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寄り道まわり道
13 迷路
2004年9月16日
吉田 美智枝 吉田 美智枝 [よしだ みちえ]

福岡県生まれ、横浜市在住。夫の仕事の関係で韓国ソウルとタイのバンコクで過ごした。韓国系の通信社でアシスタント、翻訳、衆議院・参議院で秘書、韓国文化院勤務などを経て現在に至る。自作のアクセサリーをBeads Duoというブランドで販売しながら、韓国の主に女性たちについてエッセーを執筆中。『朝鮮王朝の衣装と装身具』(共著)、韓国近代文学選などの翻訳がある。
▲ アマゾナイトのネックレス。
  珊瑚色のヴィンテージビーズを真ん中に。

「アマゾンの星」の別名をもつこの石は、道に迷い行き先を見つけられなくなったとき導いてくれるそうである。

トルコ石の色に似たブルーに白い斑点や線が入ったものが多く、もっと濃い色が普通。
私のバンコク第一日目は波乱に満ちた一日だった。

空港からアパートに着いた日の午後、私はメイドのノイさんを買い物に誘ったが体よく断られた。仕方なく私は、彼女に教えられた道順を頼りに1人歩いてみることにした。ほんの軽い散歩のつもりだった。

私が最初に住んだアパートは、市の中心より東側のスクムビット地区にあった。日本人や韓国人が多く住む住宅街であった。東西に走るスクムビット通りを挟んで、それと直角にソイと呼ばれる道路が南北に伸び、そのソイに添って大きなお屋敷と高層マンションが立ち並ぶ。

タイの道路にはタノンとソイがある。タノンはいわばStreet、ソイはタノンから直角に伸びる路地をいう。市内には無数のソイがあり、さまざまな名前のソイは全く違った風景と情緒を持っている。

スクムビットは比較的新しく、地図でみると定規で描いたような街である。ソイにはそれぞれ番号が付けられており、タノン・スクムビットを挟んで北側に奇数のソイが、南側には偶数のソイが両側に伸びている。数字が小さいほど市の中心に近づき、数字が大きいほど郊外に近づく。

一見、整然と見えるソイだが、実は規則性がない。
ソイ1と2はタノン・スクムビットを挟んで向かい側にあるが、ソイ11の向かい側にはソイ8がある。ソイ25の向かい側にソイ26はなくソイ18があり、ソイ24はソイ35とソイ39の中間の向かい側。そしてあれっ?なぜかソイ37は…ない!

またあるソイから隣のソイに抜ける路地はあるのかといえば、これまた規則性がない。ソイ6だと思って入ったら実はソイ8だったとしても、途中でソイ6へ入る道はなく、一度タノンまで引き返しソイ6に入り直すしかない…こういったことは日常茶飯事だ。それにソイ14や25、27はすぐに行き止まりになる。ソイ29, 31,33,35は奥行きが深く、ソイとソイとが縦横無尽に繋がっているが、先はすべて行き止まりで他のタノンへは抜けられない。

魑魅魍魎といおうか。
どうみても必要なときに必要なだけ継ぎ足し継ぎ足しつくっていったとしか思えない。“やさしそう”にみえて一筋縄にはいかない、計画性がありそうで多分に思いつき…この不思議なソイのありようは、混沌としたバンコクの街とタイ人のメンタリティーを象徴していた。

そんなソイ事情とも知らず、私はバンコク第1日目、ソイの迷路に迷い込んでしまったのだ。

「フジスーパー?」
何人に道を尋ねたろう。だが親切に教えてくれるのはどれも違う方向だった。いけどもいけどもソイは曲がりくねり、大きなお屋敷が続くだけだった。タイの人たちが、なかなか「知らない」と言わないと気づいたのは、だいぶたってからのことだった。

それでもなんとか私はソイ33にあるスーパーに辿り付き、一日目の探索は無事終わった(と思った)。スーパーを出ようとしたその時、空はいきなりスコールに変わった。土砂降りの雨が小一時間続いたろうか。晴れ間が戻り、私は家に向かった。

ところが…である。スーパーのあるソイ33の隣はアパートのあるソイ31ではなく、ソイ33だった?…いや、フジスーパーがあるのはソイ33’(ダッシュ)だった。
「エーッ! ダッシュがぁ? こんなのあり〜?」

ようやく目の前にアパートが現れた。
しかしあろうことか、目の前を横切るソイはさっきの雨で川と化していた。

トゥクトゥクの運転手たちは、約5mのソイを渡るのに60バーツの運賃をふっかけてきた。初乗りは30バーツ、平均的タイ人の昼食代は15バーツだった。その日、私は買ったばかりの靴を履いていた。文字通り足元を見られた?

怒りが込み上げてきた。私は雨季特有のむせ返るような暑さの中、水が引くまでの約一時間、あとからあとから通りかかるトゥクトゥクをやり過ごし、勢いよく水の流れるソイを睨みつづけた。

タイへの夫の転勤が決まったのは、私が40歳をすこし過ぎ、ようやく自分の望む仕事に出会って1年が過ぎたころだった。迷った末にタイに来たことを、私はもう後悔し始めていた。

迷路のようなソイの中をさまよっている間、私はそれまでの10年間を想っていた。思えばそれは、結婚していながら自分のことにしか興味がなく、家庭を形づくる覚悟ができないまま「自分探し」という出口の見えない迷路に迷い込んだ日々だった。

この日、私は新たなスタート台に立っていた。

(追記)
私がバンコクで暮らし始めた1996年当時フジスーパーは本店1店だけだったが、その後ソイ39に2店目が誕生した。
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