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96 「マキシミリアン」の謎解き
2008年5月29日
齋藤 恵 齋藤 恵 [さいとう・さとし]

1948年埼玉県生まれ、1970年に大学卒業後、時計メーカーの輸出部門に就職。8年間の勤務の後、宮仕えには向かない自身の性格を認識して、父の経営していた小売店 (創業1912年 = 大正元年)に転身しました。歴史、風土、絵画、言語等に関心が強く、駄文ながら文章を書くことがストレス発散の手段のひとつになっています。ささやかながら、会社を経営するというのはそれなりにたいへんです。ここに書かせていただくことは、そうしたストレスの大いなる発散のためですので、お読みになる方もどうぞお気軽に。
















































「マキシミリアン」の謎解き


先日、マネの絵画、「マキシミリアン」について書かせていただきましたが、その絵の中で銃殺される皇帝が、誰かと手を握っているように見える点や、絵画の破損の原因(私はマネ自身が切り離したと書きました)などは不明なまま、今後の調査課題として残しておりました。

その後、ジプシーさんから、関連資料を紹介していただく機会にめぐまれました。そしてそのおかげでやっとこれらの謎解きが、ほぼ可能になりましたので、ちょっとご紹介させていただきます。

私はまったく知らなかったのですが、マネはこのテーマに関して、実は5枚の作品を残していたのです。(油絵が3枚、油彩のスケッチ1枚、それにリトグラフ1枚です)上の写真の上段と中段は、そのうちの油絵2枚です。上段は前回もご紹介しましたが、現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに展示してある修復された絵で、中段はドイツ・マンハイムの美術館に展示されている同じテーマの作品です。中段をご覧いただければ、上段の絵の欠けている部分がわかりますね。

マネは政治的には熱心な共和派でした。ですから、当時の第2帝政下でナポレオン3世が画策した傀儡皇帝には、大反対であったはずです。

1867年6月19日にマキシミリアン皇帝が銃殺されたという知らせは、7月1日にはパリにも届きました。マネはその知らせを聞いた後、直ちにこのテーマの作品の制作に取りかかりました。以後、1869年までの間に次々と届く情報をもとに、彼は5点の作品を制作しました。上述した通りです。

しかし、末期になったとは言え、当時のフランスはまだ第2帝政下でした。ナポレオン3世が普仏戦争に敗れて英国に亡命したのは1870年のことですから、在位中の当時は当局の締め付けが厳しくて、こんなテーマの絵をフランスで公表することは不可能でした。

結局、1883年にマネが亡くなるまでの間には、これらの5点はほとんど人目にふれることはありませんでした。唯一、中段の1枚だけが1879年に(その時はすでに第2帝政は消滅し、第3共和制になっていたのことですが)マネの友人の手によってアメリカで展示されたことがあったのですが、あまり話題にはなりませんでした。これら5点の作品は、20世紀に入るまではほとんど忘れられていたと言ってよいようです。

実はここからが謎解きなのですが、上段の絵で銃殺されようとしている白いシャツを着た人物は、マキシミリアンではなかったことが中段の絵のおかげで判明しました。中段の絵で真ん中に立っている帽子を被った人物がマキシミリアン皇帝であり、両側の2人はメキシコの保守派としてマキシミリアンを支えた軍人、ミゲル・ミラモン(Miguel Miramón)と、トマス・メヒア(Tomás Mejía) だったのです。当時のメキシコでは、共和派と保守派が熾烈な戦いを続けておりましたので、マキシミリアン派として最後まで戦った軍人達もいたのです。

実際には3人の立ち位置は事実とは異なるようですし、3人は手を握ってはいませんでした。また、皇帝は帽子など被っていなかったとのことですし、銃殺隊の服装は、メキシコ共和派軍のものではなく、当時のフランス軍のものなのだそうで、マネがこの絵に込めた気持が表現されており、ニュース写真的なものとは大いに異なります。唯一、3人の顔は写真をもとにかなり似せて描かれているということですので、このあたりが面白いところです。ともかくこれで手を握っている人物とその相手の正体がわかりました。

それから上段の絵の破損のことですが、前の記事で私は、「マネ本人が、自分自身の手で、いくつもの部分にバラバラに切りはなしてしまったのです」と書きましたが、実はそうではありませんでした。お詫びして訂正します。

それはマネのアトリエでのウッカリ事故のために起きた破損であり、意図的な破壊ではなかったのです。そしてこの破損はマネの生前に起きたことです。でもその時点では、破損を受けた部分もそのままで、1枚の絵として保管されていました。

マネの没後、相続人達はこの絵の破損部分だけを切り取って捨て去り、何枚かに分かれた残りは、それぞれを独立した絵として売却したのだそうです。それなりに名をなした画家の作品ですから、意味不明な部分であってもそれなりの価格がついたのでしょうね、きっと。

そのことを聞き込んだ画家のエドガー・ドガ (Edgar Degas 1834 〜 1917)が1890年代、つまりマネの没後10年ほどしてから、それらの部分画を買い集めて散逸を防ぎました。そして、第1次世界大戦後の1918年にその集合を英国のナショナル・ギャラリーが買い取ったのだそうです。

でも、現在のキャンバスに現在のように貼り付けられ、現状のように修復されたのは、ごく最近の1992年のことだったのだそうです。ドガが散逸を防ぐために買い集めてから、ほぼ100年後ということになります。

不思議と言えば不思議な運命をたどった絵ですが、なんだか中段の完全な絵よりも、上段の破損を受けて部分的に修復された1枚の方が、このようなシーンを描写した作品としてはよりふさわしいような気がしませんか? それにまた、少なくとも上段の方が中段よりもよほど有名です。

それから、下段の絵は、あの有名なスペインの画家、ゴヤの「1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺」です。ナポレオン軍に立ち向かったスペインの民衆がフランス軍によって銃殺されるシーンです。構図が似ていると思いませんか? 共和主義者のモネのことですから、ナポレオン(1世)帝政の軍隊が行った銃殺刑と、甥のナポレオン3世が企んだ傀儡帝政が、約60年後に迎えた結末との縁を十分に意識していたことと思います。

絵画は、決して社会や歴史とは無縁ではないのです。以上が私なりの謎解きでした。ジプシーさん、貴重な情報をどうもありがとうございました。
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