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ボーダーを越えて
130 豪邸の住人
2008年5月3日
雨宮 和子 雨宮 和子 [あめみや かずこ]

1947年、東京都生まれ。だが、子どものときからあちこちに移動して、故郷なるものがない。1971年から1年3ヶ月を東南アジアで過ごした後、カリフォルニアに移住し、現在に至る。ボリビアへの沖縄移民について調べたり書いたりしているが、配偶者のアボカド農園経営も手伝う何でも屋。家族は、配偶者、犬1匹、猫1匹、オウム1羽。
▲ 一見普通の家に見えますが、ガラス張りで海が見渡せるデルマーの豪邸。周囲には家がない点でも、特等地です。
▲ うちの近所の豪邸。丘の中腹にありますが、海の眺めは見事。
すっかりご無沙汰しました。とっても気になっていたのですが、いろいろなことが積み重なっておりまして、落ち着いて文章を書く余裕が全くなかったのです。いまも大きな1件が未処理なのですが、その解決はあと1ヶ月ちょっと待たなければなりません。(それについては、決着後に何らかの形でご報告します。)でも、比較的小さな件は大体済みましたので、少し気分が落ち着いてきました。これからはこんなに長いギャップがないよう、心がけますので、よろしくお願いいたします。

トップページの3月22日のアメリカ報告で、管理人さんは農園のお隣のフランクたちの家を「豪邸」といい、その翌日の報告では、アメリカの感覚ではフランクたちの家は豪邸というより「ビッグハウス」というようだと訂正していましたが、覚えていらっしゃいますか。それを読んで、日本で呼ばれる豪邸とカリフォルニアでいう豪邸とは違うのかなぁと思いました。

「豪邸」は「豪華な邸宅」の略でしょう。邸宅ですから、大きくて豪華でないといけないわけで、安普請や建て売りはもちろんだめ。建設会社の設計でもだめで、建築家が住人の希望に沿ってデザインしたユニークなものか、でなければ昔からの大邸宅に限ります。内装の材質にも超一級品を使っていないといけないのも当然ですし、敷地もそれに見合って庭園として手入れが行き届いていることが大切です。が、それだけではありません。もう1つ不可欠な要素があります。それは、場所。不動産で肝心なものは「1にも2にも3にも場所」(Location, location, location)というくらいです。

こういう点から我が家を評価すると、2人暮らしには大きいのですが、豪邸とはほど遠いです。自分たちの生活様式に合うよう建築家にデザインしてもらい、デルマーという評判のいい住宅地にあって海が見えるだけでなくビーチまで歩いて5分ですから、並の上とはいえるでしょうけど、建築費節約を図って最高級でない資材もいっぱい使ってありますし、敷地は庭としてデザインされたことがなく、手入れもされていないからです。決定的なのは、デルマーの中では場所が悪い。デルマーといっても南端で、大通りに近すぎて、しかも斜め前にメキシコ料理のファーストフード店とピツァ屋があるという便利な所がよくないのです。うちの近所でいい所というのは、もっともっと丘の上の方の高台から海を見下ろせるような所です。(つまりアメリカの郊外では、便利な地点というのは不動産の価値とは反比例するのです。)

では、海はうんと近いより遠くから眺める方がいいのか、というとそうでもなくて、デルマーで最高の地点というのは、デルマー市中心のビーチに直接面していてドアを開けると目の前に砂浜が広がり、その向こうには波が打ち寄せている、という所です。実際、デルマービーチにはいかにも「豪邸」らしい大きな家があります。内部は見たことがありませんが、床はイタリアのカレラから取り入れた大理石だといううわさです。その家の不動産価格は10年以上も前で600万ドルとも700万ドルともいわれていました。住宅ブームのバブルがはじけたといっても、高級品目には何の影響もありませんから、現在では1000万ドル(10億円)を越えていることでしょう。さぁ、どんな人が住んでいるのか…

サンディエゴ郡で豪邸が集中しているのは、デルマーの東隣のランチョ・サンタフェ(Rancho Santa Fe)と南隣のラホヤ(La Jolla)です。ランチョ・サンタフェはちょっと内陸に入りますから海の眺めはもちろんありません。その代わり広大な敷地に大きな家が建っています。ラホヤは海に向かって突き出た丘ですので、敷地はそれほど大きくなくても一望のもとに海が見渡せる家が並んでいて、そのどれもがユニークなデザインです。

先日、ラホヤにある家へ行く機会がありました。イギリスの上流階級がチャリティ活動に関わることが多いのと同様に、アメリカのお金持ちは政治活動を応援することが珍しくなく、そのためのパーティーを自宅で開いたりすることがよくあるのです。私が出かけたのは合法的な妊娠中絶を守るための政治活動をしているNARALという全国組織を支援するイベントで、スピーカーはサラ・ウェディングトン(Sarah Wedington)という女性でした。

アメリカでは妊娠中絶が大きな政治問題としてくすぶり続けていることを皆さんもご存知のことと思いますが、1973年にアメリカ全土で合法化した連邦最高裁判所の判決が出るまでは、妊娠中絶を厳しく制限する州がほとんどだったのです。その判決を勝ち取る口頭弁論をしたのが、当時まだ若くて駆け出しの弁護士だったウェディングトンさんだったのです。私は長年、特に若い人たちに性教育や家族計画を指導するプランド・ペアレントフッド(Planned Parenthood)という組織に関わってきたので、NARALを支援するゲアリーとナンシーという親しい夫婦に誘われたのです。

ラホヤの家だからさぞかし海の眺めが見事だろうと思っていましたが、なんのなんの、それだけではありませんでした。くねくね曲がる細い道を上り詰めた所に門があり、中に車を乗り入れると、敷地はまるで公園のようなのです。いろいろな木がいっぱい生えていて、地面は芝生や花で覆われ、緩やかに曲がったドライブウェイは家の前に植えられた大きな木の周りをぐるりと回り、バックしなくてもそのまま出られるようになっています。これまで行ったことのあるラホヤのどの家よりも10倍以上も豪華といえます。

優に1エーカーはある芝生が会場らしく、椅子やテーブルが優雅に並べられていて、まるで園遊会のようです。参加費は最低175ドルからで上限なし。1000ドル以上出すと、家の中でイベントの1時間前から始まるリセプションでウェディングトンさんと個人的に歓談できるということでした。目下お財布の紐を締めている私は175ドルを払っただけでしたが(それでも痛かった)、ゲアリーはかなりの金額を貢献したそうで、私たちは家の中に案内されました。ゲアリーたちは全然お金持ちではありませんが、NARALを積極的に支援していて、寄付を惜しまないのです。彼らのおかげでケチケチの私もいっしょに家の中に入れてもらえた次第です。

その家はアメリカの基準から見るとそう大きくはありませんが、一歩踏み入れただけで、一流の建築家と一流のインテリア・デザイナーが手をかけ、材質にもなにもかも費用は全く惜しまずに造られたということがすぐわかりました。広いリビングルームからはもちろん海とビーチが一望に見渡せます。40代後半と見える女性が主催者で、手を差し伸べて歓迎してくれました。ウェディントンさんも大変に気さくでユーモアたっぷりです。

そこには30人ぐらいの人が集まっていたでしょうか。その人たちと自己紹介し合って、とりとめのない話を。大多数は女性でしたが、男性もちらほら。そのうちの30代のやさ男が、この家の隣人だと言い、ナンシーに住まいはどこかと聞きました。「ソラナビーチよ」と、まるで飾り気のない彼女が屈託なく答えると、彼は今度は私にどこに住んでいるのかと聞くのです。デルマーだと答えましたが、心の中では、どういう所に住んでいるかということにしか関心がないとは全くつまらない男だ、と軽蔑してしまいました。こういう人とも楽しく歓談しているような振りをしていなければならないリセプションが、私は大の苦手なのです。誰もいないバルコニーに退散して、海を眺めていようと決め込みました。

そうしてバルコニーに出ようとして、ワッ! もうちょっとでガラスに鼻をぶつけるところ。リビングルームは海に向かって床から天井まで一面にガラス張りなのが、あまりに完璧に磨かれていて見えなかったのです。いつも蜘蛛の巣がかかっていたり埃がこびりついている我が家の窓ガラスとは大違い。

さいわいにも間もなく、会場に移ってくださいと言われ、リセプションから解放されました。外に出ると、ナンシーは「このうちの財産はどうやってできたのかしら?」と、好奇心でいっぱい。知っていそうな人にこっそり聞き回っています。それで、かなり有名なコンピューター製造会社の創設者だということがわかりました。なるほど、豪邸の見本のような家が手に入れられるはずだ… ナンシーの好奇心は別なところにも向いていて、「ホステスだけでホストの姿が見えないけど、ホストは存在すると思う?」と、私にささやきました。さぁ… そういえば、このイベントの案内状にはホステスの名前しか載っていなかったけど… 

イベントは手際よく行われました。ウェディントンさんのスピーチも、ワシントンから飛んできたというNARALの会長さんの質疑応答も、的を得ていて無駄がなく、妊娠中絶の合法性を守ろうという意気を高揚させるものでした。予定通り終了すると、ナンシーは帰る前にホステスに挨拶しなくちゃ、とホステスのテーブルに近づいていきました。ホステスの隣に20代の筋肉質の男が座っていて、ナンシーは彼とも話しています。

「彼はホステスの息子?」出口に向かって歩きながら、私はナンシーに聞きました。
「違うと思うわ。息子だったらあんなに彼女に寄り添うようには坐わったりしないもの」と、ナンシーはニヤリ。「でも、この家に住んでるって言ってたわ」
とすると、きっと「夫はビジネスを、妻は家を」取るという条件で成立した離婚ケースね、などと勝手に想像しながら、私たちはその豪邸を出ました。

豪邸に住むと、私生活も興味の対象になるのです。

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