。家族は息子2人が独立し、今は配偶者と二人暮し。趣味は読書、散歩、旅行。読む本は何でもジャンルを問わず、旅先も国内外を問わずどこでも、気の向くところへ。
▲ 全州、韓屋村の昼下がり
▲ 全州名物、本場のビビンバ
▲ パンソリの熱演
全州への移動日、早起きした僕は通用門の鍵を部屋に残して宿を出た。大通りに出てタクシーを拾いシャトルバス乗場へ向かった。到着した免税店駐車場は人影もまばらだった。

寒いので近くのコーヒーショップで待つことにする。店内には同じバスに乗るらしい中年男女のグループがいた。彼らも全州へ行くようだ。外国人専用の無料バスのはずだが、見たことろ東洋人のようだ。元気のいいオバサンが自分達は韓国出身だが今はアメリカに住んでいるとわざわざ僕にいった。かなり高齢の男性もいる。アメリカに移民した人たちの里帰りだろうか。

ソウル・全州間には観光キャンペーンの一環として無料の往復シャトルバスが運行されている。9時にソウルを出て全州にはお昼ごろ到着する。郊外のターミナルまで行かずに市役所近くからバスの乗れるので便利だ。事前にインターネットで申し込めば誰でも利用できる。多数の場合は抽選だが、幸いに僕も家内達も当選できた。

30分前になったので駐車場へ向かい家内達と落ち合う。かなりの人数が集まっているがそれらしいバスは見当たらない。ファイルを抱えた青年が立っていたのでバスは未だかと尋ねた。すると彼は憮然とした面持ちで、私も待っているのだという。彼も客なのか、それは失礼、と詫びた。

ようやくやって来たバスに乗り込もうとしたら、先ほどの青年が書類を開いて乗客の名前を確認しているではないか。やはり彼はスタッフだったのだ。彼も時間になってもやってこないバスにイライラしていたのだろう。

乗客が揃いバスが動き出すと彼は全州への到着予定時刻や簡単な観光ガイドを話し始めた。生真面目な印象の青年だが、時おり聞き取り難いジョークを言っては恥ずかしげに横をむいて顔を赤らめていた。ホントはいい人なんだ。

3時間ほどで予定通り全州・韓屋村へ到着。早速宿へ向かうことにして、近くのインフォメーションで宿の場所を確認した。地図をくれ、通りを川にぶつかるまでまっすぐ進み、ぶつかったら後戻りして、1本目の道を右へいけばすぐ、と教えてくれた。なんとも不思議な案内だ。戻る前に手前の道を行けば済むことなのに。

壁一杯に大きな鳥と松ノ木が描かれた家が宿だった。脇の路地奥に立派な木造りの門があってそこが入り口だった。入ると中庭を囲むように障子戸の部屋が並び、掃除の最中だった。忙しげに働く紺色の作務衣姿の中年男性がキムという宿の主人だった。キムさんはなかなかの勉強家で日本語と英語を独学で勉強し、海外からのネット予約も受け付けている。

多少あやしげな日本語で説明を受け庭先でのチェックイン完了。キムさんは自宅から自転車で10分かけて毎朝ここへ通勤しているという。夜間は門を閉めるので鍵の暗証番号を教えてもらった。

ちょうど昼飯時になったのでキムさんに全州名物ビビンバの店をたずねた。紹介されたのは最近ミシュランにも乗ったという有名店だった。ブラブラ歩いて着いた店は多くの客で大繁盛だった。辛うじて席を確保、ビビンバを注文する。おりしも街はビビンバフェスティバルの最中で人ごみであふれている。

待つこと暫し、沢山の小皿と共にビビンバが運ばれてきた。金属の器には緑・赤・黄と色鮮やかな食材が美しく盛り込まれている。本場の流儀に従いよくかき混ぜて食べる。口一杯に野菜や肉・豆などが一体となった旨さが広がる。合間に食べる小皿の生野菜やキムチも美味しい。

隣りの席の若いカップルにおばあさんが近寄り、何か熱心に説明を始めた。見ているとビビンバの混ぜ方を伝授している。先ほど店内に入った時に正面の席にちょこんと座っていた、ネットやテレビで有名なここのオーナーのようだ。

それにしてもかき混ぜる時間が長い。ずい分念入りに混ぜるものだ。これではご飯がモチになるのではと心配になる。若者の席を離れたのでテレビで拝見しましたよ、と挨拶した。日本から来たというと大変喜び、食後のお茶をご馳走してくれた。かなりのお年と思われるが、濃いピンクのスーツの着こなしは見事だった。

全州に来たからには朝鮮王朝の祖イ・ソンゲに敬意を表さねばならない。家内達を案内してイ・ソンゲのご肖像画をまつった社へ向かう。何度見てもここの肖像画は迫力がある。鮮やかな色彩と精緻な筆遣いは、イ・ソンゲはじめ歴代の王達がまるで生きて語りかけるてくるようだ。

夜になって街は冷え込んできた。そんな中をパンソリ会館へ向かう。今夜はフェスティバルの一環なのか、高名な演者達によるパンソリ公演が開かれる。昨年若い女性一人だけの公演で感激したが今年はさらに期待が高まる。

会館の中庭正面に設けられた舞台に向かってイスが並べられ、客席は露天なので暖房用のストーブがいくつも焚かれている。ひざ掛け用の毛布も配られたが、時間がたつにつれ寒さが一段と厳しくなる。

公演が始まった。1番手はかなり年配の女性だ。全く年齢を感じさせない力強い歌声が会場に響きわたる。伴奏の太鼓とかけあいをしながら激しく、時に切なく歌う。アイシゴウ、時おり客席から掛け声が飛ぶ。今夜の客は見巧者が多い、ツボを心得た鋭い声が飛ぶ。星が輝く夜空の下、深深と寒さがつのる。

次の男性演者も相当の年配だった。伴奏者も同じく高齢でかなりやせている。舞台照明が彫の深い横顔に濃い影を落とす。男性の声はさらに力強く、ドスのきいた低音は聞く者の腹に直接響いた。

男は舞台を縦横に動きまわり、倒れこんでは扇子で床を鳴らす。息の合った伴奏者からの掛け声に応えて声を張り上げ、ついには太鼓のかたわらに座り込み伴奏者に嘆くように語りかける。

言葉が全く理解できないのが僕は悲しかった。しかし声の調子と仕草や表情、そして素朴な太鼓の響きに僕は激しく感動した。僕には、厳しい身分制や政治的抑圧に苦しんだ庶民の哀しみの声のように聞こえた。

宿に戻ると冷えた身体にオンドルの暖かさが心地よかった。ここの宿は韓屋には珍しくテレビや冷蔵庫まである。家内と義姉の部屋は二人用のデラックスタイプでシャワーの他にバスタブまで付いている。

オンドル部屋は心地いいのだが、暖房効果を上げる為か薄いセンベイフトンだ。慣れないと腰や背中にこたえるのが難点だ。枕元の冷蔵庫がうるさいので寝る前に電源を切った。暫くすると製氷室の霜が溶け出してきた。危うく気づいた僕は夜更けの床掃除に追われた。幸いに水はフトンに達することなく事なきを得た。

旅に出ると予期せぬトラブルがよく起きる。だから旅は人生に似ている。(続く)
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67 インド紀行(4)ダージリン滞在
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65 インド紀行(2)コルカタにて
64 インド紀行(1)遠かったインド
63 暮れの浅草昼酒
62 雨の東北、芭蕉と紅葉旅
61 南会津の旅◆扮の尾瀬沼)
60 南会津の旅 弁愡浚村)
59 奥日光戦場ヶ原
58 スコットランド紀行(5)いくつかの思い出
57 スコットランド紀行(4)偉大なり、ピーター・ラビット
56 スコットランド紀行(3)ネス湖からスカイ島へ
55 スコットランド紀行(2)ウォールフラワー
54 スコットランド紀行(1)エジンバラ大学でお茶を
53 風に吹かれて八丈島(3)
52 風に吹かれて八丈島(2)
51 風に吹かれて八丈島(1)
50 イリオモテヤマネコに逢いたくて(4)
49 イリオモテヤマネコに逢いたくて(3)
48 イリオモテヤマネコに逢いたくて(2)
47 イリオモテヤマネコに逢いたくて(1)
46 秋空の下、いくつかの再会
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37 知床の秋(1)、鮭遡上
36 風に吹かれて尾瀬ケ原
35 白神山地「ブナの学校」
34 初夏の山形、サクランボとそばの旅
33 ハワイ島滞在記(2)
32 ハワイ島滞在記(1)
31 春の予感、鹿沢(かざわ)高原にて
30 嗚呼!還暦大同窓会
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28 ラムネの湯「長湯温泉」はいいぞ
27 また「再会の時」道後温泉にて
26 大自然の力、姥湯温泉
25 知床の青いそら、光と風 その
24 知床の青いそら、光と風
23 春の東北ローカル線の旅
22 春の東北ローカル線の旅
21 春の東北ローカル線の旅
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19 やさしかったチェジュの人たち
18 さらば、災の年よ。
17 僕たちのセンチメンタルジャーニー
16 台風を避けて信州へ
15 青島印象記
14 よるべない孤独にみちた宿
13 海があまりに碧いのです
12 安曇野の光と水、そして高瀬川渓谷葛温泉
11 鞍馬山の向こうへ、大悲山峰定寺
10 雪の会津鉄道トロッコ列車の旅
9 初春初旅救急車
8 年の暮れ、峩々温泉再訪記
7 東北紅葉旅峩々温泉
6 蔦温泉、蔦沼、ブナの森
5 雨の幕川温泉再訪記
4 憧れのフルム-ン法師の湯
3 信州塩田平別所温泉
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1 東北紅葉雪見風呂
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