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ミルクの教訓 |
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2009年1月1日 |
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 | 雨宮 和子 [あめみや かずこ]
1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。 |
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▲ 毎年この時期に花を咲かせてくれるアマリリス。
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新年明けましておめでとうございます。 今年は心からそう言えます。
やっとブッシュから解放された日々が始まる。そう思っただけでなんだか希望が湧いて来ます。アメリカが変わるという希望です。去年は新年が明けても、「おめでとう」と言うこと自体がしらじらしく感じられたものでした。
バラック・オバマの大統領当選が決まった直後の、希望と解放感と正義の回復感がごちゃ混ぜになった陶酔感はもうないものの、楽観的な気分はまだまだあります。そうわざわざ断るのは、オバマ政権の閣僚指名が始まると、クリントン政権の蒸し返しではないかという懸念や、軍事的にはブッシュ政権の踏襲だという批判が出始めたからです。これで本当にオバマはアメリカを変えられるのだろうかという不安が漂うようになったのです。でも大勢としては、オバマ政権はまだスタートしていないのだから、オバマがどう閣僚を統制してアメリカを新しい方向に持って行くか、見守ろうではないかという意見で、私もその一人です。
オバマが一挙にアメリカを変えられるという期待は、ほとんどの人は持っていません。持っているのは、オバマはアメリカがだれにとってももっと実質的に平等な社会になるような政策を打ち出して、アメリカをこれまでとは違った方向に導いて行くだろうという希望です。その希望をオバマは裏切らないという信頼が、私たちにはまだまだあるのです。
でも、その信頼を揺るがすほどのことが起こりました。大統領就任祈祷をリック・ウォーレン牧師に託すことにオバマが決めたのです。なぜそのことが問題になるのかというと、南カリフォルニアの福音主義大教会に属しているウォーレン牧師は、世界中の貧困やエイズ問題や環境変異など、普通の保守派が無視する問題に取り組む反面、進化論は拒否し、ゲイ(同性愛)は罪に満ちた生き方だと弾劾するのです。ですから、ゲイ同士の結婚合法化には当然大反対で、カリフォルニア州の同性結婚を州憲法で禁止するための住民投票事項第8号を積極的に支持し、同性結婚は近親姦や小児性愛と同じだ、とまで断言したのです。そういう人物を大統領就任祈祷のリーダーとして選んだのですから、ゲイの人たちがオバマにかんかんになったのも無理はありません。
結婚は基本的な人権です。その人権を自分の信条とは異なる生き方をする人たちから「同性結婚は近親姦や小児性愛と同じだ」などと言って奪おうというウォーレン牧師を、アメリカで初めてのアフリカ系大統領就任式の檜舞台に立たせるというのには、私も大反対です。
以前にも書いたことがありますが、アメリカの選挙は、上は大統領から下は地元教育委員会員や警察長や住民投票まで、すべて一括して11月第1火曜日に行われます。そうしてカリフォルニア州住民投票事項第8号は、オバマが大統領に選ばれた日に、反対47%に対して賛成53%で通過してしまいました。つまり、2008年5月に州最高裁判所が同性婚を認めないのは州憲法違反と裁決して合法化された同性結婚は、再びその合法性を失ってしまったのです。
そのことに『きっこの日記』が11月7日に触れています。中山代表のお薦めで、私もこのブログをたびたび読んでいて、筆者の鋭い政治洞察力に感心させられています。が、多分出典の不十分のためだと思うのですが、正確でない部分がありますので、皆さんの中にも愛読者がおられるでしょうから、その部分をお知らせさせていただきます。
きっこさんはこう書いていますーー「大統領選の影に隠れてコソコソッと行なわれた投票の結果、同性婚を禁じる憲法修正案に、52.5%が賛成したってワケだ。そりゃそうだろう。だって、5月の住民投票でも『同性婚はダメ』ってほうが多かったんだから。」 http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20081107
記述の通り、住民投票は大統領選と同時に行われたのですが、「影に隠れてコソコソッと行われた」どころか、賛否両陣営合わせて7千万ドル以上という住民投票史上最大の金額を注ぎ込んで大変な投票戦を展開し、異性愛の州民はもちろん、アメリカ中からも注目を浴びていたのです。また、その前に同性結婚に関して住民投票が行われたことはありません。住民投票には大変な準備と費用がかかるので、そう何度もできないのです。きっこさんが言及しているのは多分、5月にロサンゼルスタイムズ紙が行った世論調査のことでしょう。それによると、同性結婚非合法に賛成54%対反対35%でした。でも、これは例外的なのです。同じ頃に別な機関が行った世論調査では賛成42%対反対51%ですし、それから頻繁に行われた調査でもほぼ一貫して同性結婚非合法化反対の方が多かったのです。それが投票直前で同点になり、選挙当日は開票結果を固唾をのんで見守っていました。接戦だったので第8号が通過したという結果はすぐには出ませんでした。
どうしてそういうことになったのか。原因の1つは、モルモン教会が州外からも膨大な資金を注ぎ込み、各教会や保守グループと提携して「伝統的な結婚」を守ろうという効果的なキャンペーンを展開したこと。もう1つは、オバマ候補に投票しようと前代未聞の数のアフリカ系有権者が投票に向かったものの、それが裏目に出て、政治的にはリベラルでも社会的には保守的傾向にあるアフリカ系選挙民は、その70%が同性結婚反対に投票したこと、と言われています。
自由な結婚の権利と法的保障はアフリカ系アメリカ人が闘って来た人権問題と質的には同じだというゲイの主張に反発するアフリカ系人も少なくありません。(それは、ナチスに強制収容所に連れて行かれて大量虐殺されたユダヤ人が、その歴史や概念を独り占めにして、他の民族の経験で強制収容や大量虐殺という言葉を使うことにすら反対するのとちょっと似ていると私は思います。)確かに、長い奴隷制度に人間性を奪われて来てその後も差別され続けるアフリカ系の人たちの歴史体験と、ゲイの苦悩とは同じレベルでは語れないかもしれません。でも、ゲイの人たちが自分に忠実にいられる自由や他の人々との平等な権利を奪われてもいい、がまんしろ、ということにはなりません。基本的人権はだれにでも平等に保障されなければ意味がないと思うのです。
オバマにはもちろんそんなことは誰にもましてわかっているはず。それならなぜウォーレン牧師を選んだのでしょうか。
オバマは大統領選挙出馬を表明したばかりの頃は、アフリカ系人にもうさん臭く見られていました。その理由の1つは、彼があまりにクールで、自信満々で、エリート臭くて、一般民衆の日常的な苦労などわからないだろうと思われたからです。ところがアメリカが深刻な財政危機、経済危機に直面すると、動揺せずクールな姿勢を崩さないオバマが大統領に急にふさわしく見え始め、それまで彼に懐疑的だった白人労働者階級も彼を支持し始めたのです。たしかに、「大統領は1度に1人しかいない、現在はブッシュ氏が大統領だ」と何度も自信たっぷりに言い切るオバマの方が、ブッシュよりよほど大統領らしく見えます。
そのオバマの自信がときどき行き過ぎで逆効果になったこともありました。今回のウォーレン牧師指名は、そういうオバマの自信過剰のせいではないでしょうか。保守対進歩系、持てる者対持たざる者、などとはっきり分断されてしまったアメリカ社会を、一方では同性婚に反対しながらもアフリカの貧困やエイズ問題に取り組むウォーレン牧師を指名することによって、オバマは分断に橋を架ける第一歩にしようとしたのではないかと思うのです。
オープンにゲイで下院議員のバーニー・フランクは、オバマは「基本的な違いを越えて人々を一堂に集められると自分の能力を過大評価している」と見ています。また、ニューヨークタイムズ紙日曜版に論説を書くフランク・リッチは、オバマはそういう自分の能力を過大評価しているだけでなく、こうした違いがどんなに執拗に存在し続けるかということを過小評価している」と分析しています。 http://www.nytimes.com/2008/12/28/opinion/28rich.html?_r=1&scp=1&sq=frank%20rich%20you’re%20likable%20enough&st=cse
ウォーレン牧師指名問題を考えているときたまたま、ショーン・ペン主演の「ミルク」という映画を観ました。ミルクというのは、ゲイの人たちが自分に正直なまま生きられる社会を求めて、サンフランシスコでゲイの解放運動を始め、ゲイであることをオープンにしながら、労働者やマイノリティも含めたコミュニティのためにと訴えてサンフランシスコの市政執行委員に選ばれたハーヴィー・ミルクのことです。ミルクは、ゲイ狩りを目的として、まずゲイを教育の場から閉め出そうと提出された住民投票事項第6号を打ち破るために、支持者層を広げ、カリフォルニア中を第6号推進者を相手に討論して走り回りました。
それを見ていて、1978年の第6号推進者の言うことと2008年の第8号推進者の言うことはそっくりなのにびっくりしました。ゲイをこの社会から締め出そうとする人たちの考え方は、この30年間にちっとも変わっていないのですね。でも、社会全体としては(といっても両海岸地帯に限るかもしれませんが)ゲイをみんなと同等な一員として受け入れようというように確実に変わって来ました。仲間が途中で挫折しても、ミルクは闘いを止めませんでした。希望がなければ誰も生きていけない、特に若い人に「希望を与えなければいけない」(You gotta give ‘em hope)と言って。ミルクは1978年に保守系の市政執行委員ダン・ホワイトに、マスコーン市長とともに射殺されてしまいます。が、ミルクが確立した活動家の層はますます広がって、権利獲得の闘いは続いて来たのです。
余談になりますが、トーマスの若い頃からの最も親しい友人はゲイでした。彼は15年ほど前にエイズで亡くなりましたが、生前中は私もいっしょに3人であちこちに旅行したものです。ですから、トーマスは同性結婚は支持していて、ゲイに対する偏見は全くないと言えると思います。でも、ゲイの男性同士のラブシーンは生理的に受け付けないと言って、「ブロークバック・マウンテン」は観るのを拒否したので、私は一人で観に行き、一人で感動して来ました。そんな彼も「ミルク」は政治色が強いからでしょうか、観るのをいやがりませんでした。ゲイの男性同士がキスするシーンに彼は身体を固くするかな?と横目で伺ったら、そんな様子はありませんでした。異性文化のしがらみから少し解放されつつあるのでしょうか。それとも、人に希望を与えるために果敢に闘い続けたミルクの生き方に感動したからでしょうか。
本当に、希望がなければ、人間として十分には生きていけないと思います。前代未聞の多数の人々に希望を訴えて大統領に当選したオバマ。そのことを忘れないでいてほしいと願うばかりです。
(追記) 日本のゲイの男性が、「同性パートナーシップを考える」というテーマで、とても率直に、カリフォルニアで同性結婚したカップルのことを書いています。 http://www.news.janjan.jp/living/0811/0811191832/1.php
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