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寄り道まわり道
11 M.ハスケルを探して 5
2004年9月2日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ 中国七宝のビーズを使ってつくった。
  ネックレス部分はローズクォーツとマラカイト
  左上はタイのベンジャロン焼きの器(七宝の一種) 
▲ 同じ中国七宝のピアス
  石はグリーンアベンチュリン

  資料の中に偶然ヘスデザインの中国七宝のイヤリ
  ングを見つけたときは嬉しかった。
  材料は、今も60年前も変わらない。
 ―現代のハスケルたちへ−

『ジュエリーは不況時に大ぶりで派手になる』という説があるらしい。そして1940年代のアメリカン・コスチューム・ジュエリーもまた例外ではなかった。衣服と景気の相関関係はよく言われることだが、考えてみればその衣服にあわせて身につけるジュエリーが景気と無関係なはずがないのだ。

コスチューム・ジュエリーを見て、なぜこんなに大きく派手なのだろうと思うのは私だけではないだろう。

ハスケルのジュエリーは最初、ヨーロッパのコスチューム・ジュエリーの影響を受けて生まれたが、1940年ごろからのデザインには戦争と経済の浮き沈みという当時の世相が深く関わっていた。それは、アメリカン・コスチューム・ジュエリー全般にいえることだった。

当時アメリカの働く女性たちが着る服は“まるでユニフォームのような”男性っぽいスーツ、夜会服もまたネックラインが下がった、シンプルな袖の服が主流となった。アメリカ政府が服一着に使用できる布地の量を制限していたためである。シンプルなこれらの服にあわせてデザインされたのが“カクテル・スタイル”と伝統的な名前で呼ばれる大ぶりで派手なデザインのコスチューム・ジュエリーだった。これらは、戦争で沈みがちな女性たちの気分を明るくしてくれる恰好の小道具だった。

私は、M.ハスケルのコスチューム・ジュエリーを見ると勇気づけられる。編んだり、つないだり、座金(台)にビーズを刺繍のように留めつけたり…今私たちがやっているのとあまり変わらない技法で、あれほど立体的で複雑なニュアンスをもった美しいジュエリーが生み出されたことに気づかされるからだ。

材料についても同様である。私が今使っているチェコビーズやスイスのクリスタルビーズ、イタリアムラノ島で手作りされたベネチアンビーズなどはハスケルとヘスがいつも使っていたものと同じである。

戦争による物資不足はそれまで使われていた材料の調達を困難にしたが、当時、ヘスは金属の使用を最小限にするため、金属の留め具や台の代わりにプラスチックを使ったり、イヤリングをぶら下がりタイプにしたりとさまざまな試みをした。それが新たなデザインとして当時の女性たちの人気を得たのだからわからないものだ。

またヘスは戦争中、皮、木、貝殻、石、麦わら、食料不足を補うために家庭の裏庭で栽培された豆やイチゴ、果てはパスタまで材料として使っている。穴を開けて繋げられればなんでも…といわんばかりである。ヨーロッパからの輸入ビーズがアメリカの市場から姿を消しても、ユダヤ人職人たちによってかれらの故郷ボヘミア(チェコ)からガラスビーズが密輸されることもあったという。

材料といえば、ハスケルは日本の模造パールを好んで使ったが、それは日本製の模造パールが太刀魚の皮の成分を使い12回以上もの上塗りの工程を経て作られており、当時主流だったヨーロッパのものにくらべずっと良質で光沢や色合いが美しかったからだそうである。日本が本物と同様にイミテーションのパールでも名を馳せていたことはあまり知られていない。

ハスケルジュエリーには、配色、デザイン、雰囲気、多機能(2つのブレスレットを1本にしてネックレスとして使うなど)のどれをとっても一目で他のジュエリーと区別できる独特のものがある。

ハスケルが専門的にジュエリーデザインを学んだという記録はない。ヘスはもともと古い家屋に古い家具を装飾するインテリアデザイナーだった。伝統の宝石の世界を知らない二人だったからこそ高級宝飾のイミテーションではなく、自由なイメージで新たなジュエリーを作り上げることができたのかもしれない。

彼女が51歳の1950年、ハスケルカンパニーの所有権は弟のジョーに移った。そしてその5年後、ジョーは他人に会社を売り払ってしまう。ハスケルはこのことをとても怨んだといわれている。しかし所有権が変わり、1960年にチーフデザイナーの座がヘスから他のデザイナーに引き継がれて以後も、ハスケルジュエリーがその魅力を損なうことなく現代へ生きつづけているのは不思議といえば不思議である。

ハスケルは1981年7月14日、82歳でこの世を去った。今からわずか23年前のことである。病院通いをするようになって30年の月日が流れていた。82年の生涯の25年を凝縮して生き、華やかだった歳月とほぼ同じだけの歳月を寂しく暮らしたハスケル。「人生は長さではなく、どれだけ充実してすごせたかなのだ」と人はいうだろう。だが、彼女の後半生を思うと、私は切ない気持ちでいっぱいになる。

一説によると、彼女は元気だったころから食品添加物と防腐剤に異様なまでに敏感で、野菜と魚ぐらいしか口にしなかったそうである。健康にこだわり、後半生では(勝手に)自分が不健康だと考える人たちを説得するため公園に通ったという話もある。

現代を生きる私たちもまたどこか彼女に似てはいないだろうか。過ぎ去った華やかなりし日々を想い、自分の居場所を探し求めるハスケルたち。気がつくと私自身、彼女が引退した年齢に立っている。

ハスケルはあの日からもう一度生き直すことはできなかっただろうか。壊れ始めた日から、自分が没頭し活躍した世界の外へ追いやられた日から…。それまで片隅に追いやっていたものを手繰り寄せることによって…。
                                        (ハスケル終)

(参考)
『The Jewels of Miriam Haskell』by Deanna Farneti Cera
『Costume Jewelry』by Fred Rezazadeh
『骨董ファン』
『渡辺マリのミリアム・ハスケル・コレクション』日本出版社
『コスチューム・ジュエリーの世界』小瀧美術館
『ジュエリーの革命児、ココ・シャネル』エドモンド・チン

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